第3話
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
「ポイントカードってさぁ、財布の中でいっつも迷子になんじゃん?俺店員さんの圧に負けて、『ここって〇〇でいいんですよね?』とかってつい時間稼ぎしちゃうっつーかぁ」「普通に出せば良くない?」鬱蒼とした山道。
本文
「ポイントカードってさぁ、財布の中でいっつも迷子になんじゃん? 俺店員さんの圧に負けて、『ここって〇〇でいいんですよね?』とかってつい時間稼ぎしちゃうっつーかぁ」
「普通に出せば良くない?」
鬱蒼とした山道。
特にテーマと関係のない雑談をしながら、二人は歩みを進めていた。
『小物感』『あるある』『未だにポイントカードとか』
コメント欄も、とてもオカルト話の検証とは思えない平和なものだ。
「ところで、地下トンネルってどの辺にあるの?」
そろそろ話を本筋に戻そうと、ノアは声を上げる。
「バッチリ調べて来たぜ! 地図によると――」
話し出すレンの声に混じって、また、カサリ。
「あれ……」
彼に気取られないよう、また振り返る。
しかし、やはりそこには何もない。
(さっきから、何か……)
「どうした?」
肩に置かれた手の感触に、びくりと体が震える。
「ううん。何でも――」
「もしかして、ガチで怖くなっちゃった?」
ノアの顔を覗き込む目は、配信者ではなく恋人の表情をしていた。
「もしそうなら今からでも引き返すよ? ムリさせたくないし……」
いつもの悪い癖だ。
ノアのことを気遣う時、レンは配信中だろうがカメラそっちのけになってしまう。
『メロい』『こういう彼氏だったらなぁ』『結婚しろ』
そんな彼の姿は、彼女を気遣える理想の彼としてリスナーの目には映っているだろう。しかし――
「大丈夫! ちょっと寒かっただけだよ」
その表情だけは、切り売りの材料にはしないで欲しかった。
「なら、いいんだけど……」
「それよりほら、この先に分かれ道があるんだよね? ナビナビ!」
努めて明るく言うノアに、レンは大げさに肩をすくめる。
「なぁんかノア、段々無茶ぶりに慣れてきてない?」
「無茶ぶりしてる自覚あったの!? やめな!?」
『夫婦漫才乙』『レンかわいい』『爆発しろ』
盛り上がるコメント欄に、安堵の息をつく。
レンの方を振り返ったノアは、リスナーにウケのいい元気なステップを踏んで見せた。
「それよりほら、早くトンネルの入り口に着かないと。みんなせっかく見に来てくれ――」
『前!前!』のコメントが目に入った時には遅かった。
「えっ……」
踏み出したはずの地面が、なかった。
「ノア!」
血相を変えたレンの手を、掴み、損ねて
「いやぁっ!」
バランスを崩した体が、落ち葉の降り積もった斜面を勢いよく転げ落ちる。
コメントは、見えない。
地面と空を幾度か繰り返した後、ノアの体は木にぶつかって止まった。
腹部を強かに打ち付け、口からぐぅっと体内の空気が抜ける。
「ノア! 大丈夫か! 今行くから!」
あろうことか自撮り棒を投げ捨てたレンが、こちらに駆け寄ろうとしているのが見える。
「だい、大丈……夫、大丈夫だから……! 配信……続けないと……」
そう言ったつもりだった。
しかし、胃の中から押し出された内容物が、空気が、声の流れを遮った。
ぶつかった衝撃でどこか噛んでしまったのだろう。
鉄の味と、ここへ来る道中、口にしたおにぎりの臭いが口内に満ちる。
「ノア! 俺の手に……!」
ガサガサと落ち葉が踏み鳴らされ、いつの間にかレンは近くに降りてきていたらしい。
