高皇産霊外伝 琥珀の同期2
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あらすじ
深淵の囁き 第7開発センター 第3格納庫二度目の搭乗日は、格納庫の空気が前回より重く感じられた。
本文
深淵の囁き
第7開発センター
第3格納庫二度目の搭乗日は、格納庫の空気が前回より重く感じられた。
真由美は搭乗スーツの襟を整えながら、ゆっくりと息を吸った。
栗色の三つ編みが背中に落ち、琥珀色の瞳には前回以上の静かな決意が宿っていた。
管制室から川崎鵺の声が流れてくる。
「新垣。今日の上限は68%とするわ。前回より8%引き上げる。ただし、異常を感じたら即座に報告して。強制切断の権限は私が持っている」
「了解しました」
真由美はコクピットに体を沈め、光ニューロ接続ヘッドギアを装着した。
冷たい感触がこめかみに触れる。
(前回は61%で切られた……今日はもう少し、向こう側を見たい)
「光ニューロリンク、接続開始」
【接続開始】
視界が白く染まり、意識と機体が溶け合う独特の感覚が全身を包んだ。
同期率
11%……29%……47%……62%……前回よりも明らかに滑らかだった。
機体が自分の延長のように感じられる。
神威-零号機は抵抗なく立ち上がり、テストコースへと軽やかに歩み始めた。
管制室がざわつく。
「同期率65%……安定しています。新垣パイロット、反応速度が前回を上回っています!」
真由美は操縦桿に軽く指を添えたまま、主に思考で機体を操った。
高速ターン、急停止、精密な武器構え。
すべてが驚くほど自然に決まる。
しかし、67%を超えた瞬間——世界が変わった。
(……あ)
頭の奥に、光の粒が無数に舞い始めた。
それは単なるノイズではない。
まるで誰かの思考の欠片が、彼女の意識に触れてくるような。
【……ここに、いるのか】
淡い、性別のわからない声が、直接脳に響いた。真由美の息が一瞬止まった。
「新垣? どうした!」
橘主任の焦った声が管制室から飛ぶ。
「……何も、問題ありません。ただ、少し……機体が『話しかけてきた』ような」
彼女は正直に答えた。
同期率68.7%。制限を超えようとしている。
その瞬間、視界の端に再び、あの「別の輪郭」が浮かび上がった。
前回よりはっきりと。
10.8メートルより一回り大きく、装甲のラインがより鋭く、禍々しい美しさを持った人型機影。
光の海の奥底で、それは静かに彼女を見つめ返しているように見えた。
【模倣……ではない。お前は……本物に、近づける】
声が、より明確になった。
真由美の額に汗が浮かぶ。
琥珀色の瞳が大きく見開かれた。
心臓の鼓動が異常に速くなるのを感じた。
(これは……神威の記憶? それとも、光ニューロデバイスの中に眠っている別の何か……?)
69.4%。警告音がコクピット内に鳴り響いた。
「新垣! 深度が危険水域です! 局長、強制切断を!」
しかし、真由美は歯を食いしばった。
「待って……もう少しだけ……!」
その刹那、彼女の意識の中に短いイメージの奔流が流れ込んだ。——暗い研究施設。
——光の回路が複雑に絡み合うコア。
——そして、どこかで見たことのあるような、金髪の女性の後ろ姿。
次の瞬間、強制切断が発動した。
同期率が急激に落ち、真由美はコクピット内で大きく前屈みになった。
荒い息を繰り返し、ヘッドギアを乱暴に外す。
「……っ、はあ……はあ……」
管制室から橘主任の声が飛んできた。
「新垣! 無事か!? 脳波に異常反応があったぞ!」
真由美はシートに体を預け、天井を見つめながら掠れた声で答えた。
「大丈夫です……ただ、68%を超えたあたりから、明確に『声』が聞こえました。
