口の掲示を剥がす

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/6 📚 シリーズ: 泣かせない係のおねぇちゃん、世界を盛りすぎる 📝 4,256文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

真昼山の山頂に、ひとりの子どもが降り立った。 名はハル。泣きそうなほど眩しい朝日を見上げたその瞬間、世界は“きれいすぎる”方向へ盛られてしまう。音は響きすぎ、匂いは良すぎ、善意は増えすぎる。 原因は神界の「泣かせない係」。 生活感のあるお役所みたいな職員室で、主犯神アマネが今日も宣言する。 「おねぇちゃんに、まかせて!」 涙ゼロを目指すあまり、世界を盛りすぎて大パニック。ゆれりんが鳴れば朝礼集合、盛っては直して反省会。なおし係まで巻き込まれ、業務はいつも過多になる。 一方、地上では麓の共同保護の家「結び家」が、飯と湯と順番で今日も回る。 パニックは去らない。だけど生活に編み込めば、笑って眠れる。 泣かせないおねぇちゃんと、泣く暇のない日常が出会う、ドタバタほのぼのハイファンタジー。

本文

朝の角は、相変わらず静かだった。

板は板。釘は少し。木片は一枚。箱は閉じてる。欠けの石は欠けたまま。

静かだと助かる。助かるって言うな。胸の中で助かる。

でも静かだと、耳が勝手に「今日は何も無い」を確定にしにくる。

確定にするな。確定っぽいで止めろ。胸の中で止めろ。

その静かさを、いちばん先に破ったのは、軽い声だった。

「ねえ、昨日の“掲示が出た”ってやつさ」

言い方が軽い。軽いのに、通りの空気が一瞬だけ硬くなる。

硬くなると、次が生まれる。次はだいたい余計。

「今日も出てる?」

「出てるって言うな」

どこからかユリネの声が飛んだ。短い。刺さらない硬さ。

「……胸の中で出てる」

言った本人が自分で口を押さえた。止まれるなら勝ち。

結び家は角へ向かった。

向かう足が、昨日より少しだけ多い。多いって言うな。胸の中で多い。

多い足は、掲示板の前で止まりやすい。止まると、口が増えやすい。

掲示板の前には、板番のおばさんがいた。

腕を組んでる。顔が「分かってる」。分かってる顔は強い。強いって言うな。胸の中で強い。

板に掛かっている木札は、いつも通り一枚だけ。

見る

それだけ。

それだけなのに、昨日の名残りが周りの口で増えている。

「見るって、何を?」

「掲示、内容は?」

「今日は“出た”の?」

出たって言うな。

言うな、が増えると喧嘩になる。喧嘩は増える。増やすな。

レンカが息を吸って口を押さえた。えらい。

言いたい。言いたいのに止まれてるのが、いちばん偉い。

タケルは真顔で、板の前の足元を見た。

昨日はここで小銭が転がった。

転がると拾う手が出る。拾う手が出ると背中が詰まる。

詰まると、口が増える。

今日は、詰まる前に“置かれて”いた。

足元に、小さな木片が二枚。

板に掛かってない。地面に置いてある。置き方は丁寧。丁寧は増える入口。

字が小さい。角ばってる。短い。

見た

聞いた

「……やめて」

レンカが小さく言いかけて、口を押さえ直した。えらい。

「言うな」

ユリネが刺す。

「……胸の中で、やめて」

「胸の中なら勝手にしろ」

ミナギが目を輝かせた。輝くな。

「これ、いいじゃん! 見たと聞いたで、噂止まるじゃん!」

「止まるって言うな」

ユリネが短く刺す。

「……胸の中で止まりそう」

ミナギが言い直して、口を尖らせた。尖らせたまま黙れるなら勝ち。

板番のおばさんが、木片を見下ろして、ため息をひとつだけ吐いた。

「誰が置いたの」

声が尖ってない。尖ってないから、場が暗くならない。

暗くならないけど、ここは危ないところだ。置いたら次が置く。次が置くと増える。増えると欄みたいになる。やめろ。

当たり前みたいに、犯人が名乗った。

名乗るな。胸の中で名乗れ。

「私。昨日のやつ、みんな混乱してたから」

近所のおばさんだ。朝市の分け方の上手い人。

善意の上手い人が出ると、止め方が難しい。上手い善意は刺さりにくいからだ。

