朝市の買いすぎ

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/7/23 📚 シリーズ: 泣かせない係のおねぇちゃん、世界を盛りすぎる 📝 4,579文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

真昼山の山頂に、ひとりの子どもが降り立った。 名はハル。泣きそうなほど眩しい朝日を見上げたその瞬間、世界は“きれいすぎる”方向へ盛られてしまう。音は響きすぎ、匂いは良すぎ、善意は増えすぎる。 原因は神界の「泣かせない係」。 生活感のあるお役所みたいな職員室で、主犯神アマネが今日も宣言する。 「おねぇちゃんに、まかせて!」 涙ゼロを目指すあまり、世界を盛りすぎて大パニック。ゆれりんが鳴れば朝礼集合、盛っては直して反省会。なおし係まで巻き込まれ、業務はいつも過多になる。 一方、地上では麓の共同保護の家「結び家」が、飯と湯と順番で今日も回る。 パニックは去らない。だけど生活に編み込めば、笑って眠れる。 泣かせないおねぇちゃんと、泣く暇のない日常が出会う、ドタバタほのぼのハイファンタジー。

本文

朝市は、匂いより先に「声」が来る。

声が来ると、足が出る。足が出ると、財布が出る。財布が出ると、だいたい負ける。

「今日は、買いすぎない」

コトが言った。宣言は強い。強い宣言は、だいたい破られる。

「買いすぎない!」

レンカが復唱した。復唱は札になる。札になると、安心して買いすぎる。

「……買うな」

ユリネが即座に言った。

言い方が乾いているのに、朝市の匂いで少しだけ柔らかい。朝市は人を甘やかす。

タケルは籠を持っている。持ち方が真面目だ。

ハルは籠の中を覗き込んで、すでに腹の顔をしている。

シノは人の背中の後ろで、小さく息を吸った。

「……くん」

匂いが好きな子は、朝市で忙しい。

並び始めた野菜は、まだ眠そうな顔だ。

眠そうなのに、手を伸ばす人は起きている。

釣り銭の皿がカチカチ鳴って、朝のリズムになる。

「ほら、安いの、ある」

コトが指をさす。

「安いのは危ない」

ユリネが返す。

「安いと買う」

レンカが元気に言う。

「買うな」

「買わない!」

言いながら、レンカの手はもう財布に触れている。触るな。

最初の一つは、いつも正しい顔をしている。

玉ねぎ。じゃがいも。根菜。正義。

正義は買っていい。買っていいのは、ここまでだ。

「これで十分だ」

ユリネが籠を持ち上げた。軽い。軽い籠は、危ない。

「十分って、どれくらい?」

タケルが聞く。

「十分は、十分だ」

ユリネは説明しない。説明しない方が増えない。

そのまま帰れれば、勝ちだった。

でも朝市は、帰らせる気がない。

帰らせないのは人じゃない。品だ。匂いだ。声だ。小銭の音だ。

レンカが、別の台の前で止まった。

葉物。瑞々しい。朝露の顔。

「これ、安い!」

「買うな」

「買わないけど、安い!」

安いを言うな。

売り手の人が笑って、束を持ち上げた。

「今朝採れ。二束でこの値段」

二束、が危ない。二束は「一束の顔」をしている。

「二束は一束」

コトが真顔で言った。

「違う」

タケルが即座に突っ込む。

「でも心は一束」

「心で腹は満たせない」

ユリネが刺す。刺さる。刺さると買わないはずなのに。

レンカが財布を開いた。

開いた瞬間、銅の音が鳴った。

カチ、と小さく鳴る。小さく鳴ると、もう決まった気がする。

「……買わないって言ったのに」

レンカが自分で呻いた。

「言ったのに、やるのがレンカだ」

コトが笑う。笑うから買う。

束が籠に入る。

籠がまた重くなる。

重くなると、次の“ついで”が出る。

そこで、シノが立ち止まった。

目が止まった先に、乾いた果実みたいなものが並んでいる。

色がきれいだ。朝の光で、ほんの少しだけ透ける。

「……きれい」

シノが言った。小さい声。小さい声は、だいたい通ってしまう。

「きれい! 買う!」

レンカが即座に言った。

「買うな」

ユリネがまた言った。

「でもシノがきれいって言った!」

「言っただけだ」

言っただけ、は危ない。言っただけの願いは、叶えたくなる。

売り手の人が笑って、ひと握りを紙袋に入れた。

「少しでいいよ。味見」

味見は優しい。優しいが、朝市では燃料だ。

「味見!」

コトが目を輝かせた。

「味見は一つ」

ユリネが釘を刺す。

