井戸の水が多い

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/7/22 📚 シリーズ: 泣かせない係のおねぇちゃん、世界を盛りすぎる 📝 5,154文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

真昼山の山頂に、ひとりの子どもが降り立った。 名はハル。泣きそうなほど眩しい朝日を見上げたその瞬間、世界は“きれいすぎる”方向へ盛られてしまう。音は響きすぎ、匂いは良すぎ、善意は増えすぎる。 原因は神界の「泣かせない係」。 生活感のあるお役所みたいな職員室で、主犯神アマネが今日も宣言する。 「おねぇちゃんに、まかせて!」 涙ゼロを目指すあまり、世界を盛りすぎて大パニック。ゆれりんが鳴れば朝礼集合、盛っては直して反省会。なおし係まで巻き込まれ、業務はいつも過多になる。 一方、地上では麓の共同保護の家「結び家」が、飯と湯と順番で今日も回る。 パニックは去らない。だけど生活に編み込めば、笑って眠れる。 泣かせないおねぇちゃんと、泣く暇のない日常が出会う、ドタバタほのぼのハイファンタジー。

本文

井戸は、だいたい黙っている。

黙っていて、出す。

出して、また黙る。

だから人は、井戸を「いつも通り」と思う。

思った朝に限って、井戸は機嫌がいい。

縄を落とす。

桶が水面に触れる。

引き上げる。

いつもなら、ここで一回だけ「重いな」となるのに。

「……軽い?」

タケルが言った。言い方が疑っている。

「軽いわけないでしょ」

コトが笑いながら覗き込む。

覗き込んだ瞬間、目が丸くなる。

水が、上だ。

いつもより、上。

桶を沈めなくても水が来る。来るのが早い。早いのは危ない。

レンカの目が光った。

光るな。

「いっぱい汲める!」

「汲むな」

ユリネが即座に言った。

言い切りが乾いている。乾いているのに、水の気配で柔らかく聞こえるのが悔しい。

「え、でも、今日は水が多い日だよ?」

「多い日は、詰まる」

ユリネは短く返す。

「詰まると、こぼれる。こぼれると、滑る。滑ると、泣く」

「泣かせない係!」

レンカが胸を張る。

胸を張ると、だいたい余計にやる。危ない。

そこへ、足音が増えた。

増えるのが早い。

水の匂いは、人を呼ぶ。

近所の人が来る。

籠を持って来る。

桶を持って来る。

桶はだいたい二つ持って来る。二つは便利で危ない。

「今日は出がいいねぇ」

「ほんと、井戸が若い」

「若いって何だ」

タケルが真顔で突っ込んで、周りが笑う。笑いがあるうちは回る。

回りそうで、回らない顔もある。

並ぶ顔。

早いもの勝ちにしたくなる顔。

でも、ここは結び家の井戸だ。勝ちは順番で取る。

ユリネが、欠け桶を置いた。

縁がちょん、と欠けたあの桶。

置くだけで「ここ」ができる。

欠けは、線になる。

「欠けまで」

ユリネが言う。

「欠けまで?」

誰かが聞く。

「欠けまで。桶を寄せるのは欠けまで。前へ押すな」

押すな、が効く。

押さないと、縄が絡まらない。

絡まらないと、足が動ける。

足が動けると、通れる。

通れると、井戸が井戸のままでいられる。

レンカは欠け桶の横でうずうずしている。

水が多い。

多い水は「今だけの特別」に見える。

特別は増える。増えると詰まる。

「……ねぇ、今日さ、余り分も汲んどけばいいじゃん」

ミナギが言った。

いつの間にか来ている。息が白い。声が元気。悪気ゼロ。危ない。

「汲むな」

ユリネがまた言った。

「汲みすぎると、置き場が先に死ぬ」

「置き場?」

ミナギが首を傾げる。

傾げた瞬間、レンカが「置き場なら私が作る!」の顔になる。作るな。

