朝市が“配り市”になる

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/11 📚 シリーズ: 泣かせない係のおねぇちゃん、世界を盛りすぎる 📝 3,957文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

真昼山の山頂に、ひとりの子どもが降り立った。 名はハル。泣きそうなほど眩しい朝日を見上げたその瞬間、世界は“きれいすぎる”方向へ盛られてしまう。音は響きすぎ、匂いは良すぎ、善意は増えすぎる。 原因は神界の「泣かせない係」。 生活感のあるお役所みたいな職員室で、主犯神アマネが今日も宣言する。 「おねぇちゃんに、まかせて!」 涙ゼロを目指すあまり、世界を盛りすぎて大パニック。ゆれりんが鳴れば朝礼集合、盛っては直して反省会。なおし係まで巻き込まれ、業務はいつも過多になる。 一方、地上では麓の共同保護の家「結び家」が、飯と湯と順番で今日も回る。 パニックは去らない。だけど生活に編み込めば、笑って眠れる。 泣かせないおねぇちゃんと、泣く暇のない日常が出会う、ドタバタほのぼのハイファンタジー。

本文

朝市は、匂いが先に来る。

声はその後。小銭は最後。

その順番が崩れると、だいたい“混ざる”が来る。

今日は、匂いの中に、別の匂いが混ざっていた。

甘い。

甘いのに、落ち着かない匂いだ。

善意の匂い。

「……甘い匂い、こわい」

シノがぼそりと言って、すぐ口を押さえた。押さえなくていいのに押さえた。癖だ。

「言うな」

ユリネが短く刺す。

「……胸の中で、こわい」

「胸の中なら勝手にしろ」

朝市の入口に着く前から、声が立っていた。

「おまけ出るって!」

「まとめると安いって!」

「配るって!」

配る。

危ない単語。

配るは優しいのに、足が増える。足が増えると背中が斜めになる。斜めになると、匂いより先に口が来る。

結び家の面々は、入口でいったん止まった。止まったって言うな。胸の中で止まった。

タケルが真顔で、露店の列を見た。

列が列っぽい。列っぽいのが一番厄介だ。

その横から、いつもの音が聞こえる。

カチン。

秤屋の音だ。

音が一定だと安心する。安心すると、人は勝手に「正しく分けたい」を増やす。増やすな。

「……秤の音、今日は目立つ」

ハルが小さく言った。

「言うな」

ユリネが刺す。

「……胸の中で目立つ」

「胸の中なら勝手にしろ」

配りの中心は、粉屋の前だった。

粉屋は袋の口を結ぶ手が早い。早いって言うな。胸の中で早い。

袋を二つ買った近所のおばさんが、袋を抱えて笑っている。

「はいはい、うち一袋いらないから、半分ずつ持ってきな」

出た。

善意の直球。

直球は、受け取り方を間違えると殴る。

「えっ、いいの?」

「ありがとう!」

「じゃあ私も……うちも……」

口が増える。

増えると、配りが配りじゃなくなる。配り市になる。

配り市は、買う人を押しのける。押しのけると暗くなる。暗くしない。

レンカが息を吸って、口を押さえた。えらい。

「……配ると、列が壊れる」

「言うな」

ユリネが刺す。

「……胸の中で壊れる」

「胸の中なら勝手にしろ」

ミナギは押さえる前に口が開く。危ない。

「じゃあさ、配るなら、列の外で配ればよくない?」

言い方が珍しく正しい。正しいって言うな。胸の中で正しい。

でも正しさは、次を呼ぶ。

「外ってどこ?」

「ここでいい?」

「いや、邪魔」

「じゃあ道の真ん中に…」

「するな」

ユリネが短く切った。

「道を増やすな」

タケルが真顔で一歩だけ前へ出た。

一歩だけ。

一歩だけなら、背中が詰まらない。

地面をさらさら、と棒でなぞる。

一本線。

列の前じゃない。道の端。

“配る線”を置く場所だけを示す線だ。

「買う線は内。配る線は外」

タケルの短文が落ちる。

