36話:小さな器
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
<p><span style="color: rgb(31, 31, 31); background-color: rgba(0, 0, 0, 0);">あの日、演習場に鳴り響いた拍手の音は、シュドーの耳の奥にこびりついて離れなかった。</span></p><p><span style="color: rgb(31, 31, 31); background-color: rgba(0, 0, 0, 0);">シュドーの生活は、それまで以上に「魔法」一色に染まった。</span></p><p><span style="color: rgb(31, 31, 31); background-colo
本文
あの日、演習場に鳴り響いた拍手の音は、シュドーの耳の奥にこびりついて離れなかった。
シュドーの生活は、それまで以上に「魔法」一色に染まった。
講義が終われば図書室へ駆け込み、埃を被った難解な魔導書を読み漁る。
グラウンドの隅では、門限ギリギリまで右腕の感覚がなくなるほど『魔弾(バレット)』を撃ち込み続けた。
だが、そんなシュドーの泥臭い努力を嘲笑うかのように、メルティの才能は加速度的に開花していった。
教えられた術式を一目見ただけで理解し、応用し、さらには最適化する。
その姿はまさに「魔法に愛された申し子」そのものだった。
「調子に乗るなよ。大魔導士に先になるのは俺だからな!」
焦りを隠すように強気な言葉を投げかけると、メルティはかつての気弱な少年だった頃とは違う、どこか自信に満ちた、けれど相変わらず無垢な笑顔で応えるようになった。
「うん! 僕も負けないように頑張るよ、シュドー!」
対等に競い合えていると信じているメルティのその眩しさが、シュドーには毒のように痛かった。
◆
ある日の放課後。
図書室で閉館まで粘り、疲れ果てた体を引きずって寮へ戻ろうとしていたシュドーは、廊下の向こうの教室から漏れ聞こえる声に足を止めた。
「特進クラス、ですか?」
メルティの声だ。
扉の隙間から、聞き覚えのある教官と向かい合うメルティの影が見えた。
シュドーは無意識に気配を殺し、壁に背を預けて聞き耳を立てた。
「ああ。まだ先の話だが、二回生への進級時に君を推薦したいと考えている。
我が大学でも一握りの本物の『エリート』のみが在籍を許されるクラスだ。
在籍中は学費が免除され、在学中の二級魔導士資格取得も夢ではない」
教官の声は、普段学生に向けるものとは違い、慈しむような熱を帯びていた。
「特進クラスに在籍したという事実は、将来一級魔導士……ひいては『大魔導士』の称号を得るための、最大かつ最短の近道になる。君の稀有な才能は、そこでこそ真に活かされるはずだ」
学費免除。最短のエリートコース。大魔導士への道。
それはシュドーが、喉から手が出るほど欲し、必死の思いで手を伸ばし続けているものだった。
「でも、僕はシュドーと……」
言い淀むメルティ。その言葉を遮るように、教官の声が冷徹に響いた。
「シュドー・クラフト君のことかな?
確かに彼も、平民としては合格点と言える努力家だ。だが……」
教官は、残酷なほどはっきりと告げた。
「残念だが、彼は特進クラスを狙えるレベルには遠く及ばない。
彼の才能は、せいぜい『並』か、それより少し上といったところだ。
メルティ君、君と彼とは……もう、棲んでいる次元が違うのだよ」
「…………っ!」
心臓を直接握りつぶされたような衝撃が、シュドーを襲った。
視界がぐにゃりと歪む。自分が必死に積み上げてきた努力、ナザルの形見まで売って工面した学費、眠る間も惜しんで振り絞った魔力。
それら全てが、専門家の目から見れば「並」という言葉一つで片付けられる程度の、取るに足らないものだと言われた。
「君も将来を考えるのならば、付き合う人間を選んだ方が……」
その先は聞くに耐えなかった。シュドーは衝動的にその場から逃げ出した。
走った。
肺が焼けるほど冷たい空気を吸い込み、足の感覚がなくなるまで、誰もいない、暗い廊下を走り続けた。
辿り着いた先は、校舎の北側にある人影のない渡り廊下だった。
「………………クソッ!!」
ドォォンッ!!
石造りの壁に、シュドーは全力を込めて拳を叩きつけた。
拳を叩きつけた瞬間は何も感じなかった。
数秒遅れて、燃えるような痛みが皮膚の裂け目から這い上がってきた。
だが、心の痛みはその数万倍も鋭かった。
一番近くにいたはずの背中が、もう見えなくなるほど遠くにある。
何より許せないのは、才能の差を突きつけられたことでも、教官に侮辱されたことでもない。
親友であり、相棒であり、共に高みを目指すと誓ったメルティの幸運と才能を、心から祝福してやれない自分自身の小ささだった。
「小せぇなぁ、俺は……。背丈も……器も……」
こぼれ落ちそうになる涙を、汚れた袖で乱暴に拭い去る。
かつてナザルの下で共に笑い、競い合っていたあの日々が、遠いお伽話のように感じられた。
「ちくしょう! ……ちくしょおおおおおおおおおおおおお!!!」
人気のない夜の校舎に、少年の悲痛な叫びが木霊した。
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