35話:目覚めた天才
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あらすじ
<p><span style="color: rgb(31, 31, 31); background-color: rgba(0, 0, 0, 0);">広い演習場は、複数のクラスが合同で集まったことにより、独特の熱気と緊張感に包まれていた。教壇に現れたのは、色鮮やかな紫のローブを翻し、ひげをピンと跳ねさせた男――エト・クリプトン教官である。</span></p><p><span style="color: rgb(31, 31, 31); background-color: rgba(0, 0, 0, 0);">「いようぅぅこそっ! ぅ若き魔導士の有精卵諸君ッッ! 私はエト・クリプトン!</
本文
広い演習場は、複数のクラスが合同で集まったことにより、独特の熱気と緊張感に包まれていた。教壇に現れたのは、色鮮やかな紫のローブを翻し、ひげをピンと跳ねさせた男――エト・クリプトン教官である。
「いようぅぅこそっ! ぅ若き魔導士の有精卵諸君ッッ! 私はエト・クリプトン!
今日より皆様と共に魔法の深淵を学び探求するものでぇぇす!!」
あまりに過剰なテンションと、歌い上げるような喋り方に、学生たちは一様に頬を引きつらせて後ずさった。
「これより皆様が学ぶのは、基礎魔法より一歩踏み出した『応用魔法』!
魔法というものは組み合わせ、増幅し、まーさーにー!
宇宙のパズルが如き無限の可能性を秘めたものです!
そもそも魔法の起源は、数百年前、人類と魔族が血で血を争う大戦時に……」
「エト先生。大変興味深い講義ですが、時間は限られています。
歴史論はまたの機会にして、本題に入ってください」
エトの独壇場を、同席していたデボラ教官が氷点下の声でバッサリと切り捨てた。
「あ、はい……」
一瞬でしぼむエトだったが、すぐに気を取り直して杖を高く掲げた。
「えー……基本的に、魔法とは体内の魔力を練り、術式で特定の形に変え、魔導回路を経由して発動します。しかし!
属性魔法というものは自身の魔力だけでなく、大気や地面、自然の中に宿る
『外気魔力』を取り込み形作るものなのです。例えばこの様に……」
エトが杖を鋭く一閃させる。
「風精召喚(サモンドエア・ジン)!」
その途端、演習場内に轟々とした風が吹き荒れた。学生たちが悲鳴を上げて目を細める中、風はエトの周囲に渦を巻いて凝縮され、やがて半透明な緑色の巨体を現した。下半身は旋風が渦巻き、上半身は筋骨隆々とした恰幅の良い成人男性の姿。風の精霊は尊大に腕を組み、空中で静止した。
「「「おぉぉーっ!!」」」
「精霊魔法だ!」「本物なんて、宮廷魔導士のパレードでしか見たことないぞ!」
「ご覧の様に、練度を上げていけば自然の魔力の源……つまり精霊そのものを使役できるようにもなります。お疲れ様、さぁお帰りなさい」
エトが軽く杖を振ると、大精霊は霧散して消えた。彼はニヤリと笑い、学生たちに向き直った。
「さぁ! 実演はしてみました!! 次は皆様が実際にやってみましょう!!」
「えええー!?」
場内は阿鼻叫喚の嵐となった。「無理だ」「いきなりすぎる」という声が上がる中、エトは「問題無しですよぉ!!失敗こそが成功への大いなる一歩です!さぁ、 ハリー(急いで)! ハリー!!」と、有精卵たちを次々と壇上へ追い立てた。
まずアルが挑戦した。
「サ……風精召喚(サモンドエア・ジン)!」
杖の先から出たのは、地面の埃を少し巻き上げる程度の、弱々しいつむじ風だった。
「ふむふむ、アル君は風への適性はあまりないようですね! 次!」
周囲からクスクスと笑いが漏れ、アルは顔を真っ赤にして退場した。
その後も、次々と学生たちが無様な「そよ風」や「静電気」程度の魔法を披露していく中、一部の才覚が光った。
アリシアは炎の精霊の腕だけを具現化させ、マリンは足元の地面を宝石の結晶に変えてみせた。
そして、シュドーの番が来た。