落ちた瞬間、秤屋のカチンが一拍だけ聞こえた。

その一拍が、妙に効く。

“内と外”が決まると、人は勝手に動ける。

粉屋の人が、ほっと息を吐いた。

息が吐けると、袋の口が結べる。

結べると、匂いが立つ。

匂いが立つと、朝市が朝市に戻る。戻るって言うな。胸の中で戻る。

……なのに配りは止まらない。

配りは優しい。優しいのに止まらない。止まらないと混ざる。

「半分ずつって、どうやって半分?」

誰かが言った。

半分。

危ない単語。

半分は秤を呼ぶ。秤は公平を呼ぶ。公平は揉める。やめろ。

「秤る?」

誰かが口にした。

その瞬間、秤屋のカチンが妙に大きく聞こえた気がした。気がするって言うな。

「秤るな」

ユリネが短く刺す。

「えっ、でも公平に」

「公平って言うな」

「……胸の中で公平」

「胸の中でも言うな」

コトが笑顔のまま、粉の袋を見た。

そして、粉屋の升を指先だけで示す。

指先は増えない。

「半分は“正しさ”じゃなくて“気持ち”でいいよ。升一杯を何回、ってだけにしよう」

「回数」

ハルが小さく復唱した。復唱は作法になる。

「手はひとつ」

シノがぼそり。昨日の粉屋が言ったやつを拾った。拾い方が静かで助かる。

粉屋の人が笑って言った。

「お、分かってるね。升はひとつ。数えるのはひとり」

数えるのはひとり。

ここで“配り”が、やっと形になる。

形がない配りは混線だ。形がある配りは、まだ生活にできる。

近所のおばさんが、腕まくりをして宣言した。

「はい、私が数える! 文句は増やさない!」

「増やすな」

ユリネが刺す。

「……胸の中で増やさない!」

おばさんが笑って言い直して、周りが少し笑った。刺さらない笑いは場を軽くする。

配る線の外側に、受け取る人が並びかける。

並ぶって言うな。胸の中で並ぶ。

並びかけた背中が、また危ない。

並びが列に見えると、買う列と混ざるからだ。

「一人ずつ、でいい?」

若い母親が恐る恐る言った。確認。断定じゃない。助かる。

「一人ずつ」

おばさんが頷く。

「でも子どもは二人いる」

「増やすな」

ユリネが刺す。

「……胸の中で二人」

「胸の中なら勝手にしろ」

ここで揉めると暗くなる。暗くしない。

だから“順番”で勝つ。

勝つって言うな。胸の中で勝つ。

ユリネが短く言った。

「配るのは最後」

「えっ」

「買うが先。配るはあと」

この二行が、露店の空気を救う。

買う人が買って、匂いが立って、朝市が朝市のまま回る。

回るって言うな。胸の中で回る。

おばさんが一瞬だけ眉を上げて、すぐ笑った。

「そうか。私が先に買い終わってから配ればいいのね」

理解が早い。早いって言うな。胸の中で早い。

でもこの早さは助かる早さだ。

おばさんは粉屋で支払いを済ませた。

小銭が鳴る。ちゃり。

音が一定だと、場が落ち着く。

そして、おばさんは配る線へ移動した。

移動した瞬間、買う列と配る線が分かれる。

分かれると混ざらない。

混ざらないと、声が増えない。

相乗は一行でいい。今日はここだ。

“買う”と“配る”を分けたら、朝市が戻った。

……でも配りの難しさは、ここからだ。

配りは渡し方が雑だと、受け取る側が困る。

困ると口が増える。増やすな。

「これ、手渡し?」

「こぼれる」

「袋ない?」

「袋ならうちが…」

袋。

袋は便利だ。便利は増える入口。

増えた袋は、次の日も欲しくなる。欲しくなると常設になる。常設は欄を呼ぶ。やめろ。

レンカが息を吸って止めて、言い直した。

「……袋は増やさない。紙も増やさない」

「言うな」

ユリネが刺す。

「……胸の中で増やさない」

「胸の中なら勝手にしろ」

タケルが真顔で、木皿を一枚借りた。

粉屋の隅にある木皿。

“ここに置く”ための道具だ。

「箱を挟む、みたいに」

コトが笑って言った。

「言うな」

ユリネが刺す。

「……胸の中で挟む」

