直し屋

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/8/5 📚 シリーズ: 泣かせない係のおねぇちゃん、世界を盛りすぎる 📝 4,431文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

真昼山の山頂に、ひとりの子どもが降り立った。 名はハル。泣きそうなほど眩しい朝日を見上げたその瞬間、世界は“きれいすぎる”方向へ盛られてしまう。音は響きすぎ、匂いは良すぎ、善意は増えすぎる。 原因は神界の「泣かせない係」。 生活感のあるお役所みたいな職員室で、主犯神アマネが今日も宣言する。 「おねぇちゃんに、まかせて!」 涙ゼロを目指すあまり、世界を盛りすぎて大パニック。ゆれりんが鳴れば朝礼集合、盛っては直して反省会。なおし係まで巻き込まれ、業務はいつも過多になる。 一方、地上では麓の共同保護の家「結び家」が、飯と湯と順番で今日も回る。 パニックは去らない。だけど生活に編み込めば、笑って眠れる。 泣かせないおねぇちゃんと、泣く暇のない日常が出会う、ドタバタほのぼのハイファンタジー。

本文

匂いは、朝にいちばん正直だ。

木くずと油と、濡れた布の端。

その混ざり具合で「今日は忙しい」を先に言ってくる。

路地の奥の作業台は、いつもより音が多かった。

こり、こり。

すっ。

きゅっ。

とん。

直す音が増えると、人も増える。

増えた人は、だいたい顔が「直したい」でできている。

直したい顔は、順番より先に手が出る。そこが今日のパニック。

「……来てる」

ハルが小さく言った。

作業台の前に、すでに列ができていた。

列、と言っても、線はない。線がないと、列は息を吸って膨らむ。

膨らむと、横に広がる。横に広がると、台に寄る。寄ると、手が出る。

「直し屋、初稼働、って感じだね」

コトが笑う。

「言うな」

ユリネが刺す。

「え、でも今日からだって、噂で」

「噂で来るな。来るのは勝手だが、増やすな」

レンカが列の端で、うずうずしていた。

泣かせない係のうずうずは、だいたい善意で危ない。

「私、並べる! 順番、作る!」

「作るな」

ユリネが即座に刺す。

「えええ、でも……ほら、みんな、直したい顔!」

「直したい顔は、直せない」

「えっ」

「直すのは物だ」

台の向こう側。直す人は、手を止めていなかった。

止めないのに、奪わない。

差し出された壊れ物を、引っ張らない。

指の間から、そっと受け取って、そっと返す方向へ置く。

置く場所が小さいから、置く前に詰まる。

そして、今日の新顔が見えた。

手元の脇に、小さな札束。

厚めの紙。角が丸い。穴が空いている。

数字だけがでかい。

1

2

3

4

それだけ。

「……番号札」

タケルが真顔で言った。

「数字だけなら増えにくい」

コトが頷く。

「増えないじゃない。増えにくい」

ユリネが釘を刺す。

増えにくい、の直後に増えるのがミナギだ。

「俺、直すやつ小さいから、1でいい?」

「1は取るな」

ユリネが刺す。

「えっ、でも小さいし、すぐ終わるし!」

「小さいは免罪符じゃない」

「免罪符! かっこいい!」

「かっこよくするな」

列の真ん中で、先走りが起きた。

若い人が、壊れた金具を台の上へ置いてしまう。

置いた瞬間、隣の人も置く。置くと、置き場が増える。増えた置き場は混ざる。

「待って、これ……」

直す人が小さく言った。声が小さい。小さいから届かない。

届かないと、手が動く。

「先に置いとけば、楽でしょ?」

「これも、ここに」

「落としたくないから、預ける」

預ける。

その言葉が出ると、空気が一段硬くなる。

硬くなると、奪い合いみたいに見えてしまう。見えるだけで嫌だ。

「置くな」

ユリネが短く言った。

短いから刺さらない。刺さらないのに止まる。

止まった瞬間、レンカが息を吸った。動くな。

ユリネは、作業台の手前に指を二本立てた。

「渡す順」

指を一本折る。

「受け取る順」

それだけ。

「……え?」

列の人が首を傾げる。

「渡すのは番号の順。受け取るのは呼ばれた順」

ユリネはそれ以上言わない。言うと増える。

タケルが真顔で補助する。

「台に置くな。番号札を取れ。札を取ったら持ち主が持つ」

