ゴミ集積が“素材置き場”になる
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
真昼山の山頂に、ひとりの子どもが降り立った。 名はハル。泣きそうなほど眩しい朝日を見上げたその瞬間、世界は“きれいすぎる”方向へ盛られてしまう。音は響きすぎ、匂いは良すぎ、善意は増えすぎる。 原因は神界の「泣かせない係」。 生活感のあるお役所みたいな職員室で、主犯神アマネが今日も宣言する。 「おねぇちゃんに、まかせて!」 涙ゼロを目指すあまり、世界を盛りすぎて大パニック。ゆれりんが鳴れば朝礼集合、盛っては直して反省会。なおし係まで巻き込まれ、業務はいつも過多になる。 一方、地上では麓の共同保護の家「結び家」が、飯と湯と順番で今日も回る。 パニックは去らない。だけど生活に編み込めば、笑って眠れる。 泣かせないおねぇちゃんと、泣く暇のない日常が出会う、ドタバタほのぼのハイファンタジー。
本文
ゴミ集積は、見ないふりで回る。
見ないふりで回るから、たまに「見てほしい善意」が混ざる。
混ざると、山が山じゃなくなる。山じゃなくなると、匂いより先に口が来る。
今日は、口が先に来た。
「そこ、素材置き場にしといたから!」
素材置き場。
危ない単語。
素材は便利で、便利は増える入口だ。入口が開くと、ゴミがゴミじゃなくなる。
ゴミがゴミじゃなくなると、分ける手が迷う。迷うと、また口が増える。
「……素材置き場、って言うな」
ユリネが短く言った。短いから刺さらない。刺さらないのに、周りの肩が一拍止まる。
「……胸の中で素材置き場」
言った本人が言い直して、ちょっと照れた。照れると明るい。明るいのはいい。増やさなければ。
山は三つ並んでいた。
濡れ。乾き。軽。
三つまで。
木片の目印もまだ残っている。濡れ、乾き、軽。
そこまでは、ちゃんと回ってる。
ちゃんと回ってるのに、今日の山には“混ざる理由”が生えていた。
軽い山の横に、布の切れ端が束で置かれている。
乾きの山の横に、折れた木の棒が並んでいる。
そして一番目立つのが、金具。
小さい金具が、木皿の上にちょこん、と。
ゴミのはずなのに、並べ方が「渡したい」になっている。
「……渡したい顔」
レンカが言いかけて、口を押さえた。えらい。
「言うな」
ユリネが刺す。
「……胸の中で顔」
「胸の中なら勝手にしろ」
その横で、ミナギが目を輝かせた。輝くな。
「これさ! 直し屋の人、使えるやつじゃん!」
「言うな」
ユリネが刺す。
「……胸の中で使える」
「胸の中でも太らせるな」
使える、は危ない。
使えると言うと、拾いたくなる。
拾うと、誰のか分からなくなる。
分からなくなると、返す先が無くなる。
返す先が無いと、次は「取った/取ってない」が生まれる。
生まれると、生活が重くなる。重くしない。
案の定、背中が一つ寄った。
朝市籠を抱えた若い人が、金具を覗き込んで言った。
「これ、持ってっていい?」
言い方が確認で助かる。断定じゃない。
でもここで「いいよ」が出ると、次の手が増える。増やすな。
板番のおばさんが腕を組んで立っていた。
顔が「分かってる」。
おばさんは金具の皿を見て、布の束を見て、木棒の列を見て、ため息をひとつだけ吐いた。
「ここはゴミ」
短い。短いから刺さらない。刺さらないのに、覗き込んでいた手が止まる。止まれるなら勝ち。
「でも、素材って言ってた」
若い人が言う。
素材って言うな。胸の中で素材。
「素材にするな」
ユリネが短く言った。
「えっ」
「素材にすると、取る順が増える」
「取る順?」
「拾う手が増える」
ユリネの言い方が珍しく丁寧で、ミナギが目を丸くした。丸い目は危ない。止まれ。
そこへ、犯人が名乗った。名乗るな。胸の中で名乗れ。
「私。直し屋の人に、使える端材、って言われたから……ここに置けば誰か拾って持ってくかなって」
