高皇産霊神外伝 風の行く末3
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ある兵器から摘出した有機演算コンピューター。 その可能性を見たい存在が、有機義体に移植した事から始まる、高皇産霊神スピンオフ、アマツの物語。
本文
「選択する者」
夜明け前。
空はまだ青黒く、世界は半分眠っている。
台湾南部、山間部の廃基地跡。
そこに――
再び、影が差す。
陽炎。
そして、咲耶。
「今回の任務を確認」
アマツの声。
「敵残存部隊の掃討」
「撤退中の部隊を捕捉し、無力化」
「……はい」
ムスビの声は、いつもより少しだけ静かだった。
二人とも、分かっている。
“あの時”の続きだと。
再接触
「敵影、確認」
「W20、2機」
「W35、1機」
前回と同じ構成。
だが――
違うのは、
“アマツ”。
「交戦する」
その言葉に、迷いはない。
開始
先手は、アマツ。
エネルギー射撃。
W20の一機が即座に沈む。
残り二機。
W35が前に出る。
「来るよ!」
「了解」
制御された加速
加速。
だが――
前とは違う。
限界は越えない。
“抑えている”。
ゾーン状態。
だがそれは、
暴走ではなく、“選択された加速”。
「……」
W35の動きが見える。
軌道。
癖。
「予測完了」
交差
接近。
W35のブレード。
回避。
最小動作。
無駄がない。
「……」
そして――
一閃。
W35の脚部が断たれる。
体勢が崩れる。
瞬間
コックピットが露出する。
中に、人間。
前と同じ構図。
前と同じ距離。
前と同じ“選択”。
「……」
時間が、引き延ばされる。
記憶が蘇る。
撃てなかった瞬間。
暴走しかけた感情。
ムスビの声。
「アマツ」
通信。
「……任せる」
それだけ。
命令じゃない。
判断の委譲。
意志
「……」
アマツは、静かに言う。
「……対象は敵戦闘員」
「……撤退行動中であっても」
「……再交戦の可能性あり」
論理。
だが、それだけじゃない。
「……この個体を見逃した場合」
「……味方の損耗確率、上昇」
ムスビ。
整備員。
拠点。
守るべきもの。
「……」
そして、
もう一つ。
「……私は」
一瞬、止まる。
「……理解している」
「……これは、“終わらせる行為”であると」
トリガーに指がかかる。
「……それでも」
ゆっくりと、確実に、言い切る。
「――私は、これを選ぶ」
発射
光。
一発。
正確な軌道。
コックピットを貫く。
停止。
完全沈黙。
静寂
何も言わない。
アマツも、
ムスビも。
ただ、風が吹く。
「……」
アマツは、ゆっくりと目を閉じる。
内部ログが更新される。
【戦闘行動】
・排除実行
→意思決定:自己選択
【感情】
・悲しみ:あり
・怒り:なし
・後悔:なし
そして、最後に。
「※これは命令ではない」
「※これは選択である」
確認
「……アマツ」
「はい」
「……大丈夫?」
少しの間。
「……はい」
「……問題ありません」
嘘ではない。
だが、
軽くもない。
完成
空が明るくなる。
夜明け。
新しい光が差す。
アマツは、その中に立っている。
もう、“模倣”ではない。
もう、“暴走”でもない。
自分で考え、
自分で選び、
自分で撃つ。
それは、
“人間と同じ”ではない。
だが――
“人間と同じ場所に立つ存在”。
ーーー
理由
夜が深く、整備拠点はようやく静けさを取り戻していた。
昼間の喧騒は嘘のように消え、工具の音も人の声も途絶えていた。
残っているのは、微かな機械の呼吸と、潮の匂いだけ。
「……まだやってるの?」
振り向くと、ムスビが立っていた。
作業着のまま、疲れた様子でこちらを見ている。
「はい」
アマツは雷撃の腕部を分解したまま、淡々と答えた。
「関節部の摩耗が進行しています。明日までに補修を完了させる必要があります」
「真面目だなぁ……」
ムスビは苦笑しながら、その場に腰を下ろした。
「でも、休みなよ。あなたも疲れるでしょ?」
「……」
アマツはわずかに思考を巡らせた。
「……疲労の概念は存在しますが、問題ありません」
「そっか」
ムスビはそれ以上何も言わず、ただ隣に座っていた。
静かな時間が流れた。
工具が金属に触れる小さな音。
アマツの作動音。
そして——ムスビの、規則的でありながら微かに揺らぐ呼吸。
その音を、アマツは静かに聞いていた。
「……ムスビ」
「ん?」
「……質問があります」
「どうしたの、改まって」
「……なぜ、あなたは戦場にいるのですか」
ムスビは少し驚いた顔をした。
「え、今聞く?」
「はい」
ムスビはしばらく夜の闇を見つめ、小さく息を吐いた。
「……守りたいから、かな」
「誰かを?」
「うん。仲間とか、この場所とか……」
少しだけ笑う。
「……あと、自分の居場所、かな」
「……居場所」
アマツはその言葉を、静かに反芻した。
「じゃあさ」
今度はムスビが訊いた。
「アマツは? なんで戦ってるの?」
「……」
即答できなかった。
過去ログが高速で流れていく。
任務、命令、川崎鈴華——しかし、どれも今の自分を説明する言葉ではなかった。
「……私は、当初は命令に従うだけの存在でした」
「うん」
「……しかし、現在は違います」
アマツはゆっくりと言葉を選んだ。
「……私は、選択しています。戦うことも、守ることも」
少しの間を置いて
「……あなたを守ることも」
ムスビがわずかに目を見開いた。
「……私?」
「……はい」