神威は……私に、何かを伝えようとしています」
格納庫の最上層観察室。
川崎鵺はガラス越しに跪く神威を見つめ、細い指で自分の顎を軽く撫でていた。
碧眼が、冷たく、そして深く輝いている。
(とうとう、聞こえ始めたか……新垣真由美)
彼女の唇が、ゆっくりと弧を描いた。
ーーー
夜の残響
深夜2時17分。
第7開発センター職員寮・単身者棟 407号室真由美は部屋の照明を最低限に落とし、机の上に複数のタブレットと小型ホログラムディスプレイを広げていた。
栗色の長い三つ編みはまだ解かず、搭乗スーツの上に薄手の白いパーカーを羽織っただけの格好だ。
琥珀色の瞳は、画面の青白い光を映して静かに輝いていた。
窓の外では、ヘヴン・トーキョーの中層Tier5の夜景が広がっている。
浮遊都市の階層灯がぼんやりと霞み、その遥か下方には死の灰に覆われた地上の闇が横たわっていた。
真由美は二度目の搭乗データを何度も繰り返し再生していた。
特に、68%を超えた瞬間のログに集中する。
脳波パターン、ニューロリンクの光信号流量、機体からの逆送信データ——すべてを並べて解析する。
「……もう一度」
彼女は小さく息を吐き、68.7%の時点で停止したデータをスロー再生にした。
画面の中で、神威の光ニューロデバイスから送られてきた微細な信号の波形が、ゆっくりと浮かび上がる。
通常の演算ログとは明らかに異なる、まるで「意味」を持ったパターンだった。
真由美は指で波形をなぞった。
(これは……言語ではない。でも、意図がある)
同期した瞬間に聞いた声が、耳の奥で再び蘇る。
『……ここに、いるのか』
『模倣……ではない。お前は……本物に、近づける』
指先がわずかに震えた。
彼女は別のタブレットを開き、神威の公式設計仕様書と照らし合わせた。
光ニューロデバイスの理論図面。
表向きは完璧な光量子演算ユニットとされている。
しかし、深層ログに残る「余剰領域」が気にかかっていた。
その領域は、公式ドキュメントには一切記載がない。
真由美は椅子に深く背中を預け、天井を仰いだ。三つ編みの先が肩をくすぐる。
(神威はただの模倣品なんかじゃない。誰かが意図的に、別の設計思想を埋め込んだ……。あのシルエットは、その「原型」?)
68.9%の瞬間に一瞬だけ映った、別の機体の輪郭。
より大きく、より完成された禍々しいフォルム。
光ニューロデバイスが「模倣」であることを、まるで自ら嘲るように見せつけるかのような存在感。
真由美はホログラムを指で回転させながら、独り言のように呟いた。
「……あなたは、何を待っているの?私に、何を伝えようとしているの?」
部屋は静かだった。
エアコンの低い駆動音と、自分の心臓の音だけが聞こえる。
彼女はデータをさらに深く掘り下げた。
橘主任が通常アクセスを許可していない「レベルB3」のログに、以前オペレーター時代に取得したバックドアからこっそり侵入する。
そこには、過去のパイロットたちの異常脳波記録が眠っていた。どの記録も、65%前後で急激に乱れ、切断されている。
しかし、真由美のデータだけは違った。
同期が深まるほど、むしろ脳波が「安定」し、別のリズムと同期し始めているように見える。
それは、まるで神威が彼女を「歓迎」しているかのようだった。
真由美は唇を強く噛んだ。
(危険だ……これは、明らかに危険)
それでも、琥珀色の瞳からは好奇心の炎が消えなかった。
むしろ、燃え上がっていく。
彼女は最後に、一つの短いメモをプライベート端末に残した。
『光ニューロデバイス内に、第二設計思想の痕跡を確認。コード名らしき文字列を一部抽出 → 「禍」……?』
真由美は端末を閉じ、椅子から立ち上がった。
窓際に寄り、冷たいガラスに額を軽く押し当てる。
