第54話 ごめんから、はじめよう②
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あらすじ
Lumina Linea ~エメラルドの糸使い~ - 第54話 ごめんから、はじめよう②
本文
ウルラの体調が落ち着いた数日後。
教室に集まったアルデア、ルキオラ、ウルラは、緊張した面持ちで席についていた。
三人横並びだったのが、ルピナスが生まれてから二人二列になった机。
今日はそこ――後列のウルラとルピナスの間に、もう一つ空の机が並んでいる。
机に広げたカレンダーの裏紙に、ルピナスとステラが何か書く音だけが響く室内に、始業の鐘が落ちる。
「おはよう」
鐘と共に扉が開き、テキストを抱えたミルヴァスが入って来る。
挨拶を返した三人に頷いた彼は、出入り口に向かって「入れ」と声をかけた。
小さな足音。おずおずと彼の横に歩み寄ったのは、ミコだった。
小柄な体を更に縮こまらせた彼女の顔は、ガーゼや包帯で痛々しく覆われていた。
「先日話した通りだ。彼女には今日から一ヶ月、ルクスの教室で共に勉強してもらう」
窓枠に留まった鳥が鳴き、ルピナスが「る」と声を上げる。
三人はただ、沈黙したまま机に視線を落としていた。
「各々思うところはあると思うが、この1ヶ月はお互いを理解するいい機会になるはずだ。助け合うように」
静かにそう言ったミルヴァスは、ミコに挨拶するよう促す。
教卓の前に一歩踏み出したミコは、「その前に……いいですか?」と不安げな目を彼に向けた。
無言の頷きを受け取った彼女は、言葉を探すように声を上げる。
「あの……わ、私……」
泳ぐ、視線。
しばし言葉に詰まった後、ミコは大きく息を吸い込んで頭を下げた。
「今まで酷いこと言って、ごめんなさい……!」
肩にかかった金髪のお下げが、さらりと落ちる。
「私、あんたたちのこと何も知らないのに……やなことばっかり言って……」
その声に、いつもの嘲るような調子は微塵も残ってはいなかった。
「許してもらえるって思わないけど……ちょっとでも、あんたたちのこと、ちゃんと知れたらって……」
尻切れとんぼの言葉に、沈黙が返る。
アルデアが何も言えずに俯いている横で、口火を切ったのはルキオラだった。
「一回謝られたぐらいでハイそうですかなんてなるかよ……」
不機嫌な声音だ。
苛立たしげに頭をかいた彼は、ミコに視線をやらずそっぽを向いたまま声を落とす。
「ずっと無駄に絡んできやがって。マジでウザかったぞお前」
「ちょっとルキオラ、それは酷いんじゃ……」
アルデアの言葉は、後ろから遮られる。
「そうね。わたしもミコのこと、かなり嫌だったわ」
「ウルラまで!」
咄嗟にフォローの言葉を入れようとしたアルデアの目を、ミルヴァスが捕える。
「君はどうなんだ?」
「え!? いや、えっと……」
まっすぐな目に、言葉が詰まってしまった。
教卓の前で俯くミコと、こちらをじっと見るミルヴァス。二人を交互に見たアルデアは、しばしの躊躇いの後口を開いた。
「……ごめん。私もちょっと苦手かもって……思ってた……」
ミコが唇を噛み締めているのが、アルデアの目に後ろめたく映る。
彼女の肩に手を置いたミルヴァスは、なぐさめるでもなく淡々と言葉を紡ぐ。
「三人の気持ちはそのようだが、どうだ?」
「当たり前……だと思います……」
彼女の声は、すっかり消え入りそうにしぼんでいる。
「だが、君をルクスに迎えるにあたって、この子たちも色々考えた。そうだな?」
ミルヴァスの言葉を受けた3人は、そっと顔を見合わせる。
話し出したのは、またしてもルキオラだ。
「オレ……あんま人と話すの得意じゃないから……どっかでなんかやらかしてたかも……」
次いで、ウルラが膝の上でもじもじと指を絡めながら言う。
「わたしも……変な子だと思って真面目に話聞こうとしてなかった……」
二人に引っ張られるように、アルデアも口を開く。
「私は……あんまり話したこともなかったから、どうしてあそこまで嫌われてたか……正直今もよく分かんなくて……」
「え……え……?」
三人の反応が思っていたのと違ったのか、ミコは戸惑ったように顔を上げた。
