第54話 ごめんから、はじめよう①
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
とある田舎町ノーシアで、仕立て屋の娘として暮らしていたアルデア。 手仕事を愛し、将来は自分の店を持ちたいと夢見る平凡な少女の日常は、ある日現れた怪異によって壊された。 その事件をきっかけに魔法の力に目覚めたアルデアは、国営組織『魔法機関』に保護される。 そして、魔法学校で人々を守る魔法使い『ウィザード』としての教育を受けることになった。 厳しい訓練、危険と隣り合わせの日常。 クラスメイトや周りの大人たちと心を通わせながら、彼女はそれでも前に進む。 その歩みが、静かに、確かに、戻れない場所へと繋がっていくとも知らず―― 優しさに救われ、優しさに壊される。 遅効性の毒、Lumina Lineaの世界へようこそ スピンオフ 『Lumina Linea~木漏れ日の日常譚~』 https://kakuyomu.jp/works/16816927859225434319
本文
面談室。包帯に覆われた顔を俯かせ、ミコは言葉を紡ぎ出す。
「別に、ルクスのことなんて何とも思ってませんでした……」
リボンでまとめたお下げがもつれ、包帯から覗くシトリンの目が所在なさげに泳ぐ。
「最初、あのツンツン頭……あ、いや、ごめんなさい、ルキオラに挨拶したら……無視されて……。やな奴って思ったんです。しかもあの子、入学してきてすぐうちのクラスの男子とケンカして暴力ふるったじゃないですか。無理って、思ってました。近付きたくないって……」
震える息が、吸い込まれる。
「え? なのにどうして……ですか? えっと……何て言ったらいいか……」
膝にかけられたケットの上で、指が弄ばれる。
「……これ、内緒にして欲しいんですけど。いいですか?」
不安げにこちらを窺う目。
促しにしばし沈黙したミコは、ふるりと前髪を払って言葉を紡ぐ。
「前、屋上で先生たちが話してるの、聞いちゃったんです……。ルクスについて……。あのクラスは問題ある子が入るところで、教官も……裏切り者って……」
びくりとすくみ上る肩。
「ご、ごめんなさい! 違うんです! そう聞いただけで……!」
ミコは、問いかけに恐る恐る声を上げる。
「……はい。気にしてませんでした。私には関係ないし」
ミコの視線が、床に落ちる。
「けど、信じてもらえるか、分からないんですけど……声が聞こえて……」
窓の外で強い風が吹く。
ガタガタと震える窓ガラスをちらりと見やったミコは、ぐっと顔を上げて話し出した。
「ルクスは、機関をぐちゃぐちゃにしちゃう悪い奴らの集まりだって……。ルキオラが男子に暴力ふるったのも、裏切り者の教官がいるのも、誰かが仕組んでることなんだ……って……」
震える口元。
「誰……? 分からないです。でも誰かが言うんです。それ聞いて、間違ってるって……思いました。ルクスがここにいるなんて、間違ってるって……。その気持ちがずっと消えなくて……あの子たちと会うと頭カァーッてなっちゃって……」
握りしめられるケット。
赤くなった目元に、零れ落ちそうに涙が滲んでいた。
「アルデアも……いい子だって分かってます。でも新入生なのに、ルキオラとすぐ仲良くなって……私は無視されたのにって。ウルラは何考えてるか分かんないし……」
きっと上げられた目は、問いかけにすぐにおろおろと沈んだ。
「ああ、違います。あ、あの、私……ほんとにあの子たちのことは嫌ってないんです! 信じてください」
ミコの手が、ワタワタと動く。
「嫌なこと、いっぱい言いました……けど、ほんとは……あんなこと思ってないんです……嘘じゃないんです……」
消え入りそうな声音で俯いたミコは、小柄な体を更に縮こまらせる。
問い。
「……今、ですか? そういえば、何も……」
ぽかんとした顔。
小さな手が、自らの胸をそっと押さえる。
「何でか分かんないけど……イヤな気持ちが全然なくなったっていうか……」
胸にあてがった手が、ギュッと握りしめられる。
「……自分が……すっごくひどいことしてきたって……思って……でも、どうしていいか分かんなくて……」
ぽろり、零れ落ちる涙。
「教官、補佐官……私……どうしたらいいですか……?」[pagebreak]
――――
ウルラが懲罰訓練に出向いて二日後のことだ。
彼女の帰還を聞きつけたアルデアは、ルキオラの手を引っ張って廊下を走っていた。
「ウルラ! ウルラ! ウルラーーー!」
「おい走んなって!」
