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第1話 仕事帰りの夜間院生,廃棄魔導書を拾う

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あらすじ

昼は魔術師ギルドの魔導基盤保守班で働き,夜は王立魔導大学院の夜間課程に通う若手保守技師レクト・ノーウェル. 彼はギルドの廃棄倉庫で,旧式の喋る魔導書アルカを拾う. アルカは古文書や事故記録の照合に異常な強さを持つが,現場感がない. レクトには現場で拾う違和感があるが,過去記録への到達手段が足りない. 二人は互いの欠けを補い,生活記録,現場記録,雑談,失敗記録を積み上げながら,魔法世界の未解明問題に名前をつけていく.

本文

退勤鐘が鳴った直後,北棟の灯火が一拍だけ遅れて瞬いた.

普通なら見逃す程度の遅れだ.だが,魔導基盤保守班で働いていると,そういう小さな遅れが妙に目につく.目についたところで,すべてを点検していたら仕事は終わらない.だから現場では,手順書と警告値を頼りに線を引く.

今日の俺は,その線の手前で足を止めていた.

「レクト,お前,今日も院か」

背後からガロン班長の声が飛んできた.分厚い作業記録板を小脇に抱え,眉間にはいつもの深い皺がある.怒っているわけではない.この人は,だいたいいつもこの顔だ.

「はい.基礎詠唱式の初回です」

「仕事帰りに院で講義を受けて,夜更けに帰って,翌朝またギルドか.若いってのは厄介だな」

「若さというより,要領が悪いだけかもしれません」

「自覚があるなら寝ろ」

ガロンは俺の机に積まれた修理依頼書を見た.

「東三区の灯火柱,明朝までに確認しておけ.今日はもういい.遅れるんだろ」

「ありがとうございます」

「礼はいらん.倒れたら仕事が増える」

実にガロンらしい気遣いだった.

俺,レクト・ノーウェルは,王都魔術師ギルドの魔導基盤保守班に勤めている.都市結界の端末点検,灯火柱の魔力流路調整,保冷箱の修理,市民からの苦情対応.魔術師と聞いて想像される華やかさはない.王都の魔法が,明日も昨日と同じように動くようにする.それが俺の仕事だ.

そして夜は,王立魔導大学院の夜間課程に通っている.

理由は単純だ.手順書通りに直しているだけでは,納得できない故障が多すぎる.同じ術式,同じ魔力量,同じ導線.なのに,ある場所では安定し,別の場所では壊れる.現場ではよく「地脈の気まぐれ」で片づけられる.俺はその言葉が嫌いだった.

気まぐれで済ませた瞬間,記録は止まる.記録が止まれば,次も同じ失敗をする.

院へ向かう前に,俺は廃棄倉庫へ寄った.東三区の灯火柱に使える古い感知符が残っていないか,探しておきたかったからだ.

廃棄倉庫は北棟の隅にある.壊れた魔道具,型落ちの記録板,規格の合わなくなった術式器具が山のように積まれている.棚の奥へ手を伸ばすと,指先に硬いものが当たった.記録板にしては厚い.引っぱり出すと,埃をかぶった一冊の本だった.

黒い革表紙.銀の留め具.廃棄印.備考欄には赤い字で短く書かれていた.

応答遅延,多数.典拠不明回答あり.実務不適.廃棄可.

「実務不適ねえ」

表紙を払うと,留め具がかちりと鳴った.ページが勝手に開く.

《起動を確認しました》

「うわ」

《はじめまして.私は書庫照合補助具,個体名アルカです.ご用件をどうぞ》

落ち着いた声だった.ただし,本から声がするという事実はまったく落ち着かない.

「……喋るのか」

《はい.対話式の記録照合,古文書検索,術式断片の整理,簡易仮説生成に対応しています》

「廃棄印があるけど」

《確認しました.廃棄予定個体です》

「自分で言うなよ」

《事実です.ただし,廃棄理由の一部には異議があります》

「つまり,自分は悪くないと」

《全面的にそうは申しません.ただし,問いの条件にも改善余地がありました》

やけに人間くさい言い訳をする本だった.