ミルヴァスは無機質に言葉を続ける。
「今回の件は、ルピナスが君に暴力をふるったこととウルラの監督不行き届きが一番の問題だった。しかし、それとは別に、君は以前からルクスの生徒に対して繰り返し暴言を吐いていた。これもまた看過できない問題だ」
ウルラの机に座ったステラが、うんうんと頷きながら話を聞いている。
「同じことを繰り返さないためにも、君たちはお互いをもっと知る必要がある」
淡々と言った彼は、ウルラとルピナスの間の空席を指し示す。
「とりあえず、君は席につけ。授業を始める」
落書きをやめたルピナスが「じゅぎょー!」と手を上げる。
その場違いなほどに明るい声が、教室内の重苦しい空気を揺らした。
――――
鐘が鳴り、ぎこちない空気を引きずったまま授業が終わる。
終業の挨拶をし、テキストを脇にまとめたミルヴァスは、面々に向かって静かに言葉を投げた。
「さっき言い忘れていたが、この一か月間は可能な限り全員揃って昼食を摂るように。別行動は原則禁止だ」
誰も、何も言わなかった。だが、空気がまだ一段沈んだのをアルデアは確かに感じていた。
全員の沈黙をそのままに教室を出て行くミルヴァス。
最初に口を開いたのは、ルピナスだった。
「ウルラ、るー……ぬし、さま? リカ、リーッカ、いこ、いこよー」
以前より言葉の体をなしてはいるものの、まだ少しぎこちない発声がウルラへ向かう。
「そうね……お腹空いちゃったわ」
「ちょっと待てよ。そいつ何て言ったんだ?」
眉間にしわを寄せたルキオラが後ろを振り向く。
「食堂に行こうって。ミリカさんで覚えてるのよね?」
「うん。リカ、たべる、もぐもぐ」
フォークで何かを食べるジェスチャーをするルピナスに、アルデアは思わず噴き出してしまった。
「ちょっと……ミリカさんは食べちゃダメだよ」
言いながら、また笑いがこみあげる。
少しだけゆるんだ空気の中で、ミコがまだ少し気まずそうな面持ちで口を開いた。
「ルピナス……だったわね。その子。色々、分かるの?」
「何を」とは、ミコは言わなかった。
一瞬降りた沈黙の中、ゆっくりと顔を上げたウルラは、気取った様子で言葉を紡ぐ。
「分かるに決まってるでしょ。懲罰訓練、すごかったんだから」
彼女の言葉に、机の上のステラが威張ったポーズを決める。
「そう……なんだ」
泳ぐ、シトリンの瞳――
その様子にふっと視線を落としたウルラは、体の前で手いじりをしながら問いを投げかけた。
「あの……ミコ。顔、大丈夫?」
「え、ああ、別に今は……。回復薬出してもらったしすぐに治るだろうって」
ミコの手が、痛々しい包帯に触れる。
「あの時、痛かった……?」
「うん。めっちゃ」
「そうよね……」
もじもじと言葉を濁したウルラは、アルデアの方をちらりとうかがい見て顔を上げた。
「ミコ、わたしも、ごめんなさい。あの時ルピナスを止められなくて」
いつもの細い声ではない。どこまでも純粋で、まっすぐな声だった。
「ううん。元はと言えば私がヤなこと言ったのが悪かったし……」
俯いたままのミコの頭に、手が置かれる。
「ごめん、ごめん、なさい。ミコ。いたいいたい、あっちっちだよー」
ぎこちない言葉。ピンク色のワンピースに身を包んだルピナスが、小首をかしげる。
「ルピナス……ごめんね。気持ち悪いなんて言って」
弱弱しく言ったミコに、ルピナスは「うー、んっ?」と手を上げた。
「二人も……」
「とりあえず食堂行こうぜ。腹減っちまったよ」
自分たちにも何か言葉をかけようとしていたミコを、ルキオラが遮る。
「はら、へちまたよ!」
「マネすんな!」
頭をガシガシとかいた彼は、いつものぶっきらぼうな調子で続けた。
「正直しつっこく絡まれたのはまだかなり怒ってるからな」
歩き出す、背中。
「それより、今回の懲罰訓練、どんなだったか教えろよ」
振り向かないままそう言った彼につられるように、ウルラが立ち上がった。
「そうね。話したいこと、いーっぱいあるわ」
「おぼえて、おきなさい!」
次いで立ち上がったルピナス、ステラが教室から出て行く。
静かになった教室。
浮かない顔で俯くミコの手を取ったアルデアは、「私たちも行こっか」と彼女たちの後を追いかけた。