第10話 赤毛の少女
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あらすじ
Pirates of Wasteland〜ギルド非認可の裏シェリフ、荒野で赤毛の少女を拾う〜 - 第10話 赤毛の少女
本文
リンランの握った手とジョンの身体に張り詰めた、細く、白い旋律の糸。
彼女がそれをゆっくりと引くにつれ糸はより一層強く張り、琴のような音色がより大きく、美しくなっていく。
対照的なのはジョンの表情。美しい音が響くにつれその目は見開き、顔が苦痛に歪む。
糸を通じて彼の奥に浸透していくその調べが、内側からゆっくりと彼の身体に広がっていく。うっとりするほど美しいはずのその旋律が彼の命をじわじわと穿っていた。
一際大きく糸を引く、その糸は限界まで張り詰める。琴の調べは最高潮に達し、荘厳な和音の律がその場を支配する。
ジョンが白目を剥きながら、大きく仰け反った。
「――『旋穿せんが』」
リンランが小さく呟いた。
「――ッ!!」
静寂を断ち切ったのは、天井を向いたジョンの口からクラッカーのように吹き上がる、大量の血しぶきだった。
「カ、ハ……!」
外傷はひとつとて増えることなく、まるで内側から全てが瓦解したかのように力の抜けたジョンは白目を剥いたままビクビクと痙攣していたが、やがて自らの吐いた血で染まった床に大の字で倒れ、動かなくなった。
牙や爪など初めから無かったかのように、手配書通りの坊主頭の悪漢がそこには横たわっていた。
「好听ハオティン、終劇だな」
リンランは、下がった眼鏡をクイ、と直した。
「終わった……のですか?」
「はぁ……。何だったの? 今の」
ワットはゆっくりと立ち上がり、カリビアは胸を撫で下ろすように息を吐いてそう言った。
「ふむ。魔人、と言っていましたが……。人体改造の一種でしょうか?
……おや?」
倒れたジョンをしばらく観察していたポールが何かに気付く。
そして、彼のズボンのポケットからはみ出た緑色のカードを拾い上げた。
「彼、何か持っていましたよ。『城内第一研究室』、とあります。
――カードキーでしょうか?」
ポールが拾い上げたそのカードに一同が集う。
「なになに……?
――これ、階層が書いてあるじゃない。城内って事は、……丁度この階じゃない?」
「そう見たいですね……。でもそんな部屋、昔は無かったと思いますけど……」
「まぁ、外部の研究者を雇ったタイミングで用意したと考えるのが合理的でしょう。
行ってみますか、船長キャプテン?」
「んー。……そうね、調べてみましょうか?
大事に持ってたんだし、何かある事には間違いないでしょう。その魔人? ってやつの手がかりかもしれないし」
「了解です。ジョンは念の為、ハニービーで拘束しておきますね」
「……明日の雲が紫立つまで、目覚めやしねぇだろうけど」
そうして、カリビア達はカードキーにある『城内第一研究室』へと足を運ぶのだった。
◆
「何よ。……これが研究室?」
カードロックを解除し、頑強な自動ドアが開くと、カリビアがにわかにそう呟いた。
「屍山血河しざんけつがってか? ……はは♪」
「楽しそうにしないでくださいリンラン……」
明かりの消え暗くなった研究室。本来、丁寧に器具が整頓され埃一つ無かったであろうその研究室は、見るも耐えない有様と成り果てていた。
テーブルや床、壁や天井には何かが爪で抉ったかのような傷が幾つも見える。残されていた器具は破壊され、何かも分からない液体が床に混ぜ合わさって広がっていた。
まるで巨大な獣が暴れ回っていたかのようなその部屋の有様に、一同は息を飲んだ。
「――っ! まて、なんかいる」
後ろで笑っていたリンランがふと、気配を感じとった。
カリビアの前に立ち、護るように手を横に出しながら耳を澄ませる。
「これ、もしや……何かを閉じ込めていたのでは?」
「もしかして、開けちゃマズかった……?」
ヒソヒソと話すポールとカリビアを他所に、リンランは瞳を閉じて神経を尖らす。
やがて彼女は目を開き、部屋の片隅を睨んだ。
「――居た。あの机の下。」
カリビア達にそのまま立ち止まるよう手で示したまま、リンランはゆっくりと目線の方向のテーブルに歩み寄る。
カリビアとポールも、自身の銃を取り出し警戒の体勢を取っていた。
「――っ!」
リンランが足が刹那、その机を蹴り飛ばした。
「ひぃっ!!」
「――あ?」
机の下で縮こまっていたソレが姿を現す。リンランと同じ位の背丈の、小柄な少女。
赤いショートのくせっ毛を後ろで束ねたその少女は、縮こまったままの姿勢で涙目になりながら、目を丸くするリンランを見上げていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい!
こっ、殺さないでください! ほ、ほら、私見ての通りか弱いただの一般人で。
ホントに何も知らないですから!