コトがすっと間に入った。

「まず一杯ずつ。余りは、順番が回ってから」

「余りって、回るの?」

タケルが言って、また笑いが出る。笑いは助かる。

並びの最後尾に、背の小さい子がいた。

桶がやけに大きい。

持ってるだけで腕がぷるぷるしている。ぷるぷるは危ない。

ハルがそれを見て、ぽつりと言った。

「……持てない」

「持てないなら置くな」

ユリネが言いかけて、言い方を変えた。

「欠けの横。桶は地面。人は手を空けろ」

言葉が変わると、優しさが増えない形になる。

小さい子が桶を欠け桶の横にそっと下ろした。

下ろした瞬間、顔がほっとする。

ほっとする顔を見ると、レンカが手を出したくなる。出すな。

「……それは、本人の順番だ」

ユリネが先に釘を刺す。

刺されると、レンカが歯を食いしばって、でも頷く。頷けるのが強い。

順番が回り始める。

縄が落ちる。

桶が上がる。

水が光る。

光ると、言いたくなる。

「……きれい」

シノが小さく言った。

小さいから、誰も騒がない。

騒がないまま、光が生活の中に落ちる。落ち方がちょうどいい。

ところが、井戸の水が多い日は、油断が増える。

引き上げた桶が、いつもより早く満ちる。

満ちると、最後の一引きで溢れやすい。

溢れると、縄が濡れる。

濡れた縄は滑る。滑ると、桶が揺れる。揺れると、水が跳ねる。

「わっ」

誰かが声を上げた。

声が出た瞬間、周りが「大丈夫?」になる。

「大丈夫!」

「ごめん!」

「いやいや!」

いやいやが増える。増えると、足が増える。足が増えると、また水が跳ねる。

無限だ。井戸の無限。

「……止まれ」

ユリネが言った。

怒っていない。

でも、止まれの声は、床に線を引く。

「水が跳ねたら、拭け。拭くのは一人。周りは動くな」

短い。

短いのに、場が静かになる。

静かになると、拭く手が迷わない。

レンカが「拭く!」と言いかけた。

「拭くな」

ユリネが即座に言った。

「今日はお前が拭くと、拭く場所が増える」

「なんで!」

「拭きたい顔だから」

ユリネの返しが乾いていて、レンカが悔しそうに笑った。笑えるなら勝ちだ。

拭いた人が戻る。

順番が続く。

水は多いまま、でも、回る。

……回った結果、問題が生まれる。

桶が並ぶ。

桶が満ちる。

桶が帰っていく。

帰っていく桶が、増える。

増えると、井戸の周りが「置き場」になる。

置き場になると、道が消える。

道が消えると、誰かが桶を避ける。

避けた桶が、別の桶に当たる。

当たると、水が跳ねる。

跳ねると、また拭く。

勝ってるようで負けてる。

水だけが勝って、場が負ける。

「……余り分、汲んだ人、いる?」

コトが聞いた。

聞き方がやさしい。やさしいと手が上がる。

上がった手が、思ったより多い。多いのは悪じゃない。多いのは詰まりの予告だ。

「だって今日は多いし」

「明日も多いかもしれないし」

「少しだけだよ」

少しだけ、が危ない。

少しだけが集まると、山になる。

今日は水の山だ。

結び家も、いつの間にか桶が多い。

レンカの足元に、もう一桶ある。

タケルの横にも。

ミナギの背中にも。

そして問題は、家に戻ってから起きる。

結び家の戸の前。

段差の前。

桶が並ぶ。

並ぶと、靴が置けない。

置けないと、また「どうぞ」が出る。

出ると詰まる。詰まると、桶が蹴られる。蹴られると、泣く。今日は泣かせない係だ。

「……置き場」

ユリネが言った。

言っただけで、レンカが「作る!」の顔になる。作るな。

ユリネは札を見た。

柱に掛かった、生成りの札。

洗/干/たた/飯/湯。

五つだけ。増やせない。増やすな。

ユリネが、洗の札を取った。