彼は奥歯を噛み締め、ナザルとの修行を思い出しながら、限界まで魔力を練り上げた。
「風精召喚(サモンドエア・ジン)!!」
しかし、放たれたのは勢いの良い、けれどただの「風」でしかなかった。
「うーん、魔力の出力自体がまだまだ未発達といった感じですね! 要練習ですよ!」
「……くっ!」
拳を握りしめ、シュドーは悔しさを飲み込んで列に戻った。
デボラ教官はその様子を、相変わらず冷淡に、しかし鋭く観察していた。
この授業は「挫折」を知り、魔法の奥深さに畏怖を抱かせるためのものだ。
成功など誰も期待していない。
だが――。
「さぁ、メルティさん! 次は貴方ですよ!」
「は、はいっ!」
おずおずとメルティが壇上に上がった。羊の角を持つ半獣人という珍しい姿に、他クラスの生徒たちからも好奇の視線が突き刺さる。メルティは緊張に震えながら、ゆっくりと目を閉じた。
(ええっと……さっきの先生みたいに……)
その時、メルティの体を不思議な感覚が温かく包んだ。
性別が変わってからというもの、時折訪れる、魔力と自分が一体化するような全能感。こうしたい、と願うとまるで周囲の魔力が「こうすればいいんだよ」と優しく囁きかけてくる感覚。指先から発する熱が、外気の冷たさと混ざり合って、不思議な陶酔感を運んでくる。
(えっと、風さん……僕に力を貸してください)
彼女が心の中で語りかけた瞬間、演習場全体の空気が一変した。
「……っ!? 風が……集まってる?」
学生たちのざわめきが驚愕に変わる。場内のあらゆる空気がメルティを王と仰ぐように吸い寄せられ、巨大な気圧の渦を作り出した。
「『風精召喚(サモンドエア・ジン)』!!」
メルティが白い杖を振るった瞬間、ゴォォォオオオオ!!という爆鳴と共に、演習場の空気が肌を叩くように押し寄せた。
次の瞬間、そこに現れたのは、エトが呼び出したものよりも二回りは大きく、神々しいまでの威圧感を放つ風の精霊だった。その筋肉質な腕が組まれるたび、周囲の石畳がミシリと鳴る。
演習場は、墓場のような静寂に包まれた。
学生たちは言葉を失い、エトは杖を床に落としたことにも気づかず口をあんぐりと開け、あの「氷の女」デボラ教官ですら、手元のバインダーを握る指を震わせ、目を見開いていた。
「あ、で、出来ちゃった……」
静寂の中、メルティの消え入りそうな呟きだけが響いた。
召喚された大精霊は、主であるメルティに傅くように、その巨体を静かに揺らしている。
静まり返った演習場で、メルティは戸惑ったように自分の白い杖を見つめ、それから自身が呼び出した巨大な風の精霊を見上げた。周囲の沈黙が、彼女には「何か悪いことをしてしまった」という不安にしか感じられなかった。
「えっと、あの、先生……これ、どうしたら……」
消え入りそうな声でメルティがエトを呼ぶと、杖を落としたまま固まっていたエトは、弾かれたように我に返った。彼は慌てて地面の杖を拾い上げると、顔を真っ赤にして叫んだ。
「メ、メルティさん! お、落ち着きましょうッ!
ひっ、ひとまず、その精霊には帰っていただきましょう!
くれぐれも丁重に、失礼のないように……ですよ!」
エトの動揺ぶりに、メルティはさらに縮こまりながら、風精に向かって深々と頭を下げた。
「あ、あの……あ、ありがとうございました。お帰りになってください……」
その瞬間、巨大な風の塊は、満足げに一つ唸りを上げると、優しい微風となって演習場の隅々へと霧散していった。
その消失を合図にしたかのように、爆発的なざわめきが沸き起こった。
「……なぁ、今あの半獣人、精霊を呼んだよな?」
「いや、まぐれだろ、たぶん。何かの事故か……」
「まぐれで、あんな高密度の精霊を召喚出来るわけないだろ!
先生のよりデカかったんだぞ!?」
「メルティさん! つ、つ、次はこれです!!」
学生たちの困惑をよそに、エト教官はまるで未知の財宝を掘り当てた探検家のように目を血走らせ、鞄から真っ赤に輝く『炎の精霊石』を取り出した。
「この媒介を使って、炎精を召喚してみてください!
呪文は『炎精召喚(サモンドフレイム・ジン)』です!
