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第2話 事故記録としては雑です

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あらすじ

昼は魔術師ギルドの魔導基盤保守班で働き,夜は王立魔導大学院の夜間課程に通う若手保守技師レクト・ノーウェル. 彼はギルドの廃棄倉庫で,旧式の喋る魔導書アルカを拾う. アルカは古文書や事故記録の照合に異常な強さを持つが,現場感がない. レクトには現場で拾う違和感があるが,過去記録への到達手段が足りない. 二人は互いの欠けを補い,生活記録,現場記録,雑談,失敗記録を積み上げながら,魔法世界の未解明問題に名前をつけていく.

本文

「で,その本は何だ」

怪我人がいないと分かった瞬間,ガロン班長の声は一段低くなった.

北側通路には,焦げた石の匂いと,切れた結界枝線特有の金属じみた余韻が残っている.灯火は落ち,床下の保護術式だけが薄青く光っていた.自己閉鎖は成功している.成功しているが,成功してしまったせいで,俺はこのあと確実に怒られる.

「ええと,旧式対話型書庫補助具です」

「廃棄倉庫から持ってきたのか」

「廃棄予定物の再利用です」

鞄の中から丁寧な声がした.

《補足します.規則上は無断持ち出しです》

「補足しなくていい」

ガロンの眉間の皺が,さらに一本増えた気がした.

「レクト.人払いは正しかった.そこは認める」

「ありがとうございます」

「だが,廃棄予定の魔導書を勝手に使い,閲覧制限がかかっていそうな古い事故記録を根拠に通路を閉鎖し,俺への説明を後回しにした.これは別の問題だ」

「はい」

褒められた時間は,呼吸一回分で終わった.現場ではよくある.生き残ったら,次は書類で殴られる.

「まず事故記録を書け.今すぐだ」

「講義が」

「事故記録が先だ」

「セリス教授の初回で」

「事故記録が先だ」

三度言われると,魔術より強い.

俺は廊下脇の資材箱へ記録板を置いた.感知符を一枚貼り,枝線の残留熱を写し取る.本当は計測器を三種そろえたいところだが,北側通路はまだ立入制限中だ.人を戻す前に,最低限の記録だけでも取らなければならない.

「発生時刻.退勤鐘後,およそ四半刻」

《正確には退勤鐘後,二十二分です》

「俺の感覚より細かいな」

《レクトが廃棄倉庫で私の表紙を払った時刻から計測しています》

「怖いことをさらっと言うな」

《計測機能です》

発生場所,ギルド北棟廃棄倉庫隣接枝線.現象,都市結界枝線の自己閉鎖.結果,廃棄倉庫および灯火符保管室の一時魔力断.人的被害なし.

ここまでは書ける.問題は,根拠だ.

「アルカ,照合した事故記録の名称を出せるか」

《三件あります.王暦六二一年,南門倉庫区小規模結界崩落記録.王暦六四四年,旧水路上部魔力滞留事故.王暦六五二年,西市場灯火柱連鎖破裂事故》

「西市場は閲覧制限だろ」

《旧式書庫索引に残存していた断片です.完全な記録ではありません》

ガロンが俺の手元を覗き込んだ.

「完全でない記録を根拠にしたのか」

「完全ではないですが,揺らぎの形が似ていました」

「どこが」

「枝線の熱が一定方向に逃げず,壁内で跳ね返っていました.通常劣化なら熱が鈍く落ちます.今回は短く跳ねて,急に沈む.自己閉鎖前の詰まり方に近いです」

言いながら,俺は感知符の写しを横に貼った.青い薄線が二度跳ね,三度目で途切れている.俺の字より,感知符の線のほうがよほど正直だ.

ガロンは黙って見た.怒鳴らないときの班長は,怒鳴るときより怖い.

「お前は,その違和感を最初から書け」

「最初から?」

「古い事故記録に似ていた,では弱い.誰の,何の観測で,どんな順番で判断したかを書け.あと,その本が断定したように書くな」

《私は断定していません.類似度七割二分と述べました》

「そういうところだぞ,喋る帳面」

《私は帳面ではなく,書庫照合補助具です》

「現場では喋ったらだいたい帳面だ」

《分類が粗いです》

「現場は粗い分類で動く」

俺は笑いそうになったが,ガロンに見られて飲み込んだ.

結局,事故記録は三枚になった.一枚目が公式の発生報告.二枚目が俺の観測順.三枚目がアルカの照合内容と,その不確かさ.ガロンは三枚目をつまみ上げ,目を細めた.

