【欄】(第三波)

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/8/8 📚 シリーズ: 泣かせない係のおねぇちゃん、世界を盛りすぎる 📝 2,661文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

真昼山の山頂に、ひとりの子どもが降り立った。 名はハル。泣きそうなほど眩しい朝日を見上げたその瞬間、世界は“きれいすぎる”方向へ盛られてしまう。音は響きすぎ、匂いは良すぎ、善意は増えすぎる。 原因は神界の「泣かせない係」。 生活感のあるお役所みたいな職員室で、主犯神アマネが今日も宣言する。 「おねぇちゃんに、まかせて!」 涙ゼロを目指すあまり、世界を盛りすぎて大パニック。ゆれりんが鳴れば朝礼集合、盛っては直して反省会。なおし係まで巻き込まれ、業務はいつも過多になる。 一方、地上では麓の共同保護の家「結び家」が、飯と湯と順番で今日も回る。 パニックは去らない。だけど生活に編み込めば、笑って眠れる。 泣かせないおねぇちゃんと、泣く暇のない日常が出会う、ドタバタほのぼのハイファンタジー。

本文

織帳院の朝は、だいたい「増えてるもの」から始まる。

今日は、欄が増えている。

申請受付審査室。

はんこ係のチヨは、机に突っ伏していた。

「……いや……もう……いや……」

泣き崩れている。

悲しい泣きじゃない。業務の泣きだ。

机の上には申請書が積まれている。積まれているのに、積みが合っていない。

角を揃えたい。

でも揃えた瞬間に、揃わなくなる。

チヨが紙束の側面を、とん、とん、と机に当てる。

角が揃う。揃った。よし。

……その瞬間。

紙の中で、罫線が、ふわっと増えた。

横線が一本。

縦線が一本。

「記入欄」が一段だけ増えた。

増えた分、用紙の横腹が気持ちだけ広がって、

さっき揃えた角が、やさしくズレる。

「……角が……角がぁ……!」

チヨは顔を上げて泣き叫びかけ、すぐ自分の口を押さえた。

泣き声が増えると、周りが余計に動く。動くと、欄も動く。

欄は、動くのが好きだ。

背後の壁が、今日も壁をしていた。

張り紙。張り紙。張り紙。

端から端まで、隙間なく。

貼り方だけ、無駄に綺麗。そこだけ誇らしげ。最悪。

いちばん上の列のいちばん太い字は、もう定型だ。

『欄の増殖は申請では止まらない』

止まらないくせに、毎朝貼る。

貼るのは主任級持ち回り。

そしてそれが、地味にいちばん嫌だ。

昨日の当番主任は、右端をぴしっと揃える派。

今日の当番主任は、中央揃え派。

先週の当番主任は、上から二ミリ空ける派。

その前は、なぜか下を空ける派。

チヨの目が死ぬ。

「……欄より先に……貼り位置が……」

泣きの種類が変わった。

欄の泣きと、位置の泣き。AとB。今日も両方だ。

そこへ、扉が勢いよく開いた。

「チヨー! おはよー!」

主犯神アマネだった。

元気。明るい。無自覚に現場を燃やすタイプの元気。

「……おねぇちゃんに、まかせて!」

「任せた結果がこれですぅ……!」

チヨが机に突っ伏し直す。二回目。

二回目は、崩れ方が上手い。崩れ方だけ。

アマネは壁を見て、きらきらした目で言った。

「わぁ……欄、いっぱい!」

「いっぱいじゃない。増え続けてる」

入口の外から、乾いた声。マドカだ。入ってこない距離で刺すのが上手い。

アマネは机の申請書を一枚つまんだ。

つまんだ瞬間、罫線が、増える気配を見せる。

「ほら、ここ! ここ、空白が足りない!」

「足りないって言うな」

ナギが入ってきた。眉が半分疲れている。残り半分は諦め。

「じゃあさ、足りないなら」

アマネが両手を合わせる。やめろ、その手は盛る手だ。

「欄が足りないなら、欄を足す!」

言い切った。堂々と。賢くない笑顔で。

チヨの肩がぴくっと跳ねた。トラウマ単語。

「足すな」

「足すな」

「足すなぁ……!」

マドカ(外)・ナギ(中)・チヨ(机)が三重に言った。

「えー? でもさ、欄が増えたら書けるじゃん?」

「書くところが増えるから泣いてるんだ」