「持ったまま?」

「持ったまま。落とすなら戻る。預けるな」

預けるな。

その一言で、半分の手が引っ込む。

引っ込むと、台が息をする。

直す人が、手を止めずに、札を一枚つまんで前に出した。

数字は「1」。

列の先頭の人が、札を受け取ろうとして、手を止めた。

止めたのは偉い止め方だ。奪わない。

「……受け取る順?」

その人が訊く。

「今は渡す順」

コトが笑って頷く。

「札を受け取って、渡す。終わったら返す。返す順は呼ばれた順」

呼ばれた順。

言葉が短いと、場が軽い。

軽いと、泣かない。泣かないと、手が落ち着く。

1の札を持った人が、壊れた皿を抱えたまま一歩前へ出る。

台の端に、皿を置く。

置く、のはここで初めて。

置く場所が決まると、置き方も決まる。

きゅっ。

直す人が布で拭く。

こり、こり。

木べらみたいな道具が動く。

とん。

軽く叩く。

その間に、直す人は札をもう一枚、指先で弾いた。

数字は「2」。

弾かれた紙が、ぱちんと鳴る。小さい音なのに、列の背中がそろって動く。

2の札を持った人は、鞄の口を必死に押さえていた。

鞄の口が開くと、中身が見える。見えると「ついで」が増える。

「これもついでに……」

「ついで、するな」

ユリネが先に刺す。

「まだ言ってないのに!」

「顔が言ってる」

その人は笑って、でもちゃんと一つだけ取り出した。

革の紐の先、金具が取れている。

直す人は、受け取る前に、布の上を指で二回叩いた。

ここ、の合図だ。言葉じゃない。増えない。

受け取ると同時に、返す場所が生まれる。

台の端に、空の木椀が二つ置かれた。

片方は“直す前”、片方は“直った後”。

誰も説明しないのに、置かれ方で分かる。

分かった気になる速度が、生活にはちょうどいい。

ところが、その“分かった気”に乗って、混線が来る。

3の札を持った人が、直った後の椀に手を伸ばした。

「それ、私のじゃ……?」

似ている。似ていると、心が先に掴む。掴むと間違える。

「触るな」

ユリネが短く言う。

短いから、手が止まる。

タケルが真顔で、椀の縁を指でちょんと叩いた。

「受け取る順。呼ばれてから」

「……はい」

3の人が引っ込める。引っ込められるなら勝ち。

直す人は、顔を上げずに、完成した金具を椀へ置いた。

かち、と小さい音。

その音で、持ち主が分かる。

分かる音は強い。強いけど増やさない。助かる。

数字の大きさが、安心になる。安心は増える入口でもある。今日は入口を閉める。

入口を閉めるのが、シノだ。

シノは列の横に立って、ただ、見ていた。

見ているだけなのに、指先が小さく震える。

糸の端、金具の端、割れ目の端。

端が呼ぶ。呼ばれると触りたくなる。触ると仕事が増える。増えると照れる。

「……シノ」

コトが小さく呼ぶ。

シノは小さく首を振った。行かない、じゃない。耐える、の首振り。

その耐えが、いちばん危ないところで役に立つ。

3番の札を取った人が、焦ってしまった。

「すみません、これ、すぐ直るなら、先に渡して……」

札を持ったまま、壊れた紐を台に伸ばす。

伸ばすと、2番の人が身を乗り出す。身を乗り出すと、1番の手元に影が落ちる。

影が落ちると、直す人の手が一瞬止まる。

止まると、皿がずれる。ずれると、割れ目が笑う。笑うと終わらない。

「……待つ」

ハルが小さく言った。

その一語が、列の肩を少しだけ戻す。

「渡す順」

ユリネがもう一度言った。短い。短いから効く。

「……はい」

3番の人が引っ込める。引っ込められるなら勝ち。

ところが、勝ちの直後に「先回収」が来る。

2番の札を持った人が、1番の皿を見て不安になった。

「それ、私のと似てて……混ざらない?」

不安は正直だ。不安は増える入口だ。

その人は、台の端に置かれていた自分の小箱を、反射で引っ張ってしまう。

引っ張ると、隣の人の布が一緒に動く。

動くと、誰のものか分からなくなる。

分からなくなると、声が増える。

「ちょっ……!」

「それ、私のじゃ……」

「いや、触ってない!」

「触った!」

刺さる言葉が出る前に、ユリネが言った。

「受け取る順」

渡す順と受け取る順。

今日は、その二本だけで押さえる。

タケルが真顔で、台の手前に手のひらを向ける。

