第三十八話:削除できない動画
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
日常に潜む小さな違和感を記録し続けると、100個集めたとき、何かが起きるらしい。 逆行する時計、誰もいない部屋の足音、鏡の中の自分…… でも、最後に待っているのは「終わり」ではなく、君へのバトンだ。 7人の語り部が紡ぐ、永遠に終わらない百物語。 次はお前が観測者になるのか?
本文
これは私が記録した、三十八本目の違和感である。
語ったのは、高坂陸。大学生。
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「まず、状況を整理させてください」
陸はそう言って、リュックからノートPCを取り出した。
「怖い話、というよりは、データの報告なんですが」
画面を開いて、私のほうに向けた。
椅子に座る前に、一度、部屋の蝋燭の数を数えていた。
「三十七本、ですよね。今日で三十八本目」
そう確認してから、座った。
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——以下は、陸が語ったことの記録である。
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第30話のあれ、覚えてますよね。
削除しても復活するテキストファイル。
俺の行動をリアルタイムで記録してたやつ。
あれから少し経って——今度は動画が来たんです。
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気づいたのは夜中の2時でした。
課題を仕上げてシャットダウンしようとしたら、デスクトップに見覚えのないファイルがあった。
最初は、ブラウザの誤ダウンロードだと思いました。
よくあることなので。
でも、ダウンロード履歴には、何もない。
外付けHDDの中身も確認した。何も足されていない。
クラウドの同期フォルダも見た。差分はゼロ。
つまり、どこからも来ていない。
拡張子は.mp4。
ファイル名は「38.mp4」。
ファイルサイズは38メガバイト。
この数字の並びが気になって、削除する前に、一応ログをとりました。
論理的に考えると、マルウェアの可能性が高い。
だから再生はしないつもりだった。
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削除しようとしました。
右クリックして、「削除」を押した。
それだけのつもりだった。
気づいたら、再生されていた。
削除を押したのに、再生された。
画面が暗転して。
動画が、始まった。
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映ったのは——俺の顔でした。
自室に見える場所で、カメラに向かって、座っている俺が映っていた。
服は、今日の俺が着ているものと違う。
見覚えのない、グレーのパーカー。
俺はそのパーカーを、持っていない。
照明の角度から判断すると、部屋の北側から撮影したことになる。
俺の部屋に北側からカメラを設置できる場所は——ない。
そもそも、窓がない。
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画面の中の俺は、最初、黙っていました。
3秒か、4秒か。
ただ、こっちを見ていた。
そして、口を開いた。
静かな声で、言った。
「お前が気づくの、待ってたよ」
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俺は、再生を止めようとしました。
でも、キーボードが反応しない。
マウスも、動かない。
スペースキーを連打した。
Escも叩いた。
画面の中の俺は、構わず続けた。
「もう50日もある。助けに来い。場所は——」
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そこで、動画が止まりました。
正確には、「場所は」の「は」の直後で、映像が固まった。
画面の中の俺の口が、次の言葉の形に開きかけたまま、止まった。
音声も消えた。
俺はしばらく、その止まった顔を、見ていた。
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30秒ほどして、PCが通常の状態に戻りました。
マウスが動く。キーボードが反応する。
再生ソフトは強制終了されていた。
デスクトップに「38.mp4」はない。
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俺はすぐに削除ログを確認しました。
削除の記録はない。
では、どこに行ったか。
Cドライブ全体を検索した。
ファイルは、見つからなかった。
ただ——ゴミ箱に、一件だけ残っていた。
「39.mp4」という名前の、空のファイルが。
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翌日、俺はメディアプレイヤーのキャッシュを調べました。
「38.mp4」の一時ファイルが、Tempフォルダに残っていた。
サムネイル画像として生成されたらしい、静止画が2枚。
1枚目:俺の顔が映った、開始直後のフレーム。
2枚目:動画が止まった瞬間の、口が半開きになったフレーム。
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2枚目のフレームを、拡大した。
最初に気づいたのは、目でした。
口が半開きのまま動画が止まった——そのフレームの、目。
1枚目と比較した。
開始直後のフレームでは、目の焦点がカメラを向いていた。
2枚目では、ずれていた。
カメラの右、少し奥。何かを見ている。
動画は止まっていた。
音も、動きも、なかった。
それでも、目だけが、動いていた。
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その後で、ようやく、背景に気づいた。
窓が、映っていた。
俺の部屋の窓じゃない。
別の場所の、別の窓。
夜の風景が映り込んでいる。
ビルの輪郭と、街灯の色と、微かに見える水面のようなもの。
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俺は今、そのフレームを解析している。
輝度分布と色温度から光源の種類を特定しようとしている。
街灯の色温度は、ナトリウム灯特有の橙色に近い。
最近の都市部ではあまり使われない種類だ。
水面の反射角から、川か海かを判断しようとしている。
波の細かさを見る限り、海ではなく、流れの緩い川か運河の可能性が高い。
ビルの配置から、地域を絞り込もうとしている。
大まかな場所の推定は、もうすぐできる。
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観測者さん、一つだけ聞かせてください。
「もう50日もある」というのは——何が50日あるんだと思いますか。
俺には、2通りの解釈があって。
1つ目は、残り時間が50日ある。
2つ目は、俺が気づいてから50日経った、という記録。
どちらだと思いますか。
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——ここまでが、陸の記録である。
私は、答えなかった。
どちらの解釈が正しいかを、私は知らない。
知らない、のかもしれない。
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陸はPCを閉じて、リュックに入れた。
立ち上がりながら、言った。
「場所が特定できたら、また来ます」
少し考えてから、もう一言、付け加えた。
「あの動画の中の俺、笑ってなかったんですよね。一度も」
「待ってたよ、って言うなら、ふつう、少しは笑うと思うんですけど」
扉が、閉まった。
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私は三十八本目の蝋燭に、火をつけた。
炎が、一度、右に揺れた。
私は、陸が最後に見ていた方向を、思い出した。
カメラの右、少し奥。
今、私の部屋でいえば——棚の、あの辺りに、なる。
棚には、何もない。
蝋燭立てが、並んでいるだけだ。
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