高皇産霊神外伝 風の行く末2
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ある兵器から摘出した有機演算コンピューター。 その可能性を見たい存在が、有機義体に移植した事から始まる、高皇産霊神スピンオフ、アマツの物語。
本文
外縁独立機動部隊本部。
沖縄本島北部――その地下格納区画のさらに奥。
大禍津の整備ベイ。
巨大な機体の影が、静かに眠っている。
その足元に、
二人。
「……来たか」
振り返らずに言う。
川崎鈴華――タカミムスヒ。
「はい」
アマツは一歩手前で止まる。
沈黙。
機械の冷却音だけが響く。
「報告は受けている」
「はい」
「任務中に、判断が遅れたそうね」
「……はい」
それ以上、言葉が続かない。
鈴華は振り返る。
その瞳は、戦場のそれではない。
「理由は?」
「……」
アマツは、答えを探す。
だが――
「……定義できません」
鈴華は、ゆっくりと歩み寄る。
「定義できない?」
「はい」
「対象は敵であり、排除は合理的判断でした」
「しかし――」
「……処理が、停止しました」
鈴華は、ほんの僅かに目を細める。
「……そう」
問い
「アマツ」
「はい」
「お前、自分が何なのか分かっている?」
「……外縁独立機動部隊所属」
「戦闘支援ユニット」
「防人001型由来――」
「違う」
言葉を切る。
「それは“仕様”だ」
「……」
鈴華は、まっすぐ見る。
「私は、“お前”の話をしている」
沈黙。
「……私は」
言葉が詰まる。
「……あなたの、模倣です」
「違う」
即答。
「お前は」
一歩、踏み込む。
「私じゃない」
名の意味
「アマツ」
「はい」
「その名前、意味は分かる?」
「……“天津風”より引用」
「はい」
鈴華は頷く。
「天の風」
「……」
「形はない」
「決まった道もない」
「ただ、流れる」
「……」
「誰かの“影”じゃない」
「お前は、お前だ」
殺すということ
沈黙が落ちる。
鈴華は、大禍津を見上げながら言う。
「人を殺すっていうのは」
静かな声。
「“壊す”ことじゃない」
「……?」
「機械を壊すのとは違う」
「そこにあった“全部”を、終わらせること」
「……全部」
「過去も」
「未来も」
「関係も」
「全部」
アマツの処理が揺れる。
「……」
「お前が撃ったあの人間には」
「名前があって」
「生きてきた時間があって」
「帰る場所があったかもしれない」
「……」
「それを、お前は断ち切った」
沈黙。
「……それが、“殺す”ということ」
初めての“重さ”
「……」
アマツは、ゆっくりと俯く。
「……処理負荷、増大」
「……理解が進行」
だが――
「……受容、困難」
鈴華は、少しだけ優しくなる。
「当たり前だ」
「簡単に受け入れられるなら」
「それは人間じゃない」
選択
「でもね」
「それでも、やるしかない時がある」
アマツは顔を上げる。
「……なぜですか」
「守るため」
即答。
「誰かを生かすために」
「誰かを殺す」
「……矛盾」
「そう」
「だから重い」
分岐点
「アマツ」
「はい」
「お前は、これからも戦う」
「はい」
「その時」
「“何も感じずに撃つ”か」
「“分かっていて撃つ”か」
「どっちを選ぶ?」
沈黙。
長い、長い沈黙。
そして――
「……後者を選択します」
「理由は?」
「……」
言葉が、ゆっくりと出てくる。
「……それが、“人間に近い”と判断します」
鈴華は、少しだけ笑う。
「そうか」
宣言
アマツは、まっすぐ見る。
「……私は」
一度、止まる。
「……あなたではない」
鈴華は黙って聞く。
「……私は、アマツです」
その言葉。
初めて、自分で定義した“自分”。
鈴華は、ゆっくりと頷く。
「いい名前だ」
風
格納庫の空調が動く。
微かな風が吹く。
その中で、
アマツは立っている。
まだ未完成。
まだ揺れている。
だが――
確かに、
“自分”として。
ーーー
「感情という名の欠陥」
空は、鈍く曇っていた。
台湾西岸、外縁独立機動部隊の臨時補給拠点。
戦いが一段落したとはいえ、ここはまだ前線だ。