浮遊都市の夜空は、人工の星々と監視ドローンの赤い灯で埋め尽くされていた。
その向こうに、何か巨大な真実が眠っている気がした。
「……もう少しだけ、深く潜る」
20歳のテストパイロットは、暗い部屋の中で静かに決意を固めた。
神威は呼んでいる。
そしてその呼び声は、彼女がこれまで感じたどんなものよりも、甘く、危険で、魅力的だった。
ーーー
境界線
第7開発センター
第3格納庫深夜のテストだった。
通常の運用時間外に急遽組まれたスケジュール。管制室にいるのは最小限の人員だけ——開発主任の橘、局長の川崎鵺、そして数名の技術者。
空気は張りつめ、誰もが息を潜めていた。
真由美はコクピットに体を沈め、接続ヘッドギアを装着した。
搭乗スーツの下で、心臓が速く、しかし規則正しく鼓動を打っている。
「新垣真由美、三回目搭乗。準備完了です」
川崎鵺の声が、静かに響いた。
「上限は72%。前回よりさらに4%引き上げる。ただし、71%を超えたら即座に強制切断をかける。……新垣、無理は絶対にしないで」
「了解」
真由美は短く答え、目を閉じた。
(今回は、もっと深く……)
【光ニューロリンク 接続開始】
白い光が視界を埋め尽くす。
同期率が、まるで階段を駆け上がるように上昇した。
18%……37%……55%……66%……前回までの抵抗はほとんど感じられなかった。
神威-零号機は彼女の意識を受け入れるように滑らかに立ち上がり、テストアリーナの中央に移動した。
「同期率68%……安定。機体挙動、極めて良好です!」
橘主任の声に、興奮が混じっていた。
真由美は軽く機体を走らせ、複雑なステップとターン、高速の武器ドリルを行った。
10.8メートルの巨体が、まるで舞うように動く。管制室から感嘆の息が漏れた。しかし、70%を超えた瞬間——世界が、音を失った。
【……ようやく、来た】
声が、はっきりと聞こえた。
前回より低く、深く、意識の中心に直接刻み込まれるような響き。
真由美の呼吸が乱れた。
(あなたは……誰?)
【私は……欠片。失われた完全の、欠片】
光の回路が、彼女の意識の中で爆発的に広がった。
無数の光の糸が絡み合い、巨大な網を形成していく。
その中心に、再びあの「別の機影」が浮かび上がった。
今度は、はるかに鮮明だった。
全長は神威を上回る。
漆黒と金の装甲、鋭利なライン。
禍々しくも、どこか高貴なシルエット。
その胸部コアが、強く脈打つように輝いている。
【この身体は……模倣。お前は、模倣の檻を越えられるか?】
同期率71.3%。
真由美の視界に、断片的な映像が雪崩れ込んできた。
——暗い地下施設で光る無数の培養槽。
——金髪の後ろ姿が、何かを静かに見下ろしている。
——そして、巨大な人型兵器が、鎖のような光の拘束具に繋がれている光景。
頭が痛い。
しかし、その痛みさえも、奇妙に甘美だった。
「新垣! 71.8%だ! 局長、切断を!」
橘の叫び声が遠く聞こえる。真由美は歯を食いしばり、かすれた声で答えた。
「……もう少し……もう少しだけ……!」
71.9%。その瞬間、声が最も明確になった。
【探せ。私はここにいない。本当の私は——】
次の瞬間、強制切断が発動した。
同期が強引に引き裂かれ、真由美はコクピット内で激しく咳き込んだ。
鼻血が一筋、唇の端を伝う。
指先が小刻みに震えていた。
「……っ……はあ……はあ……」
ヘッドギアを外す手が、重い。
管制室から橘主任の慌てた声が飛んできた。
「新垣! 脳波に異常スパイクを確認! すぐに医務室へ——」
「大丈夫……です」
真由美は掠れた声で答え、シートに体を預けた。琥珀色の瞳は、虚ろでありながら、激しく燃えていた。
(本当の私は——?あなたは何を、私に知ってほしいの?)