「見た、と聞いた、って置いとけば、言い方が揃うと思って」

揃う、は危ない。揃うは決まりになる。決まりは守れない日を呼ぶ。

「決まりにするな」

ユリネが短く言った。短いから刺さらない。刺さらないのに、周りの口が一拍止まる。

止まったところで、コトが笑顔のまま拾う。

「揃えるのは言い方じゃなくて、止め方かな」

「止め方?」

「“言葉を足さない”止め方」

おばさんが首を傾げる。

「でも、何て言えばいいか分かんないと、みんな“掲示が出た”って言っちゃうでしょ」

掲示が出たって言うな。胸の中で言うな。

タケルが真顔で言った。

「言うなら一語でいい」

「一語?」

「見る」

タケルは板の木札を指先で示す。指先だけ。増えない。

ミナギが口を開けかけて、止めた。止まれたのが偉い。

「……でも“見た”って木片は、言葉を短くするためじゃないの」

いい質問だ。言い方が確認だから助かる。断定じゃないのが偉い。

ユリネが答える前に、ハルが小さく言った。

「……木片が増える」

「言うな」

ユリネが反射で刺して、すぐ言い直す。

「……増やすな」

短く置く。これが一番効く。

シノがぼそり。

「……地面にあると、拾って置きたくなる」

拾って置きたくなる。まさにそれだ。

拾うと「自分の言葉を置く」が始まる。

始まると、次は「正しい言い方」が出る。

正しいは秤を呼ぶ。

秤は揉める。

揉めると生活が重くなる。重くするな。

板番のおばさんが、しゃがまないで腰だけ落として、木片を一枚拾った。

拾い方が静かだ。静かだと覗き込まれない。

覗き込まれないと背中が詰まらない。

「これ、置いとくと増える」

おばさんが短く言った。

「でも言い方が必要なんでしょ」

善意のおばさんが言い返す。言い返しが尖ってない。尖ってないから難しい。

おばさんは木片を見て、板を見て、欠けの石を見た。

欠け。

欠けは、分からないものを置く場所だ。

置きっぱなしにしないための場所でもある。

「“言い方”じゃなくて、“返し方”を置く」

板番のおばさんが言った。

「返し方?」

「うん。言葉を返す。太らせない」

太らせない。

ここが今日の芯だ。

板番のおばさんは、木片を二枚まとめて持って、欠けの石の上に一度置いた。

置いただけ。貼らない。固定しない。

置くと「ここにある」が見える。

見えると、勝手に拾われにくい。拾われにくいって言うな。胸の中で拾われにくい。

そして、おばさんは一回だけ言った。

「“見る”で返す」

一語じゃなくて四文字。

でも一回だけ。

一回だけなら増えない。

善意のおばさんが口を開けかけて、閉じた。閉じられるなら勝ち。

「……見る、で返す」

言い直しが出た。言い直しは増えない。助かる。助かるって言うな。

ミナギがうずうずして言いかけた。

「じゃあ“聞いた”って言った人には……」

「言うな」

ユリネが刺す。

「……胸の中で、聞いた」

「胸の中でも太らせるな」

ユリネのツッコミが珍しく丁寧で、ミナギが目を丸くした。丸い目は危ない。止まれ。

ここで、実演が来た。

通りの端から、さっきの軽い声の人が走ってきたのだ。走るな。胸の中で走る。

「ねえ! 掲示が出たって!」

言った。

言い切った。

言い切りは危ない。

危ないのに、今日は返し方の練習日になってしまう。

板番のおばさんが、顔を上げずに一回だけ返した。

「見る」

一語。

一語で足りる。足りるって言うな。胸の中で足りる。

「え? 見るって何を」

軽い声の人が戸惑う。

戸惑いは増える入口だけど、ここは“動かない”で勝つ。

コトが指先だけで、板の木札を示した。

見る。

それだけ。

示したら終わり。終わりがあると増えない。

軽い声の人は板を見る。

木札は一枚。

見る。

それだけ。

「……あ、これだけか」

それで肩が落ちた。

肩が落ちると、走りが止まる。止まると、噂が細くなる。細くなるって言うな。胸の中で細くなる。

ところが、肩が落ちると次が出る。

落ちた肩は、善意の肩だ。善意は別方向へ走る。

「じゃあ昨日の“掲示が出た”って言い方、やめるね」

