養鶏家『新作落語』
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
オムニバス 職業短編集(お好きな所からお読みください)
本文
養鶏家 | 小説投稿サイト「あいぺん」
あの話、実は落語にもしてみました
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養鶏家『新作落語』
(ぽんと膝を打ち、扇子をパッと開いて)
えー、本日はお運びいただきまして、ありがとうございます。
……昔から、勇者と申しますと、剣を持って魔王を倒す、これが相場でございます。ところが今日日(きょうび)は、勇者もいろいろおりまして。中には、剣の代わりに温度計を握って、異世界へ乗り込んだ男もいる、というんですから、いやはや恐れ入りやした。
(一拍置いて)
さる王国に、天から一人の男が降ってまいりました。名を、佐藤の純。
王様も家臣も、さぞかし強い勇者様がと胸を躍らせておりましたら、この純、剣も魔法も使えない。かわりに得意なのが、鶏の世話。
「あの、日本で養鶏場をやっておりまして」
「よ、養鶏場……?」
王様、椅子からずり落ちそうになりましたが、そこは背に腹は代えられない。とりあえず鶏小屋を任せてみますってえと、これが半年で卵不足解消。二年で兵糧改善。四年で魔王軍の進軍速度が半分に。
「痩せた兵より、蛋白質たっぷりの兵の方が強い」
これだけの理屈で、国が持ち直しましてね。人々はいつしかこの男を「卵聖人」と呼ぶようになった。純の方は、
「もうちょっと、現場の人間らしい呼び名はないんですかね」
と不満顔でございます。
(軽く扇子を叩いて)
そんな純の元へ、ある日、王都中央広場に運ばれてきましたのが、高さ三メートル、青銅色の殻に稲妻の模様、百年に一度という天空竜の聖なる卵。
学者は色めき立つ、王様は鼻息も荒い。ところが純だけは、腕組みしたまま、ひとこと。
「温度、足りないですね」
広場中、水を打ったように静まり返る。
「な、何だと」
「湿度も足りません。巣材も悪い」
宮廷魔導士が声を荒げます。
「貴様!これは天空竜の聖卵だぞ!」
「卵は卵です。相手が竜でも、やるべきことは変わりません」
純は大真面目でございます。
(間)
その日から、純は寝袋片手に卵の隣で寝泊まり。
「勇者殿、そこまでなさるのですか」
「生き物ですから。鼓動を近くで感じてないと、見落とす変化もあります」
「感動しました」
「あと、割れたら中身が気になる。どんな姿で出てくるか、今から楽しみで」
「本音が出ましたな」
二十日目の夜、ついに殻にひび。王様も姫様も固唾を飲んで見守る中、卵が割れる。
出てきたのは、意外なほど小さな、青い竜の子。
丸い金色の目で純を見上げると、長靴によじ登り、指をペロリ。
「守護竜様だ!」「かわいい!」
広場中、大歓声。純はその竜を持ち上げて、腹をポンと押す。
「空腹ですね」
「わかるのですか!」
「鳴き方で。言葉は通じなくても、何を求めてるかは伝わってきます」
(少し声を落として)
それから純の一日は、朝は鶏舎、昼は出荷、夕方から竜の世話。竜はよく食べる男でしてね、小魚、肉、果物、なんでも来い。だが一番好きなのが――卵。
茹で卵は殻ごと、目玉焼きは丸飲み、卵焼きを見れば羽をばたつかせて寄ってくる。
「共食いでは」騎士団長、青い顔。
「種類が違います。美味いもの食べて育つ。生き物として、これほど健全なことはないでしょう?」
純は涼しい顔でございます。
(膝を打って)
竜は育ち、牛ほどの大きさに。空も飛ぶ、火も吐く。それでいて甘えん坊、純の姿が見えないと倉庫を壊して探し回る始末。
王国の民は恐れおののく。ところが純だけは、
「待て」
その一言で竜は座る。
「よし」
尻尾を振る。王様、涙を流して、
「なぜ勇者殿にだけ懐くのだ」
「最初に餌やったからでは」
「単純!」
(サゲに向けて、ゆっくりと)
十五年目、魔王軍との最終決戦。純は竜の背に乗り、空から火を浴びせ、城壁を砕く。魔王が叫びます。
「なぜだ!なぜ竜が人間につく!」
「世話したからです」
魔王はそのまま踏まれましてね。
戦は終わり、王様は城と財宝を差し出しますが、純は首を振る。
「帰還でお願いします。俺がいなきゃ始まらない場所が、あっちにあるんです」
送還の光に包まれる純に、竜が寂しげに「ピィ……」
「大丈夫だ。立派な守護竜として、この国を頼んだぞ。……あ、それと、貝殻食え。骨が強くなる」
(扇子をパチンと閉じて)
気がつきゃ純、日本の鶏舎に立っておりました。スマホを見ると、十秒しか経っていない。
家に帰れば、女房が台所から顔を出す。
「遅いよ」
「少し遠くまで。一生忘れられないような」
「また鶏と話してた?」
「まさか。何を求めてるか、ちょっとわかるだけだ」
食卓には親子丼。純は思わず笑う。異世界の珍味も竜の宴も、この味には敵わない。
翌朝、鶏舎の集卵ケージ。ふと奥を見ますってえと、白い卵に紛れて、ひとつだけ――
高さ十センチ、青銅色、稲妻模様の卵が一つ。
純はそれをじっと見つめて、ひとこと。
「……温度、足りないですね」
女房の声が聞こえます。
「純さーん、朝ごはんできたよー」
「すぐ行く! あと、強力な孵卵器、あれ、ア◎ゾンで頼んどいてくれ!」
(深々と一礼)
窓の外、青い空に、龍の形の雲が一つ、ゆっくり流れておりました。
お後がよろしいようで。
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