「一つ!」

レンカが復唱した。復唱は札になる。札になると、増える。

紙袋が籠に入る。

籠が少し重くなる。

重くなると、今度は“合わせ”が出る。

「甘いなら、しょっぱいも要るよね」

タケルが真面目に言った。

正論で殴るな。合わせは強い。強い合わせは、材料を呼ぶ。

「呼ぶな」

ユリネが言う。

「でもスープに入れたら強い」

タケルが引かない。

「強いとか言うな」

「強いのは断定」

「……推測で強い」

タケルが言い直して、コトが笑った。笑うと買う。

干し肉っぽいものが、籠に入る。

入った瞬間、籠の底が見えなくなった。

底が見えない籠は、勝ってるようで負けている。

「……重い」

ハルが小さく言った。重いは、危険の合図だ。

「重いなら減らす!」

レンカが言った。減らし方が危ない。

「減らすなら、買うのを止めろ」

ユリネが刺す。

「止める!」

レンカが言った。

言った直後に、また別の台の前で止まった。止まるな。

台の上に、粉の袋が積まれていた。

白い。角が揃ってる。角が揃ってる袋は危ない。

「……粉」

コトが言った。嫌そうなのに目が光る。だめだ。

「平焼きパン、増やせるね」

「増やすな」

ユリネが即答する。

「でも、増えると嬉しい」

「嬉しいの数を数えろ」

「数える!」

コトが勢いで返して、自分で笑った。笑うと買う。

袋は一つだけ。

一つだけ、と言いながら、売り手が「おまけ」と言って小袋を添えた。

おまけは優しい。優しいのに、危ない。

断れないと、優しさが増える。

「……受け取るな」

ユリネが小さく言った。

「でも、くれた」

レンカが言う。

「くれたなら、返すな」

「返さない!」

返さないを言うと、返したくなる。朝市はそういう場所だ。

籠が、もう一回だけ重くなる。

重くなると、足が遅くなる。

遅くなると、後ろが詰まる。

詰まると、誰かが避ける。

避けた人が、籠に当たる。

当たると、紙袋が傾く。

傾いた紙袋から、乾いた果実が一粒だけ転げ落ちた。

ころん。

小さく鳴る。小さく鳴ると、拾いたくなる。

「拾う!」

レンカが言いかける。

「拾うな」

ユリネが即座に言った。

「今、手が増えると、足が増える」

足が増えると、籠が揺れる。揺れるとまた落ちる。無限だ。

タケルが足でそっと粒を止めて、手を使わずに拾える位置まで寄せた。

手を使わないのはえらい。走り手の足は、たまに賢い。

「……すげえ」

コトが言って、褒めそうになる。

「褒めるな」

ユリネが止める。褒めると増える。

気づいたら、朝市の角で知ってる顔が通った。

昨日、早出しで混ぜ混ぜを作った張本人。ミナギだ。

息が白い。元気。悪気ゼロ。危ない。

「おっ、買ってる買ってる! 今日、当たり日だろ!」

「当たり日を増やすな」

ユリネが即座に言う。

「え、でもさ、当たりは当たりだよ?」

「当たりの数を数えろ」

「数える!」

ミナギが勢いで返事をして、自分で首を傾げた。「何を」みたいな顔。

レンカが籠を持ち上げて、へらっと笑った。

「重いから、配る!」

言うな。

配る、が出た瞬間、朝市の空気が一段だけ変わった。

配るは善意だ。善意は人を呼ぶ。呼ばれると、断れない。

「え、いいの?」

「ほんとに?」

「じゃあ、こっちも持ってきな!」

返しが増える。返しが増えると、減らない。

「減らすために配るのに、増える……!」

コトが笑いながら呻いた。呻きが明るい。明るい呻きは救いだ。

レンカはもう、誰かの手に袋を押しつけていた。

押しつけ方が優しい。優しいから、相手が受け取る。

受け取った相手が笑う。

笑うと、お礼を言う。

お礼を言うと、シノを見る。

「さっきの、きれいって言った子だよね? いいの選ぶねぇ」

「……っ」

シノの肩がびくっと跳ねた。跳ねると目立つ。目立つと照れる。照れると逃げる。

シノは、籠の影に半歩下がった。

下がったところへ、別の人が通る。

通る人が「ごめんね」と言って、またシノを見る。

見るな。見ると逃げる。

「……シノ、逃げる顔」

タケルが小声で言った。

「逃がすな」

ユリネが言う。泣かせない係は、逃げも止める。

しかし、止める前に、シノはするりと背中を抜けた。

抜け方が静かだ。静かに抜けると、追えない。

追うと騒ぐ。騒ぐと朝市が増える。増えるのはだめだ。

「シノ、どこ!」

レンカが声を上げかけて、コトが口を塞いだ。