ね、ねっ?」
両手を上げてバネのように立ち上がり、まくしたてる様にそう言った彼女を、一同はキョトンと見つめていた。
「えっと……。アンタ、誰? てか何でこんなとこにいるのよ?」
カリビアが問いかけると、赤毛の少女はおどおどと答えた。
「あ、私は『ケティ』って言います、多分。
し、信じて貰えないと思うんですけど……気が付いたらここにいて、怖い顔の坊主の人に『ここから出るな』って言われてたので、それで……」
「人質の1人だったって事でしょうか……。この国の方ですか?」
「そう、なのかな? 違うかも……。
ええっと、実はここに来る前の記憶が無くて……」
「ふむ、記憶が無い……?」
一同は訝しげに少女を見つめ、少女は気まずそうに視線を落とした。
「名前は覚えてたんですね?」
「あ、いや、実は名前も定かじゃ無くて……。私が起きた時、入ってたカプセルにシールが貼ってあったんです」
少女はそう言って、研究室の隅に置かれていた硝子のカプセルを指さした。カプセルは人1人が横たわれる程度の大きさであり、その蓋には『ケティ・モーリス』と書かれた白いシールが貼られていた。
「こんな暗い部屋でよく平気だったわね?」
「く、暗い方が落ち着くので……」
「なんで隠れた?」
「き、急に知らない人が来てびっくりしたので、それで……」
「「……。」」
「えっと……。え、えへへ……」
引き攣った表情で愛想笑いする彼女を余所目に、ポールはヒソヒソとカリビアに語りかけた。
「随分怪しいですが……、どうします船長キャプテン?」
「うーん。嘘を吐いてる様には見えないけどねぇ……。――ん、リンラン?」
リンランはいつの間にかケティの前まで歩き、彼女に顔をぐいと寄せその栗色の瞳を覗き込んでいた。
「あ、あの〜。ち、近く……ないです?
……てゆうか、な、なんで猫耳?」
「――お前、赤子の手も捻れねぇ様なツラしてる癖に……」
「なんかすごい悪口言われてないです!?」
固まった表情のケティに顔を寄せ、リンランは意味深長にそう呟いた。
そのとき、リンランの耳が跳ねる。複数人の足音が廊下の方からぞろぞろと近付いてくるのを、研究室にいた誰もが気付いた。
やがて、何人かの兵隊、そしてその先頭に立つオスカーが研究室前に集まり、カリビア達を見つけて立ち止まった。
「カリビア殿! ご無事でしたか!
先程、謁見室でワイヤーに巻かれ倒れていたジョンを拘束しました。
やはり、貴女方が……?」
「オスカー! 貴方も無事だったのね!」
振り返ったカリビアは、にっこりと笑って彼に近付きそう言った。
オスカーとその部下達の表情もどこか安堵した様子であり、彼らの戦いがどのように幕を閉じたか察することは容易だった。
「はい、これで城内は完全に制圧。人質もエントランスの方以外には見つかりませんでした。
各シェルターの防衛も完了。ワット君がいち早く各シェルターに連絡を取ってくれたおかげで、それぞれのシェルターでシェリフの先導の下簡易的なバリケードが作られていたようです。
その為分隊の到着が間に合い、負傷者は数名。死者は出ないまま作戦を終えることができました」
「本当ですか!? 良かったぁ……」
オスカーからの明るい報告を耳にして、ホッと胸を撫で下ろすワット。しかし、オスカーはワットのその失われた片腕に目線を合わせると、ギョッとしたように口を開いた。
「ワット君! その怪我は?」
「あぁ、えっと、ジョン相手に少ししくじっちゃいまして……」
「いけない! 直ぐにシェルターの医師達に連絡しよう。
壊死が広がる前に手当を受けるべきだ」
「確かにそうですね、お願いします。
……カリビアさん達も、戻りましょう! この国を取り戻せた事、早く皆に知らせなければいけませんから!」
「そうね、行きましょうか。
ほら、リンラン! いつまでそうしてるつもり?
貴女もほら、行きましょう? きっとお祭り騒ぎになるわ。こんな部屋で閉じ篭ってる場合じゃないんだから!」
そう言ってカリビアは、リンランとケティの方を振り向いた。
「ん……」
「は、はい……!」
肩を竦めたリンラン、そして少し安堵し、それでも未だおどおどと肩を丸めるケティがカリビアに続いた。
一同は研究室を後にした。日は傾き、地平線の向こうに沈みかけた太陽は、ケティの赤毛に良く似た色に天を染め上げていた。
カリビアの歩く廊下に、赤い光がさす。その光もやがて地に沈み、天には静かな漆黒が広がるだろう。
しかし今日は、この国の空は、平和を取り戻した国民達の歓喜と熱気で包まれていた。太陽が完全に去ろうとも、夜空の下には笑い声がどこまでも広がり、遂に暗闇と静寂が訪れることは無かった。
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