第4話
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
カップル動画配信者、『レン♡ノアちゃんねる』の二人が|熊害《ゆうがい》に遭ったニュースが世間を騒がせてから、一週間。ライブ配信されたレンの最期は世界中に拡散され、『登録者数のために命を危険に晒した愚か者』『ロクな対策もせず山に入った自業自得』など批判コンテンツとして消費されていった。二人を襲った親子の熊が直後に銃殺処分されたこともあり、議論は配信界隈から動物愛護方面にまで広がった。
本文
カップル動画配信者、『レン♡ノアちゃんねる』の二人が熊害に遭ったニュースが世間を騒がせてから、一週間。
ライブ配信されたレンの最期は世界中に拡散され、『登録者数のために命を危険に晒した愚か者』『ロクな対策もせず山に入った自業自得』など批判コンテンツとして消費されていった。
二人を襲った親子の熊が直後に銃殺処分されたこともあり、議論は配信界隈から動物愛護方面にまで広がった。
二人のファンによる追悼、アンチによる誹謗中傷、事件にかこつけて熊の保護を訴える声、乗っかりたいだけのヤジでSNSのトレンドタブは収集がつかない有様だ。
I市の中心にあるS病院。HCUに、一人の入院患者があった。
短く刈られた髪、包帯で覆われた顔、首元には、気管切開チューブ。
閉じた右目だけをかろうじて晒したその人は、規則的な機械音に合わせて静かに胸を上下させていた。
天井付近に据えられたモニターが映し出すバイタルサイン。
安定していた心拍数が微かにゆらぎ、閉じられていた目がゆっくりと開く。
うつろに、かすむ視界。
天井、モニター、チューブ。
全身を満たす鈍痛。顔中に走る引き攣れるような痛み。
ピクリとも動きはしない体の中、その人――ノアは、ぼんやりと思い出していた。
レンが、死んだ。
自分を助けようと手を差し伸べて、死んだ。
自分が物音に気を取られて滑り落ちたせいで、死んだ。
自分と結婚するために登録者数を増やそうとしたせいで、死んだ。
死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ
現実感のない、ふわふわとした夢うつつの中で、それだけがただ真実としてノアの胸を占めていた。
「山本さん? 山本乃愛さん? 意識ありますか?」
誰かが自分の顔を覗き込んでいる。
「先生読んできて」
バタバタと動き回る気配がして、急激に眠くなって、目を、閉じる。
――――
二度目に目を覚ましたのは、それから二週間後であった。
「乃愛……?」
うつろに天井を見上げていたノアに声をかけてきたのは、誰だろう。
聞こうにも、声が出ない。
「乃愛! 目が覚めたのね! 今看護師さん呼んでくるから!」
やたらと声を張り上げたその中年女性が病室を出て行った後、ぼやけた視界に、サイドテーブルに置かれたスマートフォンが映った。
白い熊のようなステッカーが貼られた端末に、見覚えがある。
寝そべったまま、軋むように痛む体を無理やり動かして、端末に手を伸ばす。
届いているはずなのに、感触がない。
反対の手を伸ばす。
手に馴染む感触がある。
ホームボタンを押す。
画面は、つかない。
どうしてだろう。
黒いままの画面を間近で覗き込んだ時、ック、と喉が鳴った。
端末を投げ捨てた衝撃で、肩に激痛が走る。
顔中を走り回る、チリチリとした痛みが、存在を主張するように疼く。
ゼロゼロ
喉のチューブから鳴る音が、酷く耳障りだ。
「乃愛さん、ここがどこか分かりますか?」
病室の扉が開いて、誰か入ってくる。
誰か確かめたくても、視界はぼやけている。
ガラガラ、銀色の台車を押している。
キャビネのような銀色の表面、そこに映っている。
入院着に包まれた、誰か。
片方の袖が二の腕のところで結ばれている。
薄いタオルケットで覆われた下半身、片側だけ、厚みがない。
「乃愛」
「乃愛さん」
たくさんの人が、その誰かに話しかけているのが映っている。
「ノア」
中に混じる懐かしい声は、夢だろうか。
「レン」
「わたし、いきてしまった」
(了)