第4話

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/8/3 📚 シリーズ: ベアーズキッス 📝 1,459文字 ✅ 全年齢

あらすじ

カップル動画配信者、『レン♡ノアちゃんねる』の二人が|熊害《ゆうがい》に遭ったニュースが世間を騒がせてから、一週間。ライブ配信されたレンの最期は世界中に拡散され、『登録者数のために命を危険に晒した愚か者』『ロクな対策もせず山に入った自業自得』など批判コンテンツとして消費されていった。二人を襲った親子の熊が直後に銃殺処分されたこともあり、議論は配信界隈から動物愛護方面にまで広がった。

本文

 カップル動画配信者、『レン♡ノアちゃんねる』の二人が熊害ゆうがいに遭ったニュースが世間を騒がせてから、一週間。

 ライブ配信されたレンの最期は世界中に拡散され、『登録者数のために命を危険に晒した愚か者』『ロクな対策もせず山に入った自業自得』など批判コンテンツとして消費されていった。

 二人を襲った親子の熊が直後に銃殺処分されたこともあり、議論は配信界隈から動物愛護方面にまで広がった。

 二人のファンによる追悼、アンチによる誹謗中傷、事件にかこつけて熊の保護を訴える声、乗っかりたいだけのヤジでSNSのトレンドタブは収集がつかない有様だ。

 I市の中心にあるS病院。HCUに、一人の入院患者があった。

 短く刈られた髪、包帯で覆われた顔、首元には、気管切開チューブ。

 閉じた右目だけをかろうじて晒したその人は、規則的な機械音に合わせて静かに胸を上下させていた。

 天井付近に据えられたモニターが映し出すバイタルサイン。

 安定していた心拍数が微かにゆらぎ、閉じられていた目がゆっくりと開く。

 うつろに、かすむ視界。

 天井、モニター、チューブ。

 全身を満たす鈍痛。顔中に走る引き攣れるような痛み。

 ピクリとも動きはしない体の中、その人――ノアは、ぼんやりと思い出していた。

 レンが、死んだ。

 自分を助けようと手を差し伸べて、死んだ。

 自分が物音に気を取られて滑り落ちたせいで、死んだ。

 自分と結婚するために登録者数を増やそうとしたせいで、死んだ。

 死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ

 現実感のない、ふわふわとした夢うつつの中で、それだけがただ真実としてノアの胸を占めていた。

「山本さん? 山本乃愛ノアさん? 意識ありますか?」

 誰かが自分の顔を覗き込んでいる。

「先生読んできて」

 バタバタと動き回る気配がして、急激に眠くなって、目を、閉じる。

――――

 二度目に目を覚ましたのは、それから二週間後であった。

「乃愛……?」

 うつろに天井を見上げていたノアに声をかけてきたのは、誰だろう。

 聞こうにも、声が出ない。

「乃愛! 目が覚めたのね! 今看護師さん呼んでくるから!」

 やたらと声を張り上げたその中年女性が病室を出て行った後、ぼやけた視界に、サイドテーブルに置かれたスマートフォンが映った。

 白い熊のようなステッカーが貼られた端末に、見覚えがある。

 寝そべったまま、軋むように痛む体を無理やり動かして、端末に手を伸ばす。

 届いているはずなのに、感触がない。

 反対の手を伸ばす。

 手に馴染む感触がある。

 ホームボタンを押す。

 画面は、つかない。

 どうしてだろう。

 黒いままの画面を間近で覗き込んだ時、ック、と喉が鳴った。

 端末を投げ捨てた衝撃で、肩に激痛が走る。

 顔中を走り回る、チリチリとした痛みが、存在を主張するように疼く。

 ゼロゼロ

 喉のチューブから鳴る音が、酷く耳障りだ。

「乃愛さん、ここがどこか分かりますか?」

 病室の扉が開いて、誰か入ってくる。

 誰か確かめたくても、視界はぼやけている。

 ガラガラ、銀色の台車を押している。

 キャビネのような銀色の表面、そこに映っている。

 入院着に包まれた、誰か。

 片方の袖が二の腕のところで結ばれている。

 薄いタオルケットで覆われた下半身、片側だけ、厚みがない。

「乃愛」

「乃愛さん」

 たくさんの人が、その誰かに話しかけているのが映っている。

「ノア」

 中に混じる懐かしい声は、夢だろうか。

「レンゼロゼロ」

「わたし、いきてしまったフシュ、ゼロゼロ、ゼロぜロ」

(了)

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作者について

彩華 じゅん

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