札が増える前に

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/7/31 📚 シリーズ: 泣かせない係のおねぇちゃん、世界を盛りすぎる 📝 3,543文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

真昼山の山頂に、ひとりの子どもが降り立った。 名はハル。泣きそうなほど眩しい朝日を見上げたその瞬間、世界は“きれいすぎる”方向へ盛られてしまう。音は響きすぎ、匂いは良すぎ、善意は増えすぎる。 原因は神界の「泣かせない係」。 生活感のあるお役所みたいな職員室で、主犯神アマネが今日も宣言する。 「おねぇちゃんに、まかせて!」 涙ゼロを目指すあまり、世界を盛りすぎて大パニック。ゆれりんが鳴れば朝礼集合、盛っては直して反省会。なおし係まで巻き込まれ、業務はいつも過多になる。 一方、地上では麓の共同保護の家「結び家」が、飯と湯と順番で今日も回る。 パニックは去らない。だけど生活に編み込めば、笑って眠れる。 泣かせないおねぇちゃんと、泣く暇のない日常が出会う、ドタバタほのぼのハイファンタジー。

本文

箱は、置いた翌日に性格が出る。

昨日は「空っぽでいい」顔をしていたのに、今日は「何かしてほしい」顔をしている。

してほしい顔に、人は弱い。弱いから、紙が増える。

朝。

結び家の戸を開けた瞬間、レンカが息を吸った。

「……紙、増えてる」

箱のふたの上に、紙が三枚。

欠けの石の横にも、紙が二枚。

紙は薄い。薄いのに存在感が強い。存在感が強いと、人の口が動く。口が動くと噂が走る。

ユリネは箱を見る前に、紙を見た。

紙の角が、夜露で少し丸まっている。

丸まると読みにくい。読みにくいと、声が増える。声が増えると、また紙が増える。

「……書いたやつ、誰だ」

タケルが真顔で言った。

「言い方」

コトが笑う。

「でも気持ちは分かる」

笑いながら、コトも紙を覗き込んだ。

一枚目。大きい字。

探しています。

銀の輪っか。

二枚目。これも大きい字。

拾いました。

入れておきます。

三枚目。小さい字。ぎゅうぎゅう。

箱の使い方、教えてください。

預かりですか、置きですか。

返す人は誰ですか。

「質問が増えてる」

レンカが言った。

「質問は紙だと増える」

ユリネが淡々と返す。

「じゃあ答えも紙で」

レンカが言いかけた。

「書くな」

ユリネが即座に刺す。

「えええ、でも読めないじゃん!」

「読めないなら、口で回せ」

「口、増えるじゃん!」

「一回だ」

一回。

その一語が出ると、レンカの肩がすっと落ち着く。

落ち着くと、紙に手を出さない。えらい。

ハルが小さく息を吐いた。

「……これ、増える」

シノがぼそり。

「……紙、好き」

「好きとか言うな」

ユリネが刺す。

「でも、書くの、楽しい」

「楽しくするな」

楽しいは危ない。楽しいは増える。

増えると、箱が掲示板になる。掲示板になると、生活が詰まる。詰まると泣く。今日は泣かせない係が働きすぎる。

そこへ、戸の前に足音が来た。

足音が軽い。軽い足音は、だいたい善意だ。

「おはようございます。箱、できたって聞いて」

若い人が立っていた。手に紙を一枚持っている。

持っている紙には、すでに文字が書いてある。書いてあるのが一番危ない。

「これ、貼ってもいい?」

紙を差し出す。

レンカの目がきらっとした。貼るのは簡単。簡単は事故の入口。

「貼る!」

「貼るな」

ユリネが即座に刺す。

「えっ、でも貼れば分かりやすいし」

「分かりやすいは、増える」

「増える?」

「増える。紙が増える」

若い人は困った顔をした。

困った顔は刺さる。刺さるとレンカが動く。止めろ。

コトがすっと前へ出た。

声を増やさない笑顔で。

「貼るより、言いましょう。声は一回。欠けまで」

「欠けまで?」

「欠けまで。置く場所はここ。箱は、口を整えるだけ」

「口を整える……?」

言葉が難しくなると、また紙が増える。

ユリネは短く言い換えた。

「紙は増える。だから書くな」

言い換えは強い。

強いのに、刺さる前に終わる短さがある。

若い人は紙を握り直して、でも引っ込めない。

引っ込めない紙は、貼りたい紙だ。

「でも、探してる人が居るって見たから」

若い人が箱の上の紙を指す。

銀の輪っか。

探しています。

ユリネは箱のふたを開けた。

音を立てない。音を立てると注目が増える。注目が増えると詰まる。

中には、小さな布包みが一つ。

そして、銀色の輪っかが一つ。

「……ある」

レンカが言った。

言い方が嬉しそうで危ない。嬉しいは増える。

「あるなら、返せる?」

若い人が言った。

「返すのは持ち主」

ユリネが言う。

「じゃあ持ち主、呼べばいい?」

「声は一回」

「一回!」

レンカが復唱して、自分の口を押さえた。増やさない努力が板についてきた。

タケルが真顔で、朝の通りへ向けて一回だけ声を出した。

「銀の輪っか、落とした人!」

声は一回。

一回だけだと、通りが止まりきらない。

止まりきらないのが、今日の勝ち方だ。

少し先で、年配の人が振り向いた。

振り向いた顔が、焦りの顔だ。焦りの顔は分かりやすい。分かりやすいと、戻るのが早い。

「それ、俺の! 昨日から探してた!」

「どうぞ」

コトが銀の輪っかを、箱からではなく、欠けの石の上にそっと置いた。