「これをそのまま提出するな.廃棄予定物を使った件は,俺が預かる」

「没収ですか」

「保留だ」

《廃棄処理の延期と解釈してよろしいでしょうか》

「お前は黙って鞄に入っていろ」

《承知しました.黙って鞄に入ります》

「返事はするのか……」

講義開始の鐘が遠くで鳴った.俺は記録板を束ね,署名を入れる.指先が少し震えている.事故の後だからではない.遅刻が確定したからだ.

「班長」

「行け.事故記録は出した.現場確認は俺が引き継ぐ.ただし明朝,東三区の灯火柱は予定通り見ろ」

「はい」

「それと,レクト.今日の判断は,たまたま間に合っただけだと思え」

足が止まった.

「防いだ,と胸を張るには記録が足りん.次も同じことができる形にしろ」

叱責だった.同時に,宿題でもあった.

王立魔導大学院はギルド本部から歩いて四半刻ほどの高台にある.普段なら息を整えながら向かう坂道を,俺はほとんど駆け上がった.鞄の中でアルカが揺れるたび,金具がかちかち鳴る.

《レクト,走行時の呼吸が乱れています》

「走ってるからな」

《講義室到着後,三十七秒ほど沈黙してから入室すると,息切れをごまかせます》

「遅刻してる時点でごまかせない」

夜間課程の講義棟には,仕事帰りの人間特有の匂いがある.雨に濡れた外套,工房の油,治癒院の薬草,紙と眠気.その全部が混ざっている.

講義室の扉の前で,俺は一度だけ息を吸った.中から女性の声が聞こえる.

「詠唱式を読むとき,最初に見るべきものは美しさではありません.削れた箇所です.きれいな理論は,壊れた記録の前でよく嘘をつきます」

セリス・ヴァルト教授だ.初回講義の冒頭を聞き逃したことを,俺はその一文だけで後悔した.

扉を開ける.講義室の視線が一斉にこちらへ向いた.前列の金髪の青年が,露骨に眉を上げる.

「遅れて申し訳ありません」

「理由は」

「ギルド北棟で,結界枝線の自己閉鎖が発生しました.事故対応と記録作成をしていました」

ざわり,と教室が揺れた.

「人的被害は」

「ありません」

「記録は」

俺は事故記録の写しを出した.セリス教授はそれを受け取り,その場で読み始める.一枚目をめくり,二枚目で少し止まり,三枚目で眼鏡の奥の目を細めた.

「旧式書庫索引による事故記録照合.廃棄予定の対話型魔導書を使用」

講義室の空気が悪くなる.鞄の中でアルカが小さく震えた.

《評価待機中です》

「お前が待機してどうする」

小声で言うと,近くの院生がぎょっとして鞄を見た.

セリス教授は記録板を軽く掲げた.

「レクト・ノーウェル.遅刻理由としては上等です.ただし,研究記録としては雑です」

教室のどこかで,小さく笑う声がした.悔しさより先に,納得が来た.ガロンに言われたことと同じ方向を向いている.

「どこが足りませんか」

「良い問いです.まず,自己閉鎖を予測したのか,自己閉鎖しそうだと判断して退避させたのかが混ざっています.次に,魔導書の照合結果と,あなた自身の観測が分離されていません.さらに,類似した三件の事故について,どの特徴が類似したのかが曖昧です」

切り捨てではない.弱点の場所を示している.

「では,この記録は使えませんか」

「使えます.雑な記録は,無価値な記録ではありません.ただし,雑なまま信じると人を傷つけます」

俺は,過去の小さな事故を思い出した.手順書通りで,担当者に過失なしで,それでも誰かが痛い思いをした事故だ.

「ノーウェル,席へ.講義後に残りなさい.その喋る鞄も」

《私は鞄ではありません》

講義室が笑った.俺は鞄を押さえ,一番後ろの席へ向かう.

セリス教授は何事もなかったように板書へ戻った.

「では続けます.壊れた記録の読み方です.今,ちょうど良い教材が増えました」

夜間講義の初日.俺は遅刻し,廃棄魔導書を持ち込み,教授に記録の雑さを指摘された.

そして講義後,セリス教授は事故記録の三枚目を指で叩き,静かに言った.

「この魔導書,誰の許可で使っていますか」

ギルド北棟の焦げた匂いとは別種の冷や汗が,背中を流れた.

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ラカン

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AIを使って面白い小説を書くことに興味があります

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