善意だ。
善意の形が、ちょっとだけ雑だ。
雑な善意は増える。増えると、戻らない。
「……直し屋」
タケルが真顔で言った。
「言うな」
ユリネが刺す。
「……胸の中で直し屋」
「胸の中なら勝手にしろ」
直し屋の方角から、ちょうど音がした。
こり、こり。
すっ。
とん。
音が静かに近づいてくる。
直し屋の人が、道の端を歩いてきたのだ。
手には、薄い木片と小さい釘。
顔は「今日は手が足りない」になっている。
足りないって言うな。胸の中で足りない。
「おはよう」
直し屋の人が言った。名は言わない。名を増やさない。
「……おはよう」
コトが笑って返す。刺さらない笑顔。
直し屋の人は、ゴミ集積の横の金具皿を見て、目を細めた。
細めた目は、嬉しい目に見える。見えると、善意が走る。走ると増える。
増やすな。
「置いたの、誰」
直し屋の人の声は尖ってない。尖ってないから暗くならない。
でも尖ってないほど、止めにくい。止めないと増える。
善意の人が手を挙げかけて、止めた。止まれたのが偉い。
代わりに、おばさんが一歩だけ出た。
一歩だけ。増やさない距離。
「ここはゴミ。素材なら直し屋の前」
短い。短いと揉めない。揉めないと山が山でいられる。
直し屋の人が頷いた。
「そう。ここはゴミ」
同じ言葉を二回言う。二回目は増やす二回じゃない。戻す二回だ。
善意の人が焦って言う。
「でも、捨てるのももったいなくて」
もったいない。
危ない単語。
もったいないは、拾いを呼ぶ。拾いは混線を呼ぶ。
「もったいないって言うな」
ユリネが刺す。
「……胸の中で、もったいない」
「胸の中でも山にするな」
直し屋の人が、金具の皿を指でとん、と叩いた。
小さい音。呼び笛にならない。
「これ、使える。でも、ここに置くと混ざる」
混ざる、が出た。
今日のパニックの芯は、ここだ。
使えると混ざるが同時にあると、人は「じゃあどこに」を言い始める。
どこに、が増えると、場所が増える。場所が増えると、板が増える。板が増えると欄になる。やめろ。
ミナギが口を開けかけた。
「じゃあさ、素材箱作ろ——」
「作るな」
ユリネが即答した。
「えっ、でも」
「箱が増えると箱が詰まる」
「箱、もう詰まってた」
「言うな」
「……胸の中で詰まってた」
「胸の中なら勝手にしろ」
コトが笑って拾う。
「今日だけ、でいい?」
「今日だけ」
ハルが小さく復唱した。復唱は作法になる。
作法になると、増やさずに回せる。
直し屋の人が頷いた。
「今日だけなら、木皿ひとつ」
木皿。
増えない道具。
箱みたいに固定しない。外せる。外せる仕組みは増やさない仕組みだ。
おばさんがすぐ言う。
「直し屋の前に置く」
「置くな」
ユリネが刺して、すぐ直す。
「……置くのは直し屋が置け」
誰が置くかを決めると、責任が生えにくい。生えにくいって言うな。胸の中で生えにくい。
直し屋の人が笑った。
「私が置く。私が回収する」
回収する。回収は良い。ゴミ集積の回収は生活だ。
ゴミ集積に置かない。直し屋に置く。
場所が一つ増えるのは怖いが、今日は“戻すため”の一つだ。
ところが、まだ残る。
ゴミ集積の山に、すでに“素材”が混ざってしまっているからだ。
木棒の列。
布の束。
金具皿。
それをどうするか。
ここで揉めると暗くなる。暗くしない。
ユリネが短く言った。
「外す」
外す。
外すは強い。強いのに増えない。
「今日の分だけ外す。明日は残さない」
言い方が生活だ。罰がない。責めがない。
レンカが息を吸って止めて、言い直した。
「……私、集める」
「集めるな」
ユリネが即座に刺す。
「……胸の中で集めたい」
「胸の中なら勝手にしろ」
泣かせない係が走ると、素材も走る。走ると増える。
だから手順で止める。
タケルが真顔で言った。
「触るのは一人」
「一人」
ハルが復唱する。