さあ、ハリー!ハリーハリー!」
「ええっ!? あ、はい……」
困惑するメルティだったが、促されるままに目を閉じ、石に意識を向けた。
すると、先ほどと同じ感覚が彼女を包んだ。
自分の体内にある魔力の激流が、石の中に眠る外気魔力と手を取り合い、パズルのピースがピタリとはまるように「形」を成していく。
「『炎精召喚(サモンドフレイム・ジン)』!」
ブゴォオオオッ!!
演習場の中央に巨大な火柱が立ち昇った。その灼熱の渦の中から現れたのは、黄金の瞳を持つ火蜥蜴――サラマンダーだった。炎を纏ったその姿はあまりに雄々しく、最前列の生徒たちが熱風に堪らず顔を背ける。
「メルティさん!! 次は、次はこちらを!!」
「エト先生、それ以上は実習の範疇を……」
デボラ教官の制止さえも、興奮の絶頂にあるエトの耳には届かない。彼は取り憑かれたように次々と媒介を差し出し、メルティは戸惑いながらもそれに応え続けた。
水精(ウンディーネ)、土精(ノーム)――。
メルティが杖を振るたびに、演習場には神話の一場面のような光景が具現化された。
「信じられない…普通、属性適性というものは一つか二つに偏るはず…。
なのに四大属性全てを、これほどまでに高出力で……」
エトは膝を突き、ブツブツと譫言のように呟いた。
「すっ……げぇ……」
誰かが震える声で漏らした。
魔導士を志す若者たちの多くは、幼い頃に英雄譚や神話を聞き、魔法という力にロマンを抱いてこの門を叩く。しかし、過酷な「基礎」と「現実」に打ちのめされる中で、その憧憬はいつしか摩耗していくものだ。
だが、今、目の前で繰り広げられたのは、理屈を超越した「本物」の奇跡だった。
パチ……パチ……。
静寂の中に、一人の生徒の拍手が響いた。それが波紋のように広がり、瞬く間に演習場全体を揺らすほどの喝采へと変わった。
「あんなのありかよ!!」
「王宮の魔導パレード…いえ、それ以上だわ!」
賛辞の嵐の中で、メルティは呆然と立ち尽くしていた。
羊の角を異端視され、性別が変わったことに戸惑い、常に「奇異の目」を向けられてきた彼女にとって、これほど温かく、そして肯定的な視線を一身に浴びることは、人生で初めての経験だった。
「メルティさん!!!」
エト教官が猛烈な勢いでメルティの肩を掴んだ。
「貴方は本当に平民なのですか!? どこの誰に師事を!?
それとも、まさか独学で!?」
「ひゃいっ、あ、あの……えっと……」
「ああ、もう出自なんてどうでもいい!
メルティさん、これは才能なんて生温いレベルではありません!
貴方は魔法という概念そのものに愛されている! 陳腐な言葉ですが……
紛れもなく、貴方は『天才』です!!」
『天才』。
その決定的な言葉がメルティの胸に突き刺さる。
気がつけば、A組の仲間たちが彼女を取り囲んでいた。
「メルティちゃん、すげぇ! 魔力量だけじゃなかったんだな!」とアルが興奮し、「……ここまで来ると、もう嫉妬するのも馬鹿らしいわね」とマリンが悔しそうに、けれど認めざるを得ないといった様子で笑った。
メルティは、この胸の奥から溢れ出す熱い感情を、誰よりも早くあの人に伝えたかった。
「しゅ、シュドー! やったよ! 僕、出来たよぉ!!」
人混みを掻き分け、メルティは一直線にシュドーの下へと駆け寄った。
喜びで顔を上気させ、子供のような純粋な笑顔を向ける相棒。
「あ、ああ……。す、すげぇじゃねぇか。ビックリしたぜ」
シュドーは、引き攣りそうになる頬を必死に抑え、なんとか絞り出すように答えた。
「うん! やったぁ!! シュドーに褒められたぁ!!」
メルティは無邪気に万歳をして、周囲の喧騒の中へと戻っていく。
太陽のようなメルティの眩しさを背に、シュドーは震える自分の右手に目を落とした。
自分の全力を尽くして呼び出せなかった精霊を、彼女は欠伸でもするかのように容易く、そして美しく呼び出してみせた。
(ああ、すげぇよ。……メルティ、お前は……)
握りしめた杖が、やけに重く感じられる。
沸き立つような演習場の熱気の中で、シュドーの心臓の奥には、小さく、けれど鋭い氷の棘が静かに突き刺さっていた。
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