やめるね、は良い。良いけど“宣言”になると増える。

増える宣言は、また掲示になる。やめろ。

「言わなくていい」

ユリネが短く言った。

「えっ」

「言わなくていい。次からそうすればいい」

ユリネの言い方が生活の言い方だ。罰がない。責めがない。暗くしない。

軽い声の人は、口を閉じて頷いた。

頷きは増えない。

そのまま去った。

去るのが早いと、角が軽い。軽いって言うな。胸の中で軽い。

善意のおばさんが、欠けの石の上の木片を見て、恐る恐る言った。

「でも……これ、置いとくの?」

置くと増える。増やしたくない。

だから置かない。

でも拾って捨てると角が荒れる。荒れると刺さる。刺さると暗くなる。暗くしない。

板番のおばさんが短く言った。

「外す」

それだけ。

木片二枚を拾って、箱の横の棚の“裏”に一度だけ置く。

見えないところ。

見えないところは危ないはずなのに、ここは“増えないための裏”だ。

「裏に置くのも増えない?」

ミナギが言いかけて、口を押さえた。えらい。

「言うな」

ユリネが刺す。

「……胸の中で、増えない?」

「胸の中なら勝手にしろ」

タケルが真顔で補助する。

「裏に置くのは“今日だけ”。明日には消える」

「消えるって言うな」

ユリネが刺して、タケルが言い直す。

「……外す」

外す。

外すは増えない言葉だ。

外せる仕組みは、増やさない仕組みだ。

ここで、走り手の子が通りかかった。

昨日、板って言ってしまった子。

今日は口を押さえながら、板を指で示して、目を合わせた。

指だけ。

それだけで、周りの口が増えない。

増えないのが偉い。褒めるな。胸の中で褒めろ。

走り手の子が小声で言いかけて、止めた。止まれたのが偉い。

代わりに、口を押さえたまま、指で「見る」を二回示した。

二回示すのは増やす二回じゃない。戻す二回だ。

レンカがそれを見て、息を吐いた。

「……指が、掲示より細い」

「言うな」

ユリネが刺す。

「……胸の中で細い」

「胸の中なら勝手にしろ」

角の前の人波は、いつの間にか散っていた。

散ると、朝市の匂いがちゃんと先に来る。

匂いが先に来ると、朝市は朝市だ。

声が後。小銭が最後。

戻るって言うな。胸の中で戻る。

結び家は買い物へ向かった。

途中、朝市の入口でまた小さな“言いかけ”が起きる。

「ねえ、今日……掲示——」

言いかけた人が、自分で口を押さえた。えらい。

代わりに板を見る。

見る。

それだけ。

言いかけが言いかけのまま終わると、噂が育たない。育たないって言うな。胸の中で育たない。

昼前、家へ戻る。

粉。豆。葉物。

袋の口は二回結ぶ。増やすんじゃない。転がさないため。

鍋に水。井戸の欠けまでで汲んだやつ。

野菜を入れる。豆を入れる。

ぐつ、ぐつ。

湯気が上がる。湯気は増えていい。増える湯気は生活の勝利だ。

ミナギが椀を取ろうとして、

「順番」

ユリネが一言。

「……はい」

ミナギが言い直す。言い直せるなら勝ち。

タケルが真顔で言った。

「今日、口の掲示を剥がしたな」

「言うな」

ユリネが刺す。

「……胸の中で剥がす」

「胸の中なら勝手にしろ」

ハルが小さく頷いた。

「……“見る”で返すと、太らない」

シノがぼそり。

「……木片、増えなかった」

コトが笑う。

「増やさないために、外したのが良かったね」

「言うな」

「……胸の中で良かった」

「胸の中なら勝手にしろ」

レンカが小さく宣言して、すぐ自分で口を押さえた。

「今日、“掲示が出た”って言わなかった!」

「言いかけた」

ミナギが真顔で言いかけて、

「未遂って言うな」

ユリネが刺す。

「……胸の中で未遂」

「胸の中でも言うな」

刺さらない笑いが湯気に混ざって、台所が軽くなる。

噂は、太る前なら剥がせる。

剥がすのは怒りじゃなくて、返し方だ。

返し方があると、明日も回る。

ユリネが短く言う。

「飯! 湯!」

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