札が動くと、場が締まる。

締まると、余計な優しさが出にくい。

「洗」

ユリネが言った。

「洗?」

レンカが首を傾げる。

「水は、洗いで消える。床も、桶も、道も」

ユリネが淡々と続ける。

「洗の札がある桶は、使う。札がない桶は、汲むな」

ミナギが「え、じゃあ俺の余り桶……」と顔をしかめた。

「お前のは、札がない」

「札、つけていい?」

「つけるな」

ユリネが即答する。

「札は回す。貼り付けない」

貼り付けると増える。増えると欄になる。欄はやめろ。

コトが笑いながら、もう一枚、干の札を取った。

「じゃあ、こっちは干。干は……乾かす。つまり、ここは濡らさない」

言いながら、玄関の段差の横、通り道のど真ん中を指さす。

「ここは干。水桶置いたらだめ」

「干が禁止札になった」

タケルが真顔で言って、ミナギが吹き出した。

笑いがあると、禁止でも尖らない。

レンカが目を輝かせる。

「じゃあ、たたは?」

「たたは布だ」

ユリネが即答する。

「今は使わない」

使わないが言えるのが強い。使わないが言えると、増えない。

結び家は、玄関前の桶を二つだけ残した。

一つは洗の札が掛かった桶。

もう一つは、湯の札が掛かった桶。

湯の札は、湯屋じゃなく家の湯のため。

湯は逃げないが、湯の準備は逃げる。逃げると夜に困る。

残りの桶はどうするか。

ここが揉める場所だ。

「余りの水、どこに置く?」

ミナギが言った。

「置くな」

ユリネが言った。

「……捨てる?」

ミナギが言い換える。

言い換えると、少しだけ場が柔らかくなる。柔らかいと、正直が出る。

「捨てるの、もったいない」

レンカが言った。

もったいないは正しい。正しいからこそ危ない。

「じゃあ、ゴミのとこに流せばいいじゃん」

タケルが言った。

言った瞬間、ハルの眉が少しだけ動く。

「……濡れると、重い」

ハルがぽつり。

ゴミ集積の山のことだ。

水が多い日は、あそこが負けやすい。

負けると、道がまた消える。今日は道を守る日だったはずだ。

コトが腕を組んだ。

「でも、ちょっとだけ湿らせると、ほこりは減るよね」

減るのはいい。

ただし“ちょっとだけ”が難しい。

レンカが「じゃあ私がちょっとだけ!」の顔になった。

ちょっとだけ係はだいたい事故係だ。

「……行く」

ユリネが言った。

行く、は決断だ。決断すると、揉めが揉めで終わらない。

ゴミ集積へ向かう。

今日は薄く触るだけのはずなのに、水が勝手に連れてくる。

道の途中で、桶がちゃぷんと鳴る。

鳴るたびに、レンカの肩が揺れる。揺れるとこぼれる。こぼれると滑る。滑るな。

「走るな」

「走ってない!」

「走りそうな顔をやめろ」

ユリネの返しが乾いていて、レンカがむくれながら笑った。笑えるなら勝ち。

集積の囲いは、昨日より静かだった。

山は小さい。

小さい山は、油断を呼ぶ。油断は水を呼ぶ。

囲いの前に、昨日の板がある。

『分けて置く』

それだけ。

それだけでいい。足すな。

そこへ、ちょうど近所のおじさんが来た。

籠を抱えている。

籠の中は軽そうだ。軽そうでも、置けば山の一部になる。

「あら、結び家。今日は水の桶?」

「水が多い日だ」

ユリネが淡々と言う。

「多い日か。いいねぇ。でも、ここに流すと重くなるぞ」

おじさんが先に言った。

言われると、揉めが減る。言ってくれる人がいるのは助かる。

「重くならない程度に、湿らせる」

ユリネが言った。

言い切りが“やる”の顔だ。

レンカが背筋を伸ばす。背筋を伸ばすと、やりすぎる。危ない。

ユリネは、干の札を囲いの横の杭に掛けた。

札が風に揺れる。

干。

乾かす。

つまり、ここは濡らしすぎない。

