第8話 お嬢様、友達ができる
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あらすじ
高飛車お嬢様に見えますが、本当は友達がほしいだけですわ! 〜有能侍女に背中を押されて、初めての友達作り〜 - 第8話 お嬢様、友達ができる
本文
翌日の昼休み。
ヴィオレッタの向かいには、エミリアがいた。
ただそれだけで、いつもの鶏肉のパイが昨日よりずっとおいしく感じられる。
「今日は冷める前に召し上がってくださいね」
「最初の日のことを言っていますの?」
「あの日は、ほとんど本のお話しかしていませんでしたから」
「あなたも同じでしょう!」
「私は食べ終えていました」
皿を見ると、今日もエミリアの方がきれいに食べ進めている。
ヴィオレッタは慌ててパイを一口切った。
「そういえば、氷晶湖まで読みましたわ」
「いかがでしたか?」
「挿絵より素敵でした。朝日が昇るまでの書き方が、特に」
「私も、そこが好きです」
同じ場面を思い浮かべ、二人で笑う。
周囲の席は、まだ少し遠い。
すぐに何もかも元どおりになったわけではない。それでも、昨日までと違って、向かいの席は埋まっている。
ヴィオレッタには、それで十分だった。
食事を終えて教室へ戻る途中、二人の令嬢が廊下で待っていた。
茶会実習で笑ってしまった二人だ。
ヴィオレッタの姿を見ると肩を強張らせたが、今日は逃げなかった。
「クラウゼン様。先日は、本当に申し訳ございませんでした」
「もう謝っていただきました。大丈夫です」
エミリアが答えると、一人がためらいがちにヴィオレッタを見る。
「ローゼンベルク様にも、ご不快な思いをさせてしまって……」
「わたくしではなく、エミリアに謝るべきことですわ」
強くなりかけた声に、隣からそっと袖を引かれた。
ヴィオレッタはエミリアを見て、一度口を閉じる。
「ですが、すでに謝罪は受け取ったそうです。次に誰かが失敗した時は、笑わず手を貸してくだされば、それで結構ですわ」
「はい」
二人の令嬢が頷く。
片方がほっと息をつき、それからエミリアへ小さく尋ねた。
「エミリア様は、ローゼンベルク様とよくご一緒されていますのね」
「はい」
エミリアは、迷わなかった。
「ヴィオレッタ様は、お優しい方ですよ」
「エ、エミリア!」
ヴィオレッタの頬が一気に熱くなる。
「そのようなことを、堂々と言うものではありませんわ!」
「本当のことですから」
「本当でもですわ!」
二人の令嬢が顔を見合わせた。
やがて、どちらからともなく小さく笑う。
扇で隠すような笑いではなかった。
「ローゼンベルク様も、そのようなお顔をなさるのですね」
「どのような顔ですの!?」
「い、いいえ。失礼いたしました」
謝りながらも、先ほどまでの怯えは少し薄れている。
教室へ入ると、一人の生徒が慌てて立ち上がり、机の上の紙を床へ散らした。
ヴィオレッタは一番近くへ落ちた一枚を拾う。
持ち主が身を固くした。
「こちら、落としましたわよ」
「あ、ありがとうございます」
「次からは、きちんと揃えて持つことですわ!」
やはり声は大きくなった。
生徒が戸惑う横で、エミリアがそっと付け加える。
「踏まれて汚れないか、心配なさったのだと思います」
「そこまで説明しなくてもよろしくてよ!」
「違いましたか?」
「……違いませんけれど」
紙を受け取った生徒の口元が、わずかに緩んだ。
「気をつけます、ローゼンベルク様」
怯えるだけではない返事に、ヴィオレッタは一瞬目を丸くした。
「ええ。そうなさい」
変化は、それだけだった。
それでも、十分な始まりだった。
その夜。
「リゼット! わたくし、明日もエミリアと昼食をご一緒しますの!」
「存じております」
リゼットは寝台の支度をしながら答えた。
「明日は杏のタルトが出るそうですわ。エミリアが好きなものですのよ」
「それも存じております」
「あら、なぜ?」
「お嬢様が先ほどから、同じご報告を五回なさっていますので」
「五回もしていませんわ!」
「では、今ので六回目でございます」
「数が増えていますわ!」
ヴィオレッタは枕を抱え、不満そうに頬を膨らませた。
その表情は、友達ができないとクッションへ顔を埋めていた夜とは、まるで違う。
「リゼット」
「はい」
「ありがとう」
不意の言葉に、リゼットの手が止まる。
「あなたがエミリアを見つけてくださらなければ、わたくしは今も一人で昼食を取っていましたわ」
「私がしたのは、お名前をお伝えしたことだけでございます」
「話しかけ方も教えてくださったでしょう」
「最初のひと言には、あまり活かされませんでしたが」
「それはもう忘れてくださいまし!」
「難しいかと存じます」
リゼットの目元が、柔らかく細められる。
「声をかけたのも、失敗した後にもう一度向き合ったのも、お嬢様ご自身です」
「でも、一人ではできませんでしたわ」
「はい。ですからこれからも、必要な時にはお手伝いいたします」
ヴィオレッタは安心したように笑い、枕を寝台へ戻した。
「頼りにしていますわ」
「お任せくださいませ」
灯りを一つ消し、リゼットは静かに一礼した。
もし自分がそばにいなかったとしても、ヴィオレッタはいつかきっと、同じように手を伸ばせただろう。
言葉を間違え、怖がられて、泣きそうになっても、最後には自分から手を伸ばせる人だ。
ヴィオレッタが魅力的な少女であることは、ずっと前から知っていた。
それを知る人が一人増えたことが、リゼットは心から嬉しかった。
翌朝。
教室へ入ろうとしたヴィオレッタは、中から聞こえる笑い声に足を止めた。
エミリアと、昨日廊下で話した二人の令嬢が、窓際に集まっている。
三人がこちらを見た。
一瞬、ヴィオレッタの胸に以前の不安が戻る。
けれどエミリアが、嬉しそうに手を振った。
ヴィオレッタも教室へ入り、胸を張る。
「皆様、ずいぶん楽しそうですわね!」
よく通る声に、二人の令嬢が少しだけ背筋を伸ばした。
それでも、もう逃げなかった。
「はい」
エミリアが隣の席を引く。
「ヴィオレッタ様も、ご一緒にいかがですか?」
今度は、続く言葉を待つ必要もなかった。
「もちろんですわ!」
朝の光が差す輪の中へ、ヴィオレッタはまっすぐ歩いていった。
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