「胸の中なら勝手にしろ」

おばさんは升で粉を量って、木皿に小山を置く。

置いたら、手を離す。

受け取る人が自分で布で包む。布は自分の布。貸さない。増やさない。

自分で包むと、責任が生えない。

生えないから揉めない。

ところが、配り市は一人で終わらない。

粉が配られ始めると、別の露店も“優しく”なる。

「豆も、まとめならおまけ」

「皮も、端っこなら持ってって」

「野菜の葉、煮るなら」

善意が連鎖する。連鎖は明るいのに危ない。

危ないって言うな。胸の中で危ない。

ミナギが目を輝かせた。輝くな。

「うわ、朝市が配り市になってる!」

「言うな」

ユリネが刺す。

「……胸の中で配り市」

「胸の中でも言うな」

配りが増えると、受け取る人が“買わないで立つ”ようになる。

買わない背中は邪魔じゃないのに、邪魔になる時がある。

道を塞ぐからだ。

塞ぐと、洗い籠がぶつかる。ぶつかると豆が転がる。ころん。

最悪の定番が来る。

「拾う!」

ミナギが言いかけて、

「拾うな」

ユリネが刺す。

「えっ、でも豆!」

「本人が拾え。周りは動くな」

タケルが真顔で、豆の逃げ道だけ足で止める。

手を出さない。足だけ。足は偉い。

落とした人が拾う。拾ったら終わり。終わりがあると増えない。

豆の小事件が終わったところで、ユリネがもう一回、短い線を置いた。

「配るなら、外。買うなら、内」

同じ言葉を二回言う。二回目は増やす二回じゃない。戻す二回だ。

そして最後に、ひと言。

「配りは“余り”だけ」

余り。

余りは揉める単語のはずなのに、ここでは効く。

余りなら、正しさを言わなくて済む。

正しさを言わないと、秤が影のままで済む。

カチンは鳴っている。でも主役じゃない。影でいい。

露店の人たちが頷いた。

「うちの余りは、ここ」

「うちの余りも、ここ」

配る線の外側に、余りだけが集まる。

集まるのに、買う列は邪魔されない。

邪魔されないと、朝市は朝市のまま。

昼前、匂いがちゃんと先に来る朝市に戻った。

声が後。小銭が最後。

配り市は、余り市に縮んだ。縮むって言うな。胸の中で縮む。

でも縮むのは良い縮みだ。

結び家は、粉と豆と葉物を持って帰る。

袋の口は二回結ぶ。増やすんじゃない。転がさないため。

レンカが歩きながら、小さく言った。

「配るなら、最後」

「言うな」

ユリネが刺す。

「……胸の中で最後」

「胸の中なら勝手にしろ」

家に戻ると、鍋が鳴っていた。

今日の鍋は、朝市の余りが入る鍋だ。

余りは余りのままだと揉めるけど、鍋に入ると生活になる。

ぐつ、ぐつ。

湯気が上がる。湯気は増えていい。増える湯気は生活の勝利だ。

ミナギが椀を取ろうとして、

「順番」

ユリネが一言。

「……はい」

ミナギが言い直す。言い直せるなら勝ち。

コトが笑って言った。

「今日の朝市、優しかったね」

「優しいって言うな」

「……胸の中で優しい」

「胸の中なら勝手にしろ」

タケルが真顔で言った。

「秤らなくても、回った」

「言うな」

ユリネが刺す。

「……胸の中で回る」

「胸の中なら勝手にしろ」

ハルが小さく頷く。

「……内と外があると、混ざらない」

シノがぼそり。

「……結ぶと、落ちない」

レンカが小さく宣言して、すぐ口を押さえた。

「今日、配りで列を壊さなかった!」

「壊しかけた」

ミナギが真顔で言いかけて、

「未遂って言うな」

ユリネが刺す。

「……胸の中で未遂」

「胸の中でも言うな」

刺さらない笑いが湯気に混ざって、台所が軽くなる。

配りは悪じゃない。

でも順番がない配りは混ざる。

混ざるのは、結び家が一番嫌いだ。嫌いって言うな。胸の中で嫌い。

ユリネが短く言う。

「飯! 湯!」

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