恐らく、片手で細い木を掴み、もう片方の手をノアに差し伸べ、がさがさ、がさがさ――
頭を打ったのだろう。ノアの視界には靄がかかっている。
彼の手を掴もうと伸ばした指先、彼女は、見慣れた極彩色と金髪の輪郭に黒い影がまとわりつくのを見た。
「レン……?」
「大丈夫だよ。ちゃんと助けるから。ほら」
肌色をした手の感触。逆光。
彼の輪郭が、影が、大きく膨らむ。
頭の横側がにゅっと大きく歪む。
がふ
何だろう。くしゃみのような
っき
顔に、微かな風。
姿を消した金髪。
膨張を続ける、影。
「レン……レン……? なに……」
がさがさ
っは、っは
引き攣れたような、空気の音。
っき
めら
ぁぁぁぁぁぁぁ
濁った、声のない声。
「レン? どうしたの? どこにいるの?」
頭を振って目を凝らす。
徐々に合うピント。
少し離れたところに、極彩色のウェア。
その上に、黒い――
「ヒッ!」
口を塞ぐ。
がさ
ぁぁぁ
ふっ、ふっ、ふっ、ふっ
ぃゃ……だ……
がぼぉっ
ごが
しゅぃ、しゅい、っちゃ
にち……みっ……
ぁー……ぁー……
呼吸すら止まれと思うような、それは地獄の沙汰であった。
木の根元で体を縮こまらせ、ノアは一部始終を見ていた。
否。一部始終から「目を逸らせなかった」というのが正しい。
トレードマークの派手な色彩が赤一色に侵され、微かな声が止むまで。
ノアはすべてを、ぜんぶを、網膜の裏側に刻み付けるようにその目で――。
んむぅあうぉぁ
静寂に、不気味な声が落ちる。
手が顔にめり込みそうなほど、息を押し込めた。
押し込めて、目を閉じた。
自分がただの岩か何かだと信じ込むように、ギュッと身を固めた。
鼻をつく、生臭い獣臭。
重い何かが、落ち葉を踏みしめて歩き回る気配。
何かではない。
それが何であるかノアにはとうに分かっている。
分かっていてまだ否定している。
がさ、がさ
傍らの落ち葉が、踏まれる。
ふっ、ふっ、ふっ、ふっ
鉄臭く、湿った何かが、体に押し当てられる。はいずり回る。
ふしゅ
頬に、わずかな水気を孕んだ呼気。
落ち葉をがさがさと踏む音が、ノアからゆっくりと離れていった。
静 寂。
肌寒い風が落ち葉をからりと巻き上げ、頬の水気をひやりと撫でる。
はっ……ははっ、はっ……はっ……
押し込めたまま復帰できない、不規則な呼吸。
今更になってがたがたと震え出す手足。
ここにいてはいけない――
目を閉じたまま、何も視界に入れないまま、震える足に力を入れる。
ちり
リュックの後ろから、金具の音。
あれはマスコットだ。
ノア自身を模した、白い、可愛い、クマの
ちりりり
少し離れたところから、同じ音がする。
あれも、マスコットなはずだ。
レンを模した、私とお揃いの
ッアー! ッアー!
ばさばさ、翼のはためく音。
ちりりり、カツ、カツ、じ……じ……
固いくちばしが何かしている。
やめて、やめてよ
足元をがさがさ動き回る。
だめ、やめて、持って行かないで
ッアー! ッアー!
せっかくここまでつくったの
ッアー! ゥアー!
わたしたち、みんなにしゅくふくされて、いっしょに
ぅあーー! ぅあーー!
「やめて!」
開いた視界。
ッアー!
赤に群がる烏。
ぅあ、ぅあ
がさがさ、足元を蠢く小さな影。
がふっ、ぶぐるるる
背後にある、温度
がさがさ、がさがさ
「や、やめて……」
っは、っは、っは、っは
小刻みな呼吸は、自分のものか、正面にゆっくりと現れたそれのものか――
「お、おねがい……おねが」
めら