「干」

ユリネが言った。

「干?」

ミナギが首を傾げる。

「濡らすな、って札だ」

タケルが真顔で訳して、周りが笑った。笑いがあると禁止が優しくなる。

次に、洗の札を桶に掛ける。

洗の札が掛かった桶だけが、口を開けていい。

口を開ける場所も決める。

欠け。

囲いの石にも、小さな欠けがあった。

欠けは、どこにでもある。あるからこそ、拾える人が強い。

「欠けまで」

ユリネが言った。

「欠けまで」

コトが復唱した。

復唱が札になる。

ユリネは桶の水を、地面へ“少しだけ”落とした。

落とすと言っても、流すじゃない。

手のひらを添えて、水の勢いを殺して、静かに染み込ませる。

染み込むと、ほこりが寝る。

寝ると、風で舞わない。舞わないと、鼻が平和だ。

「……ちょっとだけ、ってこうやるんだ」

レンカが目を丸くする。

目が丸いのは、学んでいる顔だ。よし。

ミナギが真似しようとして、勢いが出た。

水が“ちょっとだけ”じゃなく“ちゃぽん”となった。

ちゃぽんは危ない。ちゃぽんは山を育てる。

「触るな」

ユリネが即座に言った。

「俺、触ってない! 水が勝手に!」

「水に負けるな」

乾いた返しで、ミナギが「ぐぬ」となる。

ぐぬが出ると、場が締まる。締まると、ちゃぽんが減る。

ハルが小さく息を吐いた。

「……重くならない」

言葉が少ない。少ないけど、安心が入っている。

シノは水が染みる地面を見て、ぼそり。

「……黒くなる」

黒くなるのは、ほこりが落ち着いた証拠だ。

誰も騒がない。騒がないと、黒が黒のままで終わる。

洗の札が掛かった桶の水を、決めた分だけ落とす。

落としたら終わり。

終わりがあると、増えない。

コトが桶を持ち上げて言った。

「じゃあ、残りは家で使う分だけ。洗と湯の札が回ってる間だけ」

「回ってない桶は、汲まない」

タケルが復唱する。

「汲まない!」

レンカが元気よく言って、言った後で自分の目を押さえた。

汲まないを言うと、汲みたさが暴れる。暴れる前に笑っておく。正しい。

帰り道、ミナギが肩を落とした。

「俺、今日さ、水が多いって聞いて、勝手に“余り”を作った」

「余りは悪じゃない」

ユリネが否定しない。

「余りの置き場がないのが悪い」

「置き場……」

「置き場は作るな。回せ」

最後の一言で、ミナギが笑った。笑えるなら勝ち。

結び家の玄関に戻る。

桶は二つだけ。

道が空いている。

空いていると、足が滑らない。滑らないと、泣かない。今日も勝ちだ。

レンカが洗の札の桶を見て、うずうずしながら言った。

「これ、全部で床拭ける?」

「全部拭くな」

ユリネが即答する。

「全部拭くと、また汲みたくなる」

「ばれた」

レンカが笑って、素直に雑巾を一枚だけ取った。

一枚だけ。

一枚だけが、生活を救う。

コトは湯の札の桶を鍋の横に置いた。

湯気はまだない。

でも、湯の準備があると、夜が軽い。

タケルが柱の札を見上げる。

五枚。

五枚だけ。

五枚だけで回っているのが、妙に頼もしい。

ハルがぽつりと言った。

「……水が多い日は、順番も多い」

「多くするな」

ユリネが返す。

「順番は、置く」

置く、の言葉が静かに落ちる。

台所から匂いが立ち始めた。

水の話は、最後に飯へ戻るのがいちばんいい。

戻れるなら、回っている。

レンカが雑巾を絞って、最後にだけ大きく息を吐いた。

「今日、滑らなかった!」

「滑らないのが勝ちだ」

ユリネが頷く。

そして、合図はいつも通り。

ユリネが短く言った。

「飯! 湯!」

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