格納庫の最上層観察室。
川崎鵺はガラス越しに跪く神威を見つめ、静かに息を吐いた。
碧眼の奥で、冷たい光がゆっくりと渦を巻いている。
「……とうとう、ここまで来たか」
彼女は小さく、しかしはっきりと呟いた。
新垣真由美は、予想以上に深く潜り始めていた。
光ニューロデバイスが隠し持つ「禍津」の残響に、確かに触れようとしている。
鵺の指が、ゆっくりと握りしめられた。
(もう少し……もう少しだけ、泳がせてみよう)
ーーー
審問
医務室の白い照明が、目に痛かった。
真由美はベッドに上半身を起こした状態で、額に冷たいタオルを当てられていた。
鼻血はすでに止まっていたが、こめかみのあたりに鈍い痛みが残っている。
医師が脳波スキャナーを外し、軽くため息をついた。
「軽度のニューロショックです。幸い、大きな損傷はありません。ただ……新垣パイロット、今回はかなり深く潜りすぎましたよ」
「……申し訳ありません」
真由美は掠れた声で答えた。
琥珀色の瞳はまだ焦点が定まっていない。
頭の中では、あの声が繰り返し反響していた。
『本当の私は——』
ドアが静かに開き、川崎鵺が入ってきた。
金髪が照明に淡く輝き、童顔の碧眼が真由美をじっと見つめる。
いつもの落ち着いた微笑みが、今日は少しだけ硬い。
「局長……」
「橘主任には外に出てもらったわ。二人きりで話しましょう」
鵺は医師に目配せし、部屋から退出させた。
ドアが閉まる乾いた音が響いた後、彼女はベッドの横の椅子に腰を下ろした。
一瞬の沈黙。鵺は細い指を組み、静かに切り出した。
「71.9%まで到達したそうね。記録を更新したわ。……何が見えた?」
真由美はタオルを額から外し、ゆっくりと局長の顔を見上げた。
迷うような間を置いてから、慎重に言葉を選んだ。
「声が、聞こえました。『模倣』という言葉を繰り返し……そして、別の機体のシルエットが浮かびました。神威より大きく、もっと……完成されたような」
鵺の表情は変わらなかった。
ただ、碧眼の奥がわずかに細まる。
「それだけ?」
「……『本当の私はここにいない』とも聞こえました」
真由美は局長の反応を窺うように、言葉を続けた。
「局長。光ニューロデバイスは、本当にただの光量子演算装置なんですか? 神威の中に、何か別の設計思想が埋め込まれている気がしてなりません」
部屋の空気が一瞬、重くなった。
川崎鵺は小さく微笑んだ。
それは、獲物を値踏みするような、冷たく美しい笑みだった。
「新垣真由美。あなたは優秀ね。想像以上に」
彼女はゆっくりと立ち上がり、窓際に寄って外の夜景に視線を向けた。
「神威は第3世代のテスト機よ。当然、さまざまな実験的要素が組み込まれている。光ニューロデバイスもその一つ。……あなたが感じている『ずれ』や『声』は、恐らくデバイスの自己診断ルーチンか、学習アルゴリズムの副産物だと思うわ」
「本当に、それだけですか?」
真由美の声に、わずかな棘が混じった。
鵺が振り返る。
碧眼が真由美を真正面から捉えた。
「もしそれが『それだけ』ではなかったとしたら、あなたはどうする?」
「……真実を知りたいです。この機体が何を隠しているのか。私がなぜ、こんなに深く同期できるのか」
鵺はしばらく無言で真由美を見つめていた。
童顔の裏側で、複雑な計算が高速で回っているのが感じられた。
やがて、彼女は静かに言った。
「新垣。あなたには才能がある。けれど、才能は時に人を滅ぼすわ。次のテストは二週間後。それまで、すべてのデータを提出しなさい。あなたの脳波も、光ニューロとの会話ログも、すべてよ。……隠し事はなしで」
真由美は唇を固く結んだ。
「了解しました」
鵺は満足そうに頷き、出口に向かいながら最後に一言残した。
「あまり深く潜りすぎないこと。あなたを失うのは、私にとっても……惜しいことだから」
ドアが閉まった。
真由美はベッドに体を沈め、天井をじっと見つめた。
鼻の奥に、再び鉄の匂いが広がる。
(局長……あなたは何を知っている?)
