第7話 お嬢様、初めて本音を言う
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あらすじ
高飛車お嬢様に見えますが、本当は友達がほしいだけですわ! 〜有能侍女に背中を押されて、初めての友達作り〜 - 第7話 お嬢様、初めて本音を言う
本文
朝露の残る庭で、エミリアは背を向けたまま立っていた。
振り返らない。
けれど、逃げもしなかった。
ヴィオレッタは乱れた息を整え、数歩離れたところで足を止めた。
「少し、お話しできるかしら」
「もうすぐ授業が始まります」
「十分だけ。いいえ、五分でも構いませんわ」
エミリアの肩がかすかに動く。
「……はい」
ようやく向き直った顔には、いつもの柔らかな笑みがなかった。
ヴィオレッタは、用意してきた言葉を頭の中で探した。
昨夜は何度も考えたはずなのに、どれも急によそ行きに思える。
だから、最初に浮かんだことをそのまま口にした。
「ごめんなさい」
エミリアが目を見開く。
「実習の時、わたくしは怒ることしか考えていませんでしたの。あなたがどうしてほしいのか、聞きもしませんでしたわ」
「ヴィオレッタ様、私は――」
「怖い思いをさせたのでしょう?」
「違います」
返事は、思いがけないほど強かった。
ヴィオレッタが言葉を止める。
エミリアは胸元で両手を握り、もう一度繰り返した。
「違うんです。ヴィオレッタ様が怖くて、離れたのではありません」
「では、なぜ?」
「私がそばにいるからです」
意味が分からず、眉を寄せる。
「わたくしが、あなたと一緒にいたいことと何の関係がありますの?」
「私といるせいで、ヴィオレッタ様がもっと一人になってしまうと思ったからです」
エミリアの声が震えた。
「あの日から、皆様がヴィオレッタ様を避けています。私が失敗したから。私のために、ヴィオレッタ様が怒ってくださったから……」
「それで、わたくしから離れましたの?」
「そばにいなければ、もうヴィオレッタ様が怒るようなことも起きないかもしれないと――」
「起きますわ!」
エミリアがびくりとする。
また声が大きくなった。
ヴィオレッタは一度息を吸い、今度はゆっくり続ける。
「あなたがいなくても、困っている方を笑う人を見れば腹は立ちます。きっと口も出しますわ。わたくしのこの性格を、全部あなたのせいになさらないで」
「でも……」
「それに、わたくしが一人になるかどうかを、あなた一人で決めないでくださいませ」
言い切ると、エミリアの瞳が揺れた。
「周りの方が離れていったのは、もちろん悲しかったですわ」
廊下で止まる会話。空いたままの席。拾わせてもらえなかった筆記具。
何も感じなかったわけではない。
けれど――。
「あなたが向かいにいないことの方が、ずっと寂しかったの」
初めて、自分の寂しさを言い訳せずに口にした。
エミリアの目に、みるみる涙が浮かぶ。
「泣かないでくださいまし。わたくし、また何か間違えましたの?」
「いいえ……嬉しくて」
「前にも思いましたけれど、嬉しい時に泣かれると分かりにくいですわ」
「すみません」
エミリアは笑おうとして、うまくいかずに俯いた。
「あの時も、嬉しかったんです」
「実習の時?」
「はい。失敗した私の隣に立ってくださったことも、『ここにいる』と言ってくださったことも。私のために怒ってくださる方なんて、今までいませんでした」
一粒こぼれた涙を、エミリアが慌てて指で拭う。
「でも、嬉しいと思った分だけ、ヴィオレッタ様が一人になっていくのが怖くなって……。私が我慢すればいいと思いました」
「我慢して、わたくしの前からいなくなるのはおやめになって」
ヴィオレッタは一歩近づいた。
「わたくし、あなたを助けたかったの。でも、友達の守り方を知りませんでしたわ」
怒るだけでは、届かない。
黙って離れることも、相手のためにはならない。
二人とも、初めてのことばかりだった。
「今度は、あなたがどうしてほしいのか聞きます。ですから、あなたも勝手に決めず、わたくしに話してくださいませ」
「……はい」
「それから」
ここまで言っても、まだ怖かった。
何度も一緒に過ごした。エミリアから明日もと言ってくれた。それでも、肝心な言葉だけは一度も交わしていない。
ヴィオレッタは震えそうになる指を握り、エミリアの目を見た。
「わたくしと、友達になってくださいませんか」
若草色の瞳から、また涙が落ちる。
今度はその中に、はっきりと笑みがあった。
「はい。私も、ヴィオレッタ様と一緒にいたいです」
胸の奥に詰まっていたものが、一気にほどけた。
「では、今度から勝手に離れるのは禁止ですわ!」
「それは少し、命令みたいです」
「で、では……お願いですわ。もう勝手に離れないでくださいませ」
「はい」
「わたくしも、勝手に決めませんから」
「怒る前に、私の顔を見てくださいね」
「約束しますわ」
「大きな声を出す前にも?」
「それは努力しますわ!」
エミリアが涙を拭いながら笑った。
つられてヴィオレッタも笑う。
校舎から、授業の予鈴が聞こえた。
「大変、五分どころではありませんわ!」
「十分と少しです」
「走りますわよ、エミリア!」
「廊下は走ってはいけません」
「では、可能な限り速く歩きますわ!」
二人並んで庭を出る。
その途中、エミリアが思い出したように言った。
「氷晶湖は、百八十二頁です」
「なぜ今、教えますの?」
「前に聞かれましたから」
「もう百八十頁まで読みましたわ! あと二頁だったのに!」
「少しくらいなら構わないとおっしゃいました」
「三週間前のわたくしに、文句を言いたいですわ!」
朝の廊下に、二人分の笑い声が響いた。
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