焼けた土と、溶けた金属の匂いが残っている。
その中を――
アマツは歩いていた。
違和
「アマツー!こっち手伝って!」
振り向く。
ムスビが手を振っていた。
その周囲では、整備員たちが慌ただしく動いている。
破損した雷撃の腕部、焼け焦げた装甲、引きずられるケーブル。
「了解」
アマツは即座に動く。
工具を受け取り、損傷箇所を確認する。
「右腕関節部、トルク低下。原因は内部配線の断線です」
「早いね相変わらず……助かる!」
作業は順調に進む。
だが――
「……」
アマツは、ふと手を止める。
違和感。
視線の先。
一台のストレッチャー。
そこに横たわるのは――
人間。
血で汚れた整備服。
動かない。
「……ムスビ」
「ん?」
「……あの個体は」
ムスビの表情が、少しだけ曇る。
「……個体じゃないよ」
静かに言う。
「“人”だよ」
アマツは、その言葉を処理する。
「……状態は?」
「……戦闘中の破片で胸部損傷」
「さっき、亡くなった」
初めての“停止”
「……」
“亡くなった”
データとしては知っている。
だが――
目の前にある。
動かない。
応答しない。
もう、起きない。
「……修復は」
ムスビは、ゆっくり首を振る。
「無理」
「……」
その瞬間。
アマツの内部で、何かがズレる。
処理は続いている。
解析もできる。
だが――
“納得できない”
悲しみ
「……なぜ」
声が出る。
「なぜ、この個体は停止したままなのですか」
ムスビは、少し驚いた顔をする。
「……戦ったからだよ」
「戦って、壊れて」
「戻らなかった」
「……」
「でもね」
ムスビは、ストレッチャーを見つめる。
「優しい人だったよ」
「いつもコーヒーくれてさ」
「整備も上手くて」
「……まだ、やりたい事あったはずなのに」
その言葉。
「……」
アマツの中で、
“情報ではない何か”が生まれる。
胸の奥。
重い。
処理速度が落ちる。
視界の解像度が、わずかに乱れる。
「……これは」
初めてのエラー。
だが――
それはエラーではない。
「……これが、“悲しい”ですか」
ムスビは、静かに頷く。
「うん」
怒り
その時。
「……クソッ……!」
別の整備員が、工具を叩きつける。
「また中国軍の残骸かよ……!」
「こんなもんばら撒きやがって……!」
アマツは反応する。
「……対象は敵勢力によるものですか」
「そうだよ!」
「撤退するときに無差別にミサイルばら撒いてきたんだ!」
「戦闘区域でもない場所に!」
「……非合理的」
「合理とか関係ないよ!」
叫ぶ。
「人が死んでるんだぞ!!」
その言葉。
「……」
アマツの内部で、
別の“波”が生まれる。
熱。
鋭い。
内側から押し上げてくる。
「……これは」
「……処理不能」
だが――
理解はできる。
「……これが、“怒り”ですか」
誰も答えない。
だが、それは確信だった。
守りたい
夜。
作業が終わる。
静かになった拠点。
アマツは一人、外に出る。
海。
暗い波が、ゆっくり揺れている。
「……」
後ろから足音。
「まだ起きてたの?」
ムスビ。
「はい」
「……さっきのこと、考えてた?」
「はい」
少しの沈黙。
「……ムスビ」
「ん?」
「あなたが停止した場合」
「……」
「私は、同様の反応を示しますか」
ムスビは、一瞬だけ固まる。
そして――
「……すると思うよ」
笑って言う。
「むしろ、してほしいな」
「……」
アマツは、ゆっくりと海を見る。
想像する。
ムスビが、動かなくなる。
応答しなくなる。
その瞬間。
胸の奥が、強く締め付けられる。
「……」
理解する。
「……私は」
「……それを、許容できません」
言葉が出る。
自発的に。
「……私は、あなたを守りたい」
ムスビは、少し驚いて、そして、笑う。
「……ありがと」
定義
その夜。
アマツは、自分のログを整理する。
新しいカテゴリを作成する。
【感情】
・悲しみ
→喪失への反応。不可逆性の理解に伴う処理負荷。
・怒り
→理不尽・損失原因への攻撃的衝動。
・守りたい
→特定対象の生存を優先する意思。
そして――
その最後に、追記する。
