自分の火の大きさ

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/10/17 📚 シリーズ: ちゃんと戻る、っていう希望 📝 2,324文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

主人公の「俺」と同居恋人の千紗が、毎日のモヤモヤや刺さった気持ちを、合言葉と小さな合図で、暗くならないようにほどいていく連作です。 仕事の失敗、待たされる焦れ、二択の迷い、理不尽、家族の距離、言えない「好き」みたいな“よくあるけど地味に重い”出来事を、会話と行動でちょっとずつ整えて、最後はちゃんと前に進める形にしていく、生活系の短編つながり。

本文

情熱って、扱いにくい。

ないと寒いのに、あると焦げる。

そして僕は、わりと焦がしがちだ。強火を美徳と勘違いするタイプ。

朝、千紗がキッチンの換気扇を回しながら言った。

「今日は“火加減”の日ね」

「料理の話?」

「料理でもある。あなたのマイソウルの話でもある」

千紗はフライパンに油を落として、指で空気に小さな円を描いた。

「情熱、って言うとさ、あなたはコンロを最大にするでしょ」

「だって、燃えた方が早い」

「早いけど、焦げる」

「……う」

「冗談じゃない焦げ方する」

アンが椅子の上で丸くなっている。椅子。第三の動き。

猫は火加減の天才だ。暖かい場所にだけ移動して、熱くなりすぎたら離れる。

ゼロか百かじゃない。猫は段で生きてる。

冷蔵庫の扉に、千紗の貼り紙が増えていた。

「情熱=火

強火は10分まで

その後は中火

チッが鳴ったら凹凸

最後にシャク」

……生活がレシピになってる。

でも、レシピは優しい。守れば焦げにくい。

「今日、何か燃えてるの?」

千紗が僕に白湯を渡す。議長の温度。

僕は白湯を飲んで、息を吐いた。吐くのが先。クロールの呼吸。

「うん。企画。自分の」

「お、マイソウル」

「趣味って言うと軽いけど、仕事って言うと重い。間のやつ」

「間が一番いい。椅子の位置」

千紗が言う。

「で、今日の火種は?」

僕はスマホを開いた。

ノートアプリ。

やりたいことが箇条書きで並んでいる。

書いてあるだけで気分が上がる。

上がると、すぐ全部やりたくなる。

胸の奥で「チッ」が鳴りかける。ブザー。

情熱のブザーもあるんだ、と最近知った。

「来た?」

千紗が言う。受信機が早い。

「来た。情熱のチッ」

「最高。チッ=ブザー→凹凸→一手。情熱にも適用」

「適用って言い方、完全に運用」

「運用があなたを救う」

凹凸。

凸は、「全部やりたい」。

凹は、「全部やると燃え尽きる」。

一手は……火を小さくする。

強火は10分まで。

その後は中火。

「じゃ、タイマー」

千紗が言って、キッチンタイマーを僕の前に置いた。

「10分。強火の許可」

「許可がいるの?」

「あなたの強火は、許可制じゃないと家が燃える」

「比喩が物騒」

「でも現実通り」

現実通り。

切り拓いた道の名前。

僕はタイマーを10分にセットした。

ピッ。

この音が、鈴みたいに背中を押す。刃物じゃない武器。

「さぁ」

千紗が小さく言った。

合図。

僕はノートに手を置いて、書き始めた。

企画の骨組み。

タイトルの候補。

必要な作業。

どこまでが“今週”で、どこからが“いつか”か。

スリットと線を引く。

椅子を置く。第三の動き。

ゼロか百かにしない。

頭が回る。

気持ちいい。

情熱は、気持ちいい。

そして気持ちいいと、危ない。気持ちよさが“正しさ”に見えてくる。

タイマーが鳴った。ピピピ。

強火終了。

僕は反射で「あと5分だけ」と言いそうになった。

胸の奥で「チッ」。ブザー。

「凹凸」

千紗がすぐ言う。

「凹凸」

僕も返す。

一手は、中火に落とす。

やめるじゃない。落とす。

落とすのが、続けるための手順。

「中火にすると、遅くならない?」

僕が言うと、千紗はフライパンを揺らしながら言った。

「遅くなる。けど、焦げない。焦げないと“明日”が残る」

「明日が残る」

「情熱って、明日が残る火が一番強い」

……良いこと言う。

千紗は時々、白湯の顔して刺す。

「中火の作業、何にする?」

千紗が聞く。

「中火は……整理」

「いい。情熱の整理は、情熱を裏切らない」

「裏切らない」

「うん。燃やし切る方が裏切り」

僕はノートの下に、四角で囲んだ項目を作った。

“今日やる”

“今週やる”

“保留”

保留は逃げじゃない。スリット。割れ目。折れないための設計。

ここで、スマホが震えた。

友人からメッセージ。

『今度の週末、飲み行ける?』

情熱の火に、水がかかる感じ。

でも水は悪者じゃない。火が強い日は、水が必要だ。

胸の奥で「チッ」。

ブザー。

凹凸。

一手。

一手は、“ひとつだけ返信”。

そして“錨”。風に飛ばされないように。

僕は心の中で言う。

「錨:戻る」

「理由:予定で焦げない」

鈴の代わりに、鍵の鈴を指で弾いた。ちん。

友人に返信する。

『行ける!ただ、時間短めで。19〜21くらいなら。』

線を引く。

火を守る線。

付き合いを切る刃物じゃなく、温度の境界線。

「いいね」

千紗が言う。

「マイソウル守れてる」

「守れてるかな」

「守れてる。情熱って、自分を燃やすんじゃなくて、自分を照らすもの」

照らす。

なるほど。

燃やすと灰。照らすと光。

同じ火でも、使い方が違う。

昼過ぎ、僕は中火で、企画の“今日のピース”を決めた。

ピース。欠片→ピース化。完成側へ戻る。

今日のピースは、小さくていい。

「今日のピースは?」

千紗が聞く。

「タイトル案を三つ書く」

「いい。三つは多い?」

「多い」

「じゃ、ひとつだけ」

「……一つ、にする」

僕は笑って、ひとつだけ書いた。

“火の大きさを知るノート”

自分で書いておいて、恥ずかしい。

でも恥ずかしさは、情熱の裏側にある健全なブレーキだ。

夕方、僕らはスーパーへ行った。

買い物は水だ。

生活の水で、情熱の火を整える。

帰り道、千紗が言った。

「最後にシャク、忘れてない?」

「忘れてない。むしろ今日のご褒美」

「よし」

家に戻って、りんごを切る。

シャク。

音が、胸の中の火を“ちょうどいい温度”に戻す。

強火の興奮も、中火の集中も、全部まとめて、生活の灯りになる。

アンが皿の端の欠片を狙うので、ほんの少し置いた。

欠片はピース。

ピースは完成側へ戻る。

アンはぺろりと舐めて、満足そうに目を細めた。

猫の情熱は、いつもサイズが正しい。

「ねえ」

僕が言う。

「情熱って、燃やし切らなくていいんだね」

「うん」

千紗が鈴をちん、と鳴らす。

「さぁ。明日も中火で続けよう」

それは“もっと燃えろ”の号令じゃなくて、

“あなたの火を、あなたの大きさで守れ”の合図だった。

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