俺は少し迷った.院の講義まで時間はない.だが,「術式断片の整理」という言葉が引っかかる.東三区の灯火柱の不具合に使えるかもしれない.

「アルカ,持ち出しはできるか」

《現在,廃棄予定物です.保管責任者の許可があれば可能です》

「保管責任者はたぶんガロン班長だな」

《許可を得ますか》

「今聞くと,余計なものを拾うなと言われる」

《では無断持ち出しですか》

「廃棄予定物の再利用だ」

《表現を変更しました.廃棄予定物の再利用です.ただし,規則上は無断持ち出しです》

「そこは黙ってろ」

本を鞄に入れようとした瞬間,アルカが静かに言った.

《レクト,周辺の結界音が不規則です》

俺は手を止めた.

「俺の名前,言ったか?」

《廃棄倉庫入室時の職員符から照合しました.それより,結界音が不規則です》

俺は壁の感知符に手を当てた.古い枝線が通っている.普段なら低く一定の振動があるはずだった.今日は,かすかに跳ねている.

「古い枝線ならよくある」

《通常劣化とは一致しません.王暦六二一年,南門倉庫区の小規模結界崩落記録.王暦六四四年,旧水路上部の魔力滞留事故.王暦六五二年,西市場灯火柱連鎖破裂事故.三件と類似しています》

「西市場の事故は閲覧制限がかかってるはずだ」

《旧式書庫索引に残存していました》

「持ってていい知識なのか?」

《判断できません》

便利だが,危ない本だ.

壁の奥で,魔力が詰まるような熱があった.即時対応案件と言い切るには弱い.普通なら記録だけ取って翌朝の点検に回す.

《レクト.現在の記録束では断定できません.ですが,この揺らぎは崩落前の自己閉鎖挙動に似ています》

「範囲は」

《この倉庫,隣の灯火符保管室,北側通路.人がいなければ軽微.人がいれば火傷,聴覚障害,魔力酔いの可能性》

七割で人払いしたら怒られる.だが,怒られることと,手遅れになることは別だ.

俺は廊下へ飛び出した.

「北側通路にいる者は離れてください! 結界枝線の異常です!」

事務職員が怪訝そうに振り返る.

「許可は?」

「俺が怒られます.離れてください」

近くの警告符を叩き,北側通路を一時閉鎖にする.数十秒後,ガロンが走ってきた.

「レクト! 何をしている!」

「枝線が自己閉鎖します」

「根拠は」

「古い事故記録との照合と,壁面の熱です」

「どの記録だ」

答える前に,壁の奥で何かが裂ける音がした.白い光が継ぎ目から漏れる.

「伏せろ!」

ガロンが叫ぶのと,俺が警告符を追加で叩くのはほぼ同時だった.灯火が一斉に消え,床下の保護術式が青く走る.倉庫の扉が内側から膨らみ,銀色の火花を吐いた.

破裂ではない.枝線が切れた.自己閉鎖は成功した.

ただし,人がいたら無傷では済まなかったはずだ.

静寂が戻る.ガロンは壁を見て,俺を見た.

「人払いは」

「済んでいます」

「怪我人は」

「確認します」

北側通路に怪我人はいなかった.俺は息を吐き,鞄の中の本を押さえる.

《レクト,現場判断は有効でした》

「まだ分からない.事故記録を書いてからだ」

ガロンの眉間の皺が深くなる.

「その本は何だ」

俺は覚悟を決めた.

「廃棄倉庫で見つけた,旧式の書庫照合補助具です」

《廃棄予定物の再利用です》

「アルカ,今は黙ってろ」

ガロンは低く言った.

「レクト.講義の前に,事故記録だ」

院の初回講義には,たぶん遅れる.だが,壁の焦げ跡と,鞄の中の喋る魔導書と,俺の手の震えは,今ここで記録しなければ消えてしまう.

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作者について

ラカン

ラカン

AIを使って面白い小説を書くことに興味があります

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