ルキオラの制止などお構いなし。
医療部の廊下を通り抜けたアルデアは、病室の扉を勢いよく開け――
「ちょぉっ! いった! やめっ! やめって!」
やたらとカスカスの女の声。
ルスキニアのものだと分かるまで、少し時間がかかった。
「おぼえて、おきなさい! おぼえ、て、おきなさい!」
ルピナスの声。
足元には、ステラ。
ルスキニアを挟むように立った二人は、指で彼女の腕を強めにつつき回したり、小さな手で服の上から足をギュッとつまみ上げたりしている最中であった。
「ほんっとに! 魔力切れ起こすまでしごくなんて何考えてるんですか!?」
珍しく怒った様子のフロースが、さりげなくそのつま先を踏みつける。
「いっ! いや、だから、説明したじゃろ!?」
「やけに性急にことが進むと思っていたら……。食事も抜きにやるなんて聞いてないぞアホが」
彼女の脛に、ミルヴァスのつま先がめり込む。
「っだ! やめって!」
「あなたは……いつもいつも無茶ばかりしてからに……。反省しなさい」
アズキが彼女の鼻を摘まみ上げる。
「いーーーーったぁーーーー!」
「隊長のこととやかく言えたタチじゃねえだろお前殺す気かマジで」
ラルスが彼女の額にぐりぐりと指を突き立てる。
「やーーめーーーー!」
「お、おっ!?」
「なんだコレ……」
室内の状況を整理出来ず、アルデアとルキオラは戸惑いの声を上げる。
「あの、わたし、大丈夫ですから。ちゃんと元気になりましたし」
「そういう問題では……」
衝立の向こうから聞こえてきた声に、ミルヴァスが呆れたように言葉を返す。
ここに来た目的を思い出したアルデアは、大声で呼びかける。
「ウルラ!? ウルラ! 大丈夫なの!?」
背後から聞こえた声に、ミルヴァスは驚いたように声を上げた。
「アルデア、ルキオラ……。来ていたのか」
「一応……そいつらが帰ってきたっつーから……」
大人たちの注目を浴びたルキオラは、気まずそうに目を逸らす。
アルデアは、病室の奥にある衝立にまっすぐ歩み寄った。
「寒かったでしょ!? 体はもう平気なの……? 心配してたんだよ?」
「ごめんね。心配かけて」
ベッドの上。入院着に身を包んだウルラは、アルデアに向かって点滴のつながった手を静かに上げる。
「お前ら……三人いるってことは、その……大丈夫だったんだよな?」
アルデアの背後についたルキオラが、おずおずと声をかける。
「ああ、うん。それは……」
「そこは私から」
ウルラの言葉を遮ったルスキニアの額に、ラルスのデコピンが飛ぶ。
「出しゃばんなカス」
ルスキニアはしばし声もなく額を押さえ、彼に向かって威嚇するよう歯茎を見せる。
わざとらしく肩をすくめたラルスは、フロース、アズキの背中を押すようにして病室を出て行った。
咳ばらいをした彼女は、気を取り直して話し出す。
「結果から言うと、こん子らの今回の懲罰訓練は合格じゃ。ルピナスは壊されん」
「良かった……!」
「そっか……」
アルデアとルキオラが安堵の息を落としたところに、意地の悪い笑いが落ちる。
「まーあ? かなーりギリギリんとこじゃったけどね。な? ウルラ」
刃物のような目で射られたウルラは、少しだけ肩をすくめて見せる。
「いくら三対一でも、教官に勝つなんて無理です……」
その言葉に、臆したところは感じられない。
今までの彼女ならば、ルスキニアの圧に負けて下を向いてしまっていたのに。
アルデアははたと首を傾げる。
「わたし、の、なまえは、ルピナス、です」
二人の間を割るようにして、ルピナスが顔を出す。
ウルラと同じ入院着に身を包んだルピナスは、ルスキニアに向かって指を突き付けた。
「おぼえて、おきなさい」
「そいはもう分かったから! しつっこい子ぉじゃねえ……」
「教官が土塊つちくれなんて呼ぶからですよ」
「ま、待って。ルピナス、いつの間にそんなに上手に話せるように……?」
目の前で次から次へと流れていく展開に、アルデアは慌てて言葉を挟む。
「ああ、あのね……」
ウルラが話し出そうとしたその時だ。
「すまない。話をする時間を設けたいところだが、一旦いいだろうか」
静かに手を上げたミルヴァスが声を落とした。
「ウルラたちの処遇については、今ルスキニア教官から出た通りだ」
彼が手にしていた銀色のペンが、胸ポケットにしまい込まれる。
「教室で話そうと思っていたが、せっかく全員集まったのでここで話しておこう」
室内に、しんと沈黙が降りる。
「今からするのは、ミコの処遇についての話だ」
次回 第五十四話「ごめんから、はじめよう②」
四月二十一日 火曜日更新予定