昔々、秋祭りの話
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
それは、彼方から届いた、ちょっと不思議な物語。ショートショート
本文
昔々、あるところに、秋になると賑わいを見せる神社がありました。
おじいさんとおばあさんは、秋になると、そこで開かれる秋祭りに出かけていくのを楽しみにしていました。
その日も、夕暮れ時に連れ立って歩いていくと、参道の入り口で、一人の旅人が提灯の灯りを見上げて、立ち尽くしていました。
「あんた、祭りは初めてかね」
おじいさんが声をかけると、旅人は振り返りました。
「……あの灯りが、揺れています。光が揺れているのに、壊れていないんですね」
おばあさんは笑いました。
「あれは、蝋燭の灯りじゃよ。風で、揺れるんじゃ」
「揺れると、見えにくくなりませんか」
おじいさんは提灯を指差しました。
「揺れるから、ええんじゃ」
旅人はその灯りに、そっと手をかざしました。
「……光なのに、温かいです」
おばあさんは微笑みました。
「人が灯す光は、温度があるんじゃよ」
旅人はその言葉を、じっと繰り返すように呟きました。
「温度が、ある……」
三人は参道を歩き始めました。両脇にはいくつもの屋台が並び、湯気と煙があたりに立ち込めています。
旅人は鼻をひくつかせました。
「甘い匂いとしょっぱい匂いが同時にします」
おばあさんは微笑みました。
「祭りは、匂いで始まるんじゃよ」
「別々の匂いが、混ざっても、いいんですか」
「混ざるのが、祭りの匂いじゃ」
そのとき、遠くから太鼓の音が響いてきました。ドン、ドン、という重い音が、地面から伝わってくるようでした。
旅人は思わず自分の胸に手を当てました。
「……音が、体の中まで入ってきます」
おじいさんは頷きました。
「祭りの音は、耳じゃなくて腹で聞くんじゃ」
「腹で、聞く……」
旅人はしばらく立ち止まり、太鼓の音が体に響くのを、じっと確かめていました。
参道を進んでいくと、屋台の一つから、香ばしい匂いが漂ってきました。焼きとうもろこしの屋台です。
おじいさんが一本買い、旅人に手渡しました。
「食べてみなされ」
旅人は端をかじり、目を見開きました。
「……外は焦げているのに、中は甘いです」
「そうじゃ。醤油をかけて、焼くんじゃよ」
次に立ち寄ったのは、りんご飴の屋台でした。真っ赤な飴に包まれたりんごが、串に刺さって並んでいます。
旅人は不思議そうに見つめました。
「飴なのに、果物が入っているんですか」
おばあさんは笑いました。
「りんごを、飴でくるんであるんじゃよ」
旅人は恐る恐る一口かじりました。パリッという音のあと、甘い飴と、りんごの酸味が広がります。
「……硬いところと、みずみずしいところが、両方あります」
「それが、りんご飴じゃ」
大判焼きの屋台では、旅人は焼きたての一つを両手で持ち、その熱さに驚きました。
「……持っているだけで、熱いですね」
「そうじゃ。ふうふうしながら食べるんじゃよ」
半分に割ると、中から餡がとろりと出てきました。
「……中に、何か詰まっているとは、思いませんでした」
「見た目だけじゃ、わからんもんも、あるんじゃよ」
じゃがバターの屋台では、湯気の立つじゃがいもに、バターがとろけていくのを、旅人はじっと見つめていました。
「バターが、溶けていきます」
「熱いうちに、絡めるのが、うまいんじゃ」
一口食べると、旅人はほう、と息を漏らしました。
「……ただのじゃがいもだと、思っていました」
「祭りの屋台は、ただのもんを、ちょっとええもんにするのが、腕の見せどころじゃ」
歩いているうちに、大勢の人とすれ違い、時折、見知らぬ人と目が合いました。旅人が戸惑いながらも小さく微笑むと、相手も気さくに笑い返してくれました。
「……名前も知らないのに、笑い返してくれました」
おばあさんは頷きました。
「祭りの日は、みんなちょっとだけ親戚になるんじゃよ」
旅人はその言葉を、繰り返すように呟きました。
「ちょっとだけ、親戚……」
境内まで来ると、太鼓の音が一段と大きく響いていました。旅人はその音に合わせて、自分の胸が小さく震えるのを感じていました。
「わたしのところには、こういう、揺れる灯りも、混ざり合う匂いも、体に響く音も、あまりありません。すべて、一定に調整されています」
おじいさんは頷きました。
「一定なんは、安心じゃろうがのう」
旅人は頷きました。
「はい。ですが……」
旅人は手の中に残った、焼きとうもろこしの串を見つめました。
「今日食べたものは、どれも、少しずつ、思っていたのと違いました。それが、なんだか、楽しかったです」
おばあさんは微笑みました。
「揺れたり、混ざったり、体に響いたりするのが、祭りなんじゃよ」
やがて夜が更け、屋台の主人たちが、一つ、また一つと、道具を片付け始めました。木箱を重ねる音や、鉄板を洗う水音が、静かになった境内に響きます。
旅人はその音に、じっと耳を澄ませていました。
「……片付ける音が、少し寂しいです」
おばあさんは微笑みました。
「祭りは、終わるから思い出になるんじゃよ」
旅人はその言葉を、繰り返すように呟きました。
「終わるから、思い出になる……」
提灯の灯りも、一つ、また一つと消えていきました。
旅人は参道の入り口で立ち止まり、静かに頭を下げました。
「今日は、ありがとうございました」
「なんの。ええ祭りになったじゃろう」
旅人は最後に残った提灯の灯りを、もう一度振り返りました。
「……この揺れる灯りも、悪くないと思いました」
そう言うと、旅人は夜の道の向こうへ、静かに歩いていきました。
おじいさんとおばあさんは、旅人の後ろ姿が見えなくなるまで、その場に立って見送っていました。
やがて、おばあさんが最後の提灯を見上げながら言いました。
「今年も、ええ祭りじゃったのう」
おじいさんも頷きました。
「来年も、あの子が来るとええのう」
二人は顔を見合わせて微笑み、夜道を、ゆっくりと家路についたのでした。