内緒じゃなくなる
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
神様も妖怪も、普通に隣にいる。 それが当たり前の現代東京で、 音源オタクの柏木蒼が上野公園で拾ったのは、 硬水を飲んで腹を壊して倒れていた、やたらきれいな男だった。 「軟水……いろはすでいい……頼む……」 なし崩しで同居することになった相手の名は、闇龗神。 飛沫感染担当の龍神で、毎日どこかの湿度を調整しながら、 台風を沈めて帰ってきては冷蔵庫の水をチェックしている。 神様の「仕事」は、人間には内緒だ。 でも蒼は知っている。 こいつ、すごくいい音がする、と。 八百万の神々と妖怪が跋扈する上野を舞台に、 感染症と戦う神様たちのほのぼの日常コメディ。
本文
その夜、空はすっかり晴れていた。
梅雨の最中とは思えない、洗ったような星が出ている。くらが昼間に引っかき回した天気は、まだその余韻を残しているらしい。蒼は窓辺に座って、録りためた音を聞き返していた。
昼間のことが、まだ頭の隅に残っている。玉藻前の「ちょっと用事」も、くらの低気圧も。考えれば考えるほど、わからなくなった。
ふと、蒼は口を開いた。
「なあ」
「んー?」
くらは、床に寝転がったまま生返事をする。
「お前らって、結局、なに屋なの」
くらの動きが、一瞬だけ止まった。それから、いつもの調子で、軽く笑う。
「なに屋って」
「たまさんも、ときどき消えるし。お前は天気いじるし。なんか……仕事みたいなの、あるんでしょ」
くらは、しばらく天井を見ていた。答えるかどうか、迷っているふうでもあった。
「あるよ」
「何の」
「言わない」
「なんで」
「言ったら、内緒じゃなくなるだろ」
それで、終わりだった。
蒼は、それ以上は訊かなかった。訊いても無駄だというのも、なんとなくわかっていた。
神様というのは、たぶん、そういうものなのだ。街にいて、人間に見えていて、それでいて、何をしているかは知られない。くらが低気圧を戻しても、人間は「変な天気だったね」で済ませる。玉藻前が路地で何をしていても、誰も気に留めない。見えているのに、仕事は見えない。
少しだけ、自分に似ている気がした。
夜通し音を組んでも、それを聴く人間は、ほとんどいない。月に六十一円。蒼の作るものも、たぶん、まだちゃんと誰かには届いていない。届かないものを、それでも作り続けている。
知られなくても、やっている者が——いや、神様が、この街にはたくさんいるのかもしれない。蒼の知らないところで、ずっと。
窓の外、電線の上に、やけに大きい烏が一羽、とまっていた。星明かりの中で、こちらをじっと見ている。今夜は、なぜだか、その視線が少しだけ気になった。けれど、蒼が目を向けたときには、烏はもう、夜のほうへ飛び立ったあとだった。
「……気のせいか」
ヘッドホンをつけ直す。八畳の部屋では、くらが水のことを寝言で言っている。
知らないやつが、まだ、どこかにいる気がした。