「持つのは二つまで」
「二つ」
レンカが口を押さえながら復唱した。言えるなら止まれる。
直し屋の人が、木棒を二本だけ持つ。
布の束はコトが持つ。
金具皿は板番のおばさんが持つ。
三人。
三人は多い。多いって言うな。胸の中で多い。
でも役割が違う三人なら、混ざりにくい。混ざりにくいって言うな。胸の中で混ざりにくい。
シノが端でぼそり。
「……釘、落ちると痛い」
「言うな」
ユリネが刺す。
「……胸の中で、痛い」
「胸の中なら勝手にしろ」
痛い、は危ないけど、ここは「危険だから怖い」じゃなく「落とすと嫌」くらいで止める。
直し屋の人は釘を布で包んで、ポケットへ入れた。
包むと落ちない。落ちないと口が増えない。
素材は直し屋の前へ運ばれた。
直し屋の入口の横に、木皿が一枚だけ置かれる。
字は無い。
字が無いのに分かる。
分かるのは、直し屋の人がそこに立っているからだ。
「ここ」
直し屋の人が言った。
一語。
一語で足りる。足りるって言うな。胸の中で足りる。
善意の人がほっと息を吐く。
「じゃあ、捨てないで済むんだね」
「済むって言うな」
ユリネが刺す。
「……胸の中で済む」
「胸の中なら勝手にしろ」
板番のおばさんが、ゴミ集積へ戻って山を見た。
濡れ。乾き。軽。
三つ。
木片も三つ。
元に戻ると、匂いが「ゴミの匂い」になる。
ゴミの匂いは、混ざってない匂いだ。混ざってないと落ち着く。
相乗は一行でいい。
素材を外したら、山が山に戻って、口が減った。
ミナギがうずうずして言いかける。
「でもさ、素材あると便利——」
「便利って言うな」
ユリネが刺す。
「……助かる」
ミナギが言い直して、口を押さえた。言い直せるなら勝ち。
レンカが小さく言った。
「素材は直し屋。ゴミは山」
「言うな」
ユリネが刺す。
「……胸の中で山」
「胸の中なら勝手にしろ」
昼前、直し屋の前の木皿は、少しだけ賑やかになった。
端材。布切れ。小さい金具。
でも誰も勝手に取らない。
取ると増えるからだ。
直し屋の人が一回だけ頷いて、必要な人にだけ渡す。
声は増えない。
増えないから、木皿は“素材置き場”じゃなく“今日だけの皿”で済む。
夕方、木皿は消えた。
消えるって言うな。胸の中で外す。
直し屋の人が皿を持って中へ入れた。
残さないのが上手い。上手いって言うな。胸の中で上手い。
結び家は帰り道、薪になりそうな木片を一本だけ渡された。
「これ、鍋の火に」
直し屋の人が言った。
「もらうな」
ユリネが反射で言いかけて、止めた。
止めて、言い直す。
「……今日だけ」
「今日だけ」
コトが笑って復唱した。復唱は作法になる。
作法になると、受け取りが太らない。
家に戻ると、鍋が鳴っていた。
薪の木片が、火にくべられる。
ぱち。
音は増えていい。増える音は生活の音だ。
ごっちゃ煮スープの湯気が上がる。
湯気は増えていい。増える湯気は生活の勝利だ。
ミナギが椀を取ろうとして、
「順番」
ユリネが一言。
「……はい」
ミナギが言い直す。言い直せるなら勝ち。
タケルが真顔で言った。
「今日、ゴミを素材にしなかった」
「言うな」
ユリネが刺す。
「……胸の中でしない」
「胸の中なら勝手にしろ」
ハルが小さく頷く。
「……外せるなら、増えない」
シノがぼそり。
「……釘、落ちなかった」
コトが笑う。
「優しさは捨てないけど、置き場所は選ぶんだね」
「言うな」
「……胸の中で選ぶ」
「胸の中なら勝手にしろ」
レンカが小さく宣言して、すぐ口を押さえた。
「今日、素材置き場って言わなかった!」
「言いかけた」
ミナギが真顔で言いかけて、
「未遂って言うな」
ユリネが刺す。
「……胸の中で未遂」
「胸の中でも言うな」
刺さらない笑いが湯気に混ざって、台所が軽くなる。
ゴミはゴミ。素材は素材。
混ざらないと、生活は明るいまま回る。
ユリネが短く言う。
「飯! 湯!」