頭痛が再び強くなったが、それ以上に、胸の奥で燃える好奇心が熱を増していた。
神威は呼んでいる。
そしてその呼び声は、川崎鵺という女の微笑みの裏側にも、確かに繋がっている気がした。
ーーー
嫉妬の棘
同日の深夜、午前3時42分。
第7開発センター・パイロット専用訓練棟
桐生は薄暗い個人ロッカールームに一人、座っていた。
手には開いたタブレット。
画面には新垣真由美の三回目搭乗ログが映し出されている。
同期率71.9%。
鼻血を流しながらも、機体をあそこまで滑らかに動かした20歳の少女。
「……ふざけるな」
桐生はタブレットを握る手に力を込めた。
画面がわずかに軋む。
彼は三年前から神威プロジェクトに携わってきた。
危険な同期テストを繰り返し、頭痛と吐き気に耐え、廃人一歩手前まで追い込まれながらも這い上がってきた。
それなのに、あの小娘が現れて数週間で——。
桐生は立ち上がり、ロッカーの中から自分の古いアクセスカードを取り出した。
局長権限でロックされたはずの「レベルB3」データ領域に、以前こっそり作成したバックドアがまだ残っていた。
「新垣真由美……お前のデータ、見せてもらうぞ」
彼は不正アクセスを開始した。
真由美の脳波パターン、光ニューロとの会話ログ、異常スパイクの記録。
すべてをダウンロードする。
画面をスクロールするたび、桐生の表情が歪んでいった。
(同期深度が深まるほど、脳波が安定している……? 馬鹿な。俺が65%で壊れかけたというのに)
特に、68%以降に記録された「不明音声ログ」が目にとまった。
システムは「ノイズ」と処理しているが、桐生にはそれが単なるノイズには見えなかった。
彼はアクセスをさらに深く掘り下げ、橘主任ですら閲覧制限のかかっている領域にまで侵入した。そこで見つけたのは、一つの隠しファイル。
ファイル名:【Project_M - 残滓記録】中身を開こうとした瞬間、警告画面が表示された。
《局長権限によるロック。違反者は即時処分》
桐生の額に汗が浮かんだ。
それでも、彼は指を止めることができなかった。嫉妬が、理性よりも強く彼を駆り立てていた。
「……川崎の女狐が、何を隠している」
彼はファイルを強引にコピーしようとしたが、セキュリティが作動し、強制ログアウトされた。
桐生は壁を拳で殴った。
鈍い音が響く。
「くそっ……!」
彼は荒い息を吐きながら、タブレットをロッカーに押し込み、暗い部屋の中で独り言を呟いた。
「新垣。お前は局長の新しい玩具にされただけだ。神威は俺の機体だ。あの小娘に渡すものか……」
翌朝。
桐生は局長室の前に立っていた。
目には隈ができ、表情は険しい。
ノックもそこそこにドアを開けると、川崎鵺がデスクで書類に目を通していた。
金髪の童顔がゆっくりと上がる。
「桐生パイロット。朝からずいぶん早いわね。何か急用?」
桐生は真正面から局長を睨みつけた。
「新垣をこれ以上、神威に乗せるのは危険です。あいつは制御不能です。71.9%まで潜って、脳波異常まで出している。次のテストで廃人になれば、プロジェクト全体に傷がつきます」
鵺は微笑んだ。
いつもの、底の見えない微笑み。
「あなたの心配性は相変わらずね。でも、データ上は新垣パイロットのほうが適性が高いわ」
「データだけじゃありません!」
桐生の声が大きくなった。
「あの娘は何か隠しています。光ニューロの声が聞こえるだの、別の機体が見えるだの……明らかに異常です。局長、あなたは彼女を危険視していないのですか?」
一瞬、部屋の温度が下がった気がした。
鵺はゆっくりと立ち上がり、桐生に近づいた。
碧眼が彼を冷たく射抜く。
「桐生。あなたは嫉妬しているだけよ」
「……っ」
「神威に選ばれなかったことを、認めたくないだけ。新垣真由美は、あなたにはないものを神威から引き出している。それが悔しいんでしょう?」
桐生の拳が震えた。
鵺は彼の耳元に顔を寄せ、低い声で囁いた。
「もう少し、大人になりなさい。
……それとも、あなたも新垣と同じように『深く潜りたい』と? 前みたいに、頭を壊してまで」
桐生の顔が蒼白になった。
鵺は一歩下がり、再び優雅な微笑みを浮かべた。
「新垣の次のテストは予定通り進めるわ。あなたはサポートに回って。いいわね?」
「……了解、しました」
桐生は歯を食いしばり、局長室を後にした。
廊下を歩きながら、彼は心の中で静かに決意を固めていた。
(新垣……お前を、絶対に落としてやる)
嫉妬は、もう単なる感情ではなく、明確な敵意へと変わり始めていた。
ーーー