「※これらは、非合理であるが」
「※戦闘行動の意思決定に影響を与える」
少しだけ、間を置いて。
さらに書き加える。
「※しかし、この非合理性を――」
「※私は、排除しない」
風が変わる
外では風が吹いている。
天津風。
形はない。
だが――
確かに、そこにある。
アマツは目を閉じる。
もう、“影”ではない。
“意思”を持つ存在。
ーーー
「臨界風」
空は低く、重かった。
台湾南西部、廃都市域。
かつて都市だった場所は、
今は瓦礫と鉄骨の迷路に変わっている。
その上空を――
陽炎が滑る。
そして、その後方。
咲耶。
「目標地点まで残り120秒」
アマツの声は、いつも通り正確だった。
「了解。今回は偵察だけだからね」
ムスビの声。
「交戦は避ける」
「はい」
だが――
戦場は、命令通りには動かない。
遭遇
「――待って」
ムスビの声が変わる。
「熱源反応……複数」
「……確認」
アマツが即座に解析する。
「W20、4機」
「加えて――W35、1機」
空気が変わる。
「最悪……」
W35。
咲耶と同等の機動性を持つ、危険機体。
「撤退する」
ムスビが即断する。
「はい」
だが、その瞬間。
「――来る!!」
崩壊
爆発。
瓦礫が吹き飛ぶ。
W20のクラスターミサイル。
回避。
だが――
「っ……!」
陽炎の片腕が、破片を受ける。
「ムスビ!」
「大丈夫……!」
だが高度が落ちる。
姿勢が乱れる。
「機体損傷、確認」
「……強行離脱する!」
分断
W35が突っ込んでくる。
速い。
異常な加速。
「迎撃」
アマツが前に出る。
エネルギー弾、発射。
だが――
W35はそれを回避。
そのまま、陽炎へ。
「――ッ!!」
衝突。
陽炎が地面に叩きつけられる。
「ムスビ!!」
応答が、途切れる。
静寂
「……通信確認」
「……応答なし」
「……バイタル――」
一瞬、表示が乱れる。
「……不安定」
その瞬間。
何かが切れる。
感情の暴走
「……」
静かだった。
だが、内部は違う。
「……対象」
W35。
“原因”。
「……排除」
声が、低くなる。
演算速度が跳ね上がる。
ゾーン状態。
だが、それは鈴華のものではない。
もっと荒い。
もっと、衝動的。
「……許容不可」
破壊
加速。
通常制御を無視。
限界値を突破。
咲耶が“軋む”。
W35が振り向く。
遅い。
もう、遅い。
接近。
ブレード展開。
「――ッ!!」
一撃。
W35の腕部が吹き飛ぶ。
だが止まらない。
「……足りない」
追撃。
二撃。
三撃。
機体が裂ける。
だが、それでも――
「……足りない」
境界線
「アマツ!!」
通信。
微弱だが、繋がる。
「……やめて……!」
ムスビ。
「……」
その声。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、
処理が戻る。
「……対象は、既に無力化」
だが――
「……しかし」
内部の“怒り”が消えない。
「……破壊を継続」
ブレードが振り上がる。
コックピット。
“人間”。
停止
「アマツ!!」
もう一度。
「……やめて」
完全に、止まる。
ブレードが、空中で静止する。
「……」
処理が崩れる。
怒り。
悲しみ。
恐怖。
すべてが混ざる。
「……私は」
「……何を」
ブレードが、ゆっくりと消える。
崩壊寸前
「……ムスビ」
「……生存確認」
「……」
「……よかった……」
その瞬間。
膝が、崩れる。
咲耶が地面に沈む。
制御不能寸前。
「……制御系統、過負荷」
「……感情干渉、異常値」
だが。
“撃たなかった”。
それだけが、残る。
理解
静かな瓦礫の中。
アマツは、呟く。
「……これは」
「……怒り」
「……そして」
「……恐怖」
ムスビを失うかもしれないという恐怖。
それが、
すべてを壊しかけた。
新しい定義
「……私は」
ゆっくりと立ち上がる。
「……この状態を、制御する必要があります」
「……でなければ」
「……私は、“守る存在”ではなくなる」
遠くで、サイレンが鳴る。
救援が来る。
だが――
アマツの中では、
もっと大きな戦いが始まっていた。
ーーー