「声で探すと、もっと目立つ」

正論で殴るな(二回目)。

ユリネは、ため息を一つだけ吐いた。

「……札、回せ」

言った瞬間、結び家の空気が戻る。札は紙じゃなくても効く。

「今、何の札?」

コトが聞く。

「飯」

ユリネが言い切る。

「飯?」

「飯の札が回ってる時だけ買う。回ってないなら、配るな。交換にするな。返すな」

短い。短いのに、全部刺さる。

「返すな?」

ミナギが首を傾げる。

「返されると増える」

「……確かに! 俺、さっき返しちゃった!」

「やるな」

「やらない!」

ユリネは朝市の端の欠けた石を指でとん、と叩いた。

欠けは今日も目印だ。目印があると、人は止まれる。

「配るなら、欠けまで。一列。取るのは一個。礼は一言で終わり」

終わり、が入ると終われる。

終われると、配るが増殖しない。

コトが声を張った。

「欠けまで! 一個! ありがとうで終わり!」

復唱が広がる。復唱が札になる。

朝市の人たちが笑った。

「なるほどねぇ。優しさにも手順だねぇ」

笑いがあると、手順が刺さらない。刺さらないのに効く。最高だ。

レンカは配る手を止めた。

止め方が悔しい。悔しいのに止められるのが偉い。

「……じゃあ、配るの、ここまで」

「ここまで」

コトが復唱する。

「……ここまで」

ハルも小さく言う。小さい声が混ざると、決定が固まる。

タケルが欠けの外側に人の流れを作る。

走らない。腕で道を作る。走らないのが、今日は一番の仕事だ。

ミナギは、なぜか張り切って「一個!」を配る側に回った。

「はい一個! はい一個! 増やすな!」

「お前が増やしてる」

ユリネが即座に刺す。

「増やしてない! 数えてる!」

数えてるなら、よし。数え方が雑でも、今日は許す。今日は泣かせない係だ。

配りが落ち着いた頃、シノが戻ってきた。

戻り方が小さい。小さいのに、手には小さな包みがある。

包みは、さっきの乾いた果実。

誰かが、そっと渡してくれたらしい。

「……これ、もらった」

シノが言う。

「もらうな」

ユリネが反射で言いかけて、言い方を変えた。

「……もらったなら、飯にする」

飯にする、と言うと、罪悪感が消える。消えると照れが残る。

「飯にする!」

レンカが元気に言って、また買いそうな顔になる。

「買うな」

「買わない!」

言いながら、レンカは財布をぎゅっと握った。握るのはいい。離すな。

結び家は籠を抱えて帰った。

さっきより軽い。軽いのに、顔は明るい。

明るいのは、増えなかったからだ。優しさが増えずに回ると、疲れが少ない。

家に着くと、台所が待っていた。

鍋がある。水がある。札がある。

飯の札が、柱から揺れている。

「……飯」

ユリネが札を見て言った。合図みたいに。

「飯!」

レンカが返す。返しが軽い。軽い返しは生活向きだ。

コトが買ってきた野菜を広げる。

広げると、多い。多いのに、さっきの朝市みたいに“増えない”多さだ。

「これ、全部、鍋に入る?」

タケルが聞く。

「入る分だけ入れろ」

ユリネが言う。

「入らない分は?」

「明日」

明日、と言われると、焦りが減る。焦りが減ると、買いすぎが減る。たぶん。

レンカが粉の袋を見て、目を輝かせた。

「平焼きパン、増える!」

「増やすな」

ユリネが返す。

「でも、増えると腹が勝つ」

「腹は勝つな。満たせ」

言い方が乱暴なのに、なんか正しい。正しいのが悔しい。

シノが乾いた果実の包みをそっと開けた。

匂いが甘い。甘い匂いは、心をほどく。

「……きれいだった」

シノが小さく言った。

「きれいは、飯にして正解だ」

コトが笑う。笑いが、シノを見ない。見ない優しさ。最高だ。

鍋が鳴り始めた。

野菜が煮える音。

湯気が立つ音。

湯屋とは違う、家の湯気。

ハルの腹が鳴った。

「……ぐぅ」

「報告が早いな!」

ユリネが豪快に笑った。

「生きてるなら飯!」

言いながら、鍋のふたを開ける。

湯気がふわっと上がって、朝市の声を全部、家の中にしまった。

レンカが箸を持ってうずうずする。

「いちばんに食べる!」

「いちばんは断定」

ユリネが返す。

「……推測で、いちばん!」

「推測の使い方が雑だ」

タケルが笑って、みんなが笑った。

最後に、ユリネが短く言う。

「飯! 湯!」

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