「手、引け」

命令じゃない。指示だ。指示は生活だ。

手が引っ込む。

引っ込むと、台の上が静かになる。

静かになると、誰のものかが戻る。戻ると、泣かない。

直す人が、言葉を増やさずに動いた。

台の上に、小さな布を一枚敷く。

布の上に、いま触っていいものだけ置く。

触っていい、の線ができると、触らない手が増える。良い増え方だ。

シノが、そこで動いた。

布の端が、ふわっと浮く。

風じゃない。列の息だ。

息で布が浮くと、小さな金具が転ぶ。転ぶと、台の下へ落ちる。落ちると探す。探すと詰まる。

シノは、落ちる前に、指を出した。

奪わない角度。

直す人の手を邪魔しない距離。

金具の端だけを、そっと押さえる。

すっ。

止まった。

「……助かる」

直す人が、ほとんど息だけで言った。

シノの耳が、少しだけ赤くなる。

赤くなっても、顔は無表情のまま。

無表情のまま、指を引っ込めない。

引っ込めないのは、奪ってないからだ。

奪ってないのに、褒められると照れる。照れるのに耐える。耐えるのがシノ。

「すご……」

レンカが言いかけた。

「言うな」

ユリネが刺す。

「……胸の中で、すごい」

レンカが言い直す。言い直せるなら勝ち。

直す人は、シノに視線だけを送って、また手元へ戻った。

視線だけ。言葉は増やさない。増やさないのが、ここでも作法になる。

列は、少しずつ回り始めた。

1が終わる。札が返る。2が進む。

数字が移るだけで、場が落ち着く。

落ち着くと、次の混線が起きる。起きないように、ユリネが短く釘を刺す。

「先渡し、するな」

「先回収、するな」

言い方が少しだけ強い。

強いけど短いから、刺さりきらない。

刺さりきらない強さが、今日はちょうどいい。

ミナギが、我慢できずに言う。

「でもさ、直したいじゃん! すぐ戻ってほしいじゃん!」

「だから順だ」

「順、好きだね!」

「好きとか言うな」

「……助かる」

ミナギが言い直して、なぜか自分で頷いた。言い直せるなら勝ち。

途中、子どもが列の横で、壊れた木の実の紐を掲げた。

「これも直して!」

増える。

増えるけど、可愛い増え方は危ない。

「今日は大人の困りが先」

コトが柔らかく言った。

「えー」

「代わりに、結び直すのは教える」

教える、は危ない。説明になる。だから一言だけ。

シノが、黙って、子どもの紐を二回だけ結んで返した。

きゅっ、きゅっ。

音だけで分かる結び方。

子どもが目を丸くして、すぐ笑う。

笑いは増えない笑いだ。助かる。

ユリネが刺す。

「今のは直しじゃない。結びだ」

線引き。線引きがあると増えない。

直し屋の列は、昼前には短くなった。

短くなったのに、誰も急いでいない。

札があると、急がなくていい。

急がないと、手が滑らない。

手が滑らないと、直る。

最後に、2番の札を持っていた人が、直った小箱を受け取って、深く息を吐いた。

「……助かった。勝手に触って、ごめん」

「謝るのは増えない」

ユリネが言う。

「増えない?」

「増えない。次を呼ばないから」

短い返しで終わる。終わると、場が軽い。

結び家は、直し屋を“預け先”にしないで、家へ戻る。

道だけ。線だけ。順番だけ。

帰り道、レンカが小さく言った。

「直す順と受け取る順、二本だけで回ったね」

「二本で足りるのが生活だ」

ユリネが言う。

「足りるって、いい」

「いいって言うな」

「……助かる」

レンカが言い直す。言い直せるなら勝ち。

家に戻ると、鍋が鳴っていた。

湯気が上がる。

湯気は増えていい。増える湯気は、今日が回った証拠だ。

レンカが椀を持ち上げかけて、

「順番」

ユリネが一言。

「……はい」

レンカが言い直す。言い直せるなら勝ち。

タケルが真顔で言った。

「シノ、今日、耐えたな」

「言うな」

ユリネが刺す。

シノは顔を動かさずに、箸を動かした。

耳だけが、少し赤い。

コトが笑う。

「照れても、奪わないのがいちばんえらい」

「褒めるな」

「……胸の中で褒める」

コトが言い直して、湯気の向こうで目を細めた。

ユリネが短く言う。

「飯! 湯!」

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