ナギが淡々と言う。淡々がいちばん刺さる。

アマネは定規を取り出した。

定規が出ると、現象が喜ぶ。現象は道具が大好きだ。

「ほら、ここに線を引けば、綺麗に整うでしょ?」

「整えるな」

マドカがようやく部屋に入ってきて言った。入って来た時点で負け。

アマネが線を引く。

しゃっ。

その音は気持ちいい。気持ちいいのが一番危ない。

線を一本引いた瞬間。

引いた線の隣に、線がもう一本、生えた。

さらにその隣にも、もう一本。

欄が、増えた。

「見て! 欄、増えた!」

「喜ぶな」

ナギが刺す。

「でも増えた!」

「増えたって言うな」

チヨが泣き声で突っ込んで、また自分で口を押さえた。今日は声も崩れやすい。

壁の張り紙が、ぴら、と揺れた。

揺れたのは風じゃない。

ゆれりんが鳴ったのだ。

りん。

職員室の空気が一斉に固まる。

外に漏れる前に処理しろ、の合図。

漏れてから処理するのは一段面倒。面倒が増えると、欄も増える。

「……第三波」

ナギがぼそり。

「波にするな」

マドカが刺す。

「波は波だ」

ナギは引かない。今日は引かない日だ。

チヨが涙目でスタンプ台を抱きしめた。

机の隅に固定されている現象スタンプ【欄】が、やけに元気に待機している。

「押していいですかぁ……」

「押すな」

マドカ即答。

「押さないと報告がぁ……」

「押すと欄が喜ぶ」

「もう喜んでますぅ……!」

アマネが「じゃあ私が押す!」と言いかけて、三人が同時に言った。

「押すな」

アマネが口を尖らせる。尖らせたまま、視線が壁へ飛ぶ。

「じゃあ貼る! 貼って整理する!」

「貼るな」

「主任の当番が貼ってるじゃん!」

「貼ってるのは“止まってない”報告だ!」

会話が増えかけた、その瞬間。

「おはようございます」

院代が来た。

にこにこ怖い、にこちゃん先生。

にこにこしたまま、壁と机とアマネの定規を一度に見て、短く言った。

「……増えていますね」

一言だけ。

一言だけなのに、全員が姿勢を正す。

姿勢が正しいと、余計な手が止まる。止まると、欄の増え方が少しだけ遅くなる。気がするだけでも救い。

院代はにこにこしたまま、もう一言。

「触らないでください」

短い。やさしい。怖い。

怖いけど暗くならない。職員室はそういう怖さだけで回ってほしい。

そこへ、朱肉の匂いが入ってきた。

ゲンだ。

「まだ終わってない顔だな」

「終わってません……!」

チヨが即答する。今日は泣き声じゃなくて、半分だけ怒り声だ。怒れるなら勝ち。

ゲンは机の紙束を一枚だけ見た。

見た瞬間、欄が増えた。増えるな。

増えてもゲンは眉ひとつ動かさない。

「角は揃わない日だ」

雑。雑なのに優しい。

雑な優しさは、現場を救う時がある。

ゲンは朱肉を開け、印を構えた。

ゲン印【幸】。

押すと終わるやつ。雑に終わるやつ。気持ちいいやつ。

どん。

赤が綺麗に乗った。

欄が増えても、赤は増えない。

増えないものが一つあるだけで、人は立て直せる。

ゲンが、職員室に向けて言った。

「終いが良ければそれでよし!」

雑だ。

雑なのに、空気がふっと軽くなる。

軽くなると、チヨの肩が落ちる。落ちると泣きが止まりかける。止まりかけるとアマネが言いたくなる。最悪。

「ほら! おねぇちゃんに、まかせて!」

「任せた範囲を覚えてください!」

チヨが机から顔を上げた。目は赤い。でも声が生きてる。生きてるなら勝ち。

院代がにこにこしたまま頷く。

「……よし。生きていますね」

その一言で、第三波は一旦“波”のまま収まった。

欄は止まってない。止まってないけど、今日は終結判定が出た。

主任当番の貼り位置も、今日だけはどうでもよくなった。どうでもよくなるのが、いちばん効く。

ゲンが朱肉を閉めて、最後にもう一度だけ言った。

「よし。次」

次。

職員室の次は、だいたいまた増える。

増えるけど、増えすぎる前に雑に終わらせればいい。

それが神界の生活だ。

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