昔々、スイカ割りの話
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
それは、彼方から届いた、ちょっと不思議な物語。ショートショート
本文
昔々、あるところに、これから始まる庭の行事がありました。
夏の日差しが照りつける午後、おじいさんは庭に大きな青い敷物を広げていました。
「もう少し右じゃな」
汗をぬぐいながら敷物の端を引っぱっていると、縁側からおばあさんが声をかけます。
「そんなに広げなくても、庭は十分広いでしょう」
「今日は孫が来るんじゃ。思いきり振り回せるようにな」
そう言って、おじいさんは縁側に置かれた大きなスイカを嬉しそうに眺めました。
ほどなくして、孫が元気よく駆け込んできます。
「おじいちゃーん!」
「おっ、来た来た。今年も立派なスイカじゃ」
孫はスイカを見るなり目を輝かせました。
「今年もスイカ割りするの?」
「もちろんじゃ。今年こそ一発で決めてみい」
その時、一人の旅人が家の前を通りかかりました。
庭の賑やかな様子に足を止め、不思議そうに眺めています。
おじいさんは手を振りました。
「旅の人、そんなところに立っとらんで、こっちへおいで」
「え、私ですか?」
「そうじゃ。人数が多い方が楽しい」
旅人は少し照れながら庭へ入りました。
目の前には、大きく丸い緑色の実があります。
「これは何ですか?」
「スイカじゃよ」
「食べ物なんですね」
「そうじゃ」
旅人は安心したように頷きました。
……ところが次の瞬間、おじいさんは孫の目に手ぬぐいを巻き始めます。
旅人は思わず声を上げました。
「見えなくしてしまいました!」
「そうじゃ」
「どうしてですか?」
「スイカ割りだからじゃ」
「……?」
孫は棒を持たされ、その場で三回くるくる回されます。
「はい、始め!」
「もっと右!」
「いや、左じゃ!」
「行き過ぎ!」
「そのまま、そのまま!」
庭中が一斉に叫び始めました。
旅人は目をぱちぱちさせます。
「皆さん、本当に教えているんですか?」
「もちろんじゃ」
「でも、言っていることが全部違います」
「だから面白いんじゃ」
旅人はますます首をかしげました。
「成功しにくくしているだけでは?」
おじいさんは大笑いします。
「その通り!」
孫が棒を振り下ろします。
ぶんっ。空振りです。
「惜しい!」
もう一度。ごつん。
「当たった!」
けれど、割れません。
「あと少し!」
孫は悔しそうに棒を渡しました。
「次は旅人さん!」
「えっ、私ですか?」
あっという間に目隠しをされます。
「右!」
「左!」
「もっと前!」
「違う違う!」
旅人は完全に混乱しました。
「皆さん、本当に助ける気がありますか!」
庭中が笑いに包まれます。
思い切って棒を振ると、
ぶんっ。
今度は何もないところを豪快に叩きました。
「惜しくもなんともないのう!」
おじいさんはお腹を抱えて笑います。
旅人もつられて吹き出しました。
「なるほど……うまくいかないことまで面白いんですね」
「そういうことじゃ」
もう一度挑戦。ごつん。
「当たった!」
「あと少し!」
それでも割れません。
おじいさんが棒を受け取ります。
「さて、最後は年寄りの出番じゃ」
「おじいちゃん、頑張れー!」
旅人まで一緒になって叫びます。
「右です!」
「少し左!」
「そのまま!」
おじいさんは笑いながら棒を振り下ろしました。
ぱかん!
真っ赤な実が見事に割れました。
「おおーっ!」
庭いっぱいに拍手が響きます。
おじいさんは額の汗をぬぐって笑いました。
「ようやく食べられるわい」
その声を聞いて、おばあさんが台所から大きなお盆を抱えて出てきました。
「はいはい、お待たせ。枝豆も茹で上がったよ」
「やったー!」
縁側には冷えた麦茶と、おじいさんだけは冷えたビール。
枝豆と真っ赤なスイカが並びます。
おばあさんは手際よくスイカを切り分けました。
旅人は一切れ受け取り、恐る恐るかじります。
「甘い……!」
ところが口の中で何かが当たり、目を丸くしました。
「黒いものが入っています!」
「種じゃよ」
「種?」
「出すんじゃ」
孫が勢いよく種を飛ばします。
「ぷーっ!」
おじいさんも負けじと飛ばしました。
「おじいちゃん、曲がってる!」
「今日は風があるんじゃ」
「また言い訳だ!」
笑い声が庭に広がります。
旅人は感心したように言いました。
「僕たちの時代の果物には、皮も種もありません」
「ほう」
「食べたいと思えば、ちょうどいい大きさで現れます」
「便利じゃのう」
「切る必要もありませんし、手も汚れません」
おばあさんは枝豆をつまみながら微笑みました。
「それは便利だねえ」
旅人は少し考えてから尋ねます。
「でも……どうして皆さんは、わざわざこんなに手間をかけるんですか?」
おじいさんはビールを一口飲んで言いました。
「不便だからじゃ」
旅人は首をかしげます。
「不便だから?」
「そうじゃ。不便なことは、一人では面倒でも、みんなでやると遊びになる」
旅人は静かに頷きました。
その時、おばあさんが笑って言いました。
「笑ったあとに食べるスイカは、甘いからねえ」
旅人は手の中のスイカを見つめました。
便利な世界では、甘い果物はいつでも食べられる。
けれど、右だ左だと大騒ぎをして、何度も失敗して、みんなで笑ってから食べるスイカは、一度も味わったことがありませんでした。
旅立つ前、旅人は深々と頭を下げました。
「来年も、また参加してもいいですか?」
おじいさんは嬉しそうに笑います。
「もちろんじゃ。ただし、来年も目隠しはするぞ」
「ええ、それが楽しみです」
夏空には大きな入道雲が浮かび、縁側には食べ終えたスイカの皮が仲良く並んでいました。
その日の甘さは、きっとスイカだけの甘さではなかったのでした。