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五苓散より早いだろ?

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/23 📚 シリーズ: 八百万の内緒の仕事 📝 1,064文字 ✅ 全年齢

あらすじ

神様も妖怪も、普通に隣にいる。 それが当たり前の現代東京で、 音源オタクの柏木蒼が上野公園で拾ったのは、 硬水を飲んで腹を壊して倒れていた、やたらきれいな男だった。 「軟水……いろはすでいい……頼む……」 なし崩しで同居することになった相手の名は、闇龗神。 飛沫感染担当の龍神で、毎日どこかの湿度を調整しながら、 台風を沈めて帰ってきては冷蔵庫の水をチェックしている。 神様の「仕事」は、人間には内緒だ。 でも蒼は知っている。 こいつ、すごくいい音がする、と。 八百万の神々と妖怪が跋扈する上野を舞台に、 感染症と戦う神様たちのほのぼの日常コメディ。

本文

 梅雨の谷間は、気圧がころころ変わる。

 その日、蒼は朝から頭が重かった。低気圧が近づくと、決まって頭の奥が鈍く痛む。藝大のころに知り合いから教わって以来、蒼はこういう日のために、五苓散という漢方を常備していた。ぬるい麦茶で一包流し込んで、デスクに突っ伏す。

 くらが、窓の外を見て言った。

「気圧、下がってきたな」

「知ってる。五苓散飲んだ」

「は? なにそれ」

「気圧の頭痛に効く漢方」

 くらは、心底けげんそうな顔をした。

「……そんなもん飲まなくても、俺が気圧戻せばいいだけじゃん?」

「いや、低気圧戻すってスケールが」

「ちょっと待ってろ。すぐ戻す」

「コンビニ行くみたいに言うな」

 止める間もなかった。くらは窓を開け、雨の匂いのする空へ向かって、軽く手をかざした。例の、声にならない音が、唇からこぼれる。

 蒼の頭痛の奥で、何かが切り替わるのがわかった。重く垂れこめていた空気が、ゆっくりと持ち上がっていく。雲の動く速さが、あきらかにおかしい。窓の外で、雨脚が見る間に弱まって、やがて、すうっと止んだ。雲の切れ間から、白っぽい光が差してくる。頭の重さも、嘘のように引いていた。

「……戻った?」

「戻した」

 くらは、得意げに振り返る。蒼は、開いたままのスマホを見た。天気予報のアプリに、通知が来ている。

 《本日、急速に発達するとみられていた低気圧が、急激に勢力を失っており……現在、原因を調査中です》

 ニュースサイトの速報にも、似たような見出しが並んでいた。気象の専門家が「観測史上、説明のつかない動き」とコメントしている。

「……お前だろ」

「五苓散より早いだろ?」

 くらは、心底どうだという顔をしていた。蒼は、スマホの画面と、雲の晴れた空と、得意げな龍神を、順番に見る。

「気象庁が、混乱してんだよ」

 言いながら、背筋が、少しだけ冷えた。

 今まで蒼が見てきたのは、路地のばあちゃんの周りの、ほんの小さな湿気だった。それでも十分すごいと思っていた。けれど、これは違う。一つの低気圧を、丸ごと。日本じゅうの人間が見上げている空を、この男は、頭痛持ちの同居人ひとりのために、片手で書き換えてしまった。

 なのに、世間はそれを「原因不明の異常気象」で片づける。誰も、龍神が窓から手を伸ばしたなんて、思いもしない。

「録らないからな」

 くらが、先回りして言った。

「……まだ何も」

「顔に出てる」

 今日は、誰も彼も、蒼の顔から考えを読む。蒼は、伸ばしかけた手を、おとなしく引っ込めた。録れなかった音より、たった今見せられたものの大きさのほうが、頭から離れなかった。

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灯屋いと

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色んなものを雑多に書きます

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