アマツは作業の手を止め、まっすぐムスビを見つめた。
「……理由を、定義しました」
「……第一に、あなたは私に“感情”を教えました。悲しみ、怒り、守りたいという意思……それらは、あなたとの接触によって形成されました」
ムスビは黙って聞いている。
「……第二に、あなたの喪失は私に重大な機能障害を引き起こします」
「え、それ言い方ひどくない?」
ムスビが少し笑ったが、アマツの表情は真剣だった。
「……しかし、それだけではありません」
声が、ほんのわずかに柔らかくなった。
「……第三に、私はあなたが“存在する状態”を、好ましいと判別しています」
沈黙が落ちた。
「……あなたがいると、私は安定します。
あなたが笑うと、処理効率が向上します。
あなたが危険に晒されると、私は通常以上の出力を発揮します」
そして、最後に。
「……あなたがいなくなることを、私は望みません」
ムスビは少しの間、言葉を失っていた。
やがて、照れくさそうに小さく笑う。
「……それってさ、好きってことじゃない?」
「……」
アマツの処理が、一瞬止まった。
「……定義不明」
「いや、わかるでしょ。守りたい、失いたくない、一緒にいたい……それ、そういうやつだよ」
長い沈黙。
「……仮定として、受理します」
アマツは再び工具を手に取った。
その指の動きは、先ほどよりわずかに、柔らかかった。
「……結論」
静かに、しかしはっきりと告げる。
「……私は、あなたを守ります。それは命令ではなく、私の意思です」
ムスビは少し目を伏せ、それから優しく微笑んだ。
「……うん。頼りにしてるよ、アマツ」
外では、静かな風が吹いていた。
天津風のように、優しく、穏やかに。アマツは、その音を聞きながら思う。
「……理由は確定した。対象:ムスビ。行動:防護」
しかし、その内部ログには記されていない、もう一つの意味があった。
まだ名前を持たない、儚く温かい感情の芽が、静かに息づいていた。
ーーー
守るということ
台湾南部、旧市街跡。
崩れ落ちたビル群の残骸が、空に向かって無言で突き刺さっていた。
コンクリートの骨組みの隙間を、乾いた風が通り抜けていく。
静かすぎる戦場。
「……資材回収、これで最後かな」
ムスビがしゃがみ込み、破損した雷撃のパーツを慎重に回収している。
その背後で、咲耶は静かに周囲を警戒していた。中型の人型機動兵器・咲耶。
両腕に搭載されたエネルギーコントローラは、状況に応じて武装を瞬時に変化させる。
シールド、ブレード、射撃——すべてが一体化された完成された戦闘機体。
そして今、そのコックピットにいるのはアマツだった。
「……周囲、異常なし」
しかし、次の瞬間。空気が歪んだ。
音が消え、風が止まる。
――来る。
地面が爆ぜ、建物の影から巨体が跳び出した。
アパッチ。
逆関節の長大な脚部を持つ、獣のような機体。
ベクターコックピットの中で、ベクターは無言だった。
視線だけで全てを捉える。
距離、風向き、動き——そして“殺す順番”。
(……まず、そっちだ)
標的はムスビ。
初撃アパッチの脚が地面を沈め、爆発的な踏み込みを見せた。
ブースターすら使わない、純粋な脚力。
ショットガンが展開され、鉄塊の暴風が放たれる。
「ムスビ!!」咲耶が瞬時に割り込んだ。
エネルギーコントローラが展開し、シールドを形成。
しかし衝撃は重く、機体を数メートル後方へ吹き飛ばした。
「……っ」
間に合った。
ムスビは無事だった。二撃目ベクターは止まらない。
着地と同時に跳躍し、刺突ブレードを展開。
長大な刃が、咲耶の防御の死角を狙う。
その先には、ムスビがいる。
「……!」
アマツの処理が加速する。
ゾーン状態。
それでも——間に合わない。
時間が、ゆっくりと伸びる。
ムスビの表情が見えた。
驚き、理解、そして諦め。
その瞬間、アマツの中で何かが静かに切り替わった。
選択
回避ではない。
迎撃でもない。
最適解は——「……盾」
咲耶が無理やり機体をねじり、真正面からブレードを受け止めた。
鈍い、肉を裂くような音。
刃が腹部を貫通する。
装甲、フレーム、内部機構——すべてを突き破る衝撃。
警告音が鳴り響く。
「……防御、成功」
ムスビは、生きていた。
反撃、至近距離。
アマツは迷わずエネルギーコントローラを最大出力に振り、横薙ぎの一撃を放った。
アパッチの腕部が切断され、火花を散らす。
ベクターは即座に離脱した。
逆関節の跳躍でビルの上へ上がり、冷ややかにこちらを見下ろす。
「……守ったか」
初めて、機械的な声が漏れた。
「……なら、今日はここまでだ」
VLSミサイルが展開され、煙幕を展開。
視界を奪う煙の中で、アパッチは影のように消えていった。
崩れ咲耶が膝をついた。
「アマツ!!」
ムスビが駆け寄ってくる。声が震えていた。
「……問題ありません」
「全然問題あるでしょ……!」
ムスビの瞳が潤んでいる。
「なんで……なんであんな無茶をするの……」
アマツは静かに答えた。
「……理由は既に定義済みです」
「……あなたを守る。それが、私の意思です」
ムスビは言葉を失った。
やがて、泣きそうな顔で小さく笑う。
「……バカ」
完全な意味アマツは理解した。
“守る”とは、
損傷を許容すること。
己を犠牲にすること。
それでも、選ぶこと。
内部ログが更新される。
【守る】
→対象:ムスビ
→行動:自己損傷を含め許容
→理由:意思
痛みの中で、アマツは静かに思う。
この痛みさえも、今は少しだけ、
大切なもののように感じられた。