置く。

手渡しにすると礼が増える。礼が増えると紙が増える。今日は増やさない。

年配の人が輪っかを取って、胸を撫で下ろす。

「助かった……。貼り紙、書いといて良かった」

言った。

言った瞬間、レンカの顔が「よし次も貼ろう」になる。危ない。

「書くな」

ユリネが刺した。

「えええ」

「今回たまたま当たっただけだ」

「でも当たった!」

「当たったは増える」

増える。

その言葉を、今日だけで何回言うんだという空気になる。

なると、みんな少し笑う。笑いは刺さりを丸くする。丸くなると、止めやすい。

年配の人が、帰り際に言った。

「じゃあ、この紙、もう要らないな」

紙を箱の上から剥がそうとする。

剥がすと、次の紙を貼りたくなる。貼りたくなると、また増える。

「剥がすな」

ユリネが言った。

「えっ」

「剥がすなら、持って帰れ」

「……あ、そりゃそうか」

年配の人は自分の紙を折って懐に入れた。

自分の紙は自分で回収。

それだけで紙が増えない。

若い人が、まだ握っていた紙を見下ろした。

「……貼らないほうがいい?」

「貼らない」

ユリネが即答する。

「でも困ってる人に知らせたい」

「知らせるのは口」

「口は増える」

「一回だ」

また一回。

一回の制限があると、人は紙を諦められる。

諦められると、生活が軽い。

若い人が、紙をくしゃっとしそうになって、やめた。

やめて、折った。

折って、懐に入れた。

紙を持ち帰るのが偉い。

「じゃあ、言う」

若い人が言った。

「言う」

コトが頷いた。

「声は一回」

タケルが真顔で添える。

「一回」

若い人が復唱した。復唱があると、やらかさない。

若い人は通りに向けて、一回だけ声を出した。

「布袋、拾いました! 欠けまで!」

欠けまで。

それが出た瞬間、箱の前の空気が「掲示板」から「通り」へ戻る。

戻ると、詰まらない。詰まらないと、泣かない。

その声に、通りの端から「それ私!」が返ってきた。

持ち主が来る。

布袋が欠けの石の上に置かれて、持ち主が持っていく。

礼は小さい。小さい礼は増えない。増えないから助かる。

ここで終われば良かった。

だが、紙は最後にしぶとい。

箱の横の紙。

使い方を教えてください。

預かりですか、置きですか。

この質問紙が、今いちばん危ない。

答えたくなる。答えたくなると書きたくなる。書くと増える。増えると、次の質問が来る。無限。

レンカが紙を見つめて、唇を噛んだ。

「答えたい……」

「欲しいで止めろと同じだ」

ユリネが言う。

「えっ」

「答えたいで止めろ」

「……答えたい」

レンカが言い直した。言い直せるなら勝ち。

コトが笑った。

「じゃあ、答えは紙じゃなくて、箱の上の紙を減らす」

「減らす?」

「増やす前に、減らす」

タケルが真顔で言った。

「減らすの、気持ちいいな」

「気持ちよくするな」

ユリネが刺す。

ユリネは箱の上の紙を、二枚だけ残して、残りをまとめた。

残した二枚は、昨日置いたもの。

返す / 置く

それ以外は、箱の中へ入れない。

紙を箱に入れると、紙箱になる。紙箱になると、また紙が増える。

だから、紙は持ち主へ返す。持ち主が分からない紙は、今日だけ預からない。預からないのが、生活。

質問紙は、箱の縁に置き直した。

置き直しただけ。

書かない。

貼らない。

代わりに、ユリネが短く言った。

「預かりじゃない。置きだ。声は一回。欠けまで」

それだけでいい。

それだけがいい。

質問紙を書いた人は、昼に現れた。

恥ずかしそうに紙を取りに来て、ユリネの短文を聞いて、頷いて帰った。

紙は増えなかった。

増えなかっただけで、今日は勝ちだ。

夕方。箱の上は、二枚の紙だけになった。

返す/置く。

欠けの石の横には、何もない。

空っぽは平和。空っぽは勝ち。

レンカが胸を張った。

「今日、紙、増やさなかった!」

「増えたのは朝だけだ」

ユリネが言う。

「朝に増えたのを減らした!」

「減らしたのは偉い。増やすな」

「増やさない!」

レンカが口を押さえて笑う。笑いは増えない笑いだ。

タケルが真顔で言った。

「箱、掲示板になりかけたな」

「なりかけた」

コトが頷く。

「未遂」

タケルが言いかけて、ユリネが刺す。

「未遂って言うな」

「……推測で未遂」

「推測の使い方が雑だ」

笑いが起きる。

笑いが起きると、紙の角の丸まりまで愛嬌に見える。

見えるが、明日はまた増えるかもしれない。

だから、今日で勝つ。今日の分だけ勝つ。

台所では鍋が鳴った。

湯気が上がる。湯気は増えていい。増える湯気は、生活の勝ちだ。

シノがぼそり。

「……紙より、湯気が好き」

「好きとか言うな」

ユリネが刺す。

「でも湯気は、減らさなくていい」

コトが笑った。

レンカが椀を持ち上げかけて、

「順番」

ユリネが一言。

「……はい」

レンカが言い直す。言い直せるなら勝ち。

今日も回る。

箱も回る。

紙は増やさない。

増えたら減らす。

減らせば泣かない。

ユリネが短く言う。

「飯! 湯!」

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作者について

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