思念航路――副操縦士(七)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
長編 連作
本文
第7話 思念競技会
競技会当日、会場となった巨大な空港には、朝から多くの人だかりができていた。
観客席は滑走路を見下ろす形で設営されており、各部門の応援旗が風にはためいている。純は控室の窓から、その光景を眺めながら、柄にもなく緊張していた。
「顔、こわばってるぞ」
「こわばりもしますよ。あんな人数の前で飛ぶの、初めてです」
「乗客乗せて飛ぶのと、何が違う」
「乗客は俺のこと見てませんけど、あの人たちは全員、俺を見てます」
グレイは小さく笑うと、純の肩に手を置いた。
「見られてようがいまいが、やることは同じだ。飛んで、正確に操作して、降りる」
「言うほど簡単じゃないですけどね」
「簡単だったら、競技会になんてならない」
控室のドアが開き、係員が旅客機部門の参加者を呼びに来た。純は深呼吸をひとつしてから、立ち上がる。
「行ってきます」
「おう」
グレイは短くそれだけ言うと、観客席の方へ向かって歩いていった。純はその背中を見送りながら、自分の中に確かな覚悟が根を張っているのを感じていた。
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旅客機操縦部門の競技内容は、大きく分けて三つだった。
一つ目は、指定されたコースを正確な高度と速度で飛行する精密飛行。二つ目は、突発的な悪天候を想定した緊急対応。そして三つ目は、決められた地点への正確な着陸だった。
純の出番は、他の三人の参加者に続く四番目だった。
先に飛んだ参加者たちは、いずれもこの世界で長年操縦士を務めてきたベテランばかりだった。一人目は淀みない滑らかな飛行で観客の拍手を浴び、二人目は緊急対応の課題で見事な判断力を見せつけた。三人目は、着陸の精度で会場を沸かせた。
いずれも、純の目から見ても隙のない、洗練された飛行だった。
「……これ、勝ち目あるんですかね」
順番を待ちながら、純は思わず隣に立つ係員に呟いた。係員は困ったような笑みを浮かべただけで、何も答えなかった。
やがて、純の名前がアナウンスされる。
タラップを上がり、コックピットに座った瞬間、純は不思議と心が凪いでいくのを感じた。ここまでの緊張が嘘のように消えていく。目の前にあるのは、見慣れた計器盤だけだった。
――結局、やることは同じだ。
グレイの言葉が、頭の中で静かに響く。
管制からの離陸許可が下りる。純は大きく息を吸い込み、意識を機体へと広げた。
――上がれ。
機体が滑走路を走り出し、ふわりと浮き上がる。観客席からどよめきが上がったのが、コックピットの中にいても伝わってきた。
精密飛行のコースに入ると、純は自分の中の感覚を総動員した。指定された高度、指定された速度――ただ思念の強さで押し切るのではなく、十年間かけて身体に染み込ませてきた「勘」を頼りに、機体の姿勢を微調整していく。
風の変化を、肌で感じ取る。
わずかな揺れを、指先の感覚で先読みする。
これは思念の強さだけでは補えない、経験というもう一つの武器だった。
コースを抜けると、次は緊急対応の課題だった。管制官の声を模した合成音声が、突発的な悪天候の発生を告げる。
「乱気流発生。高度を維持しつつ、安全なコースへ回避せよ」
純は瞬時に頭の中で状況を組み立てる。機体を単純に上昇させるのではなく、風の流れを読みながら、斜めに機首を振る。エンジンのない機体だからこそ、思念の出力そのものを風の流れに合わせて調整できる――その発想は、純がこの世界に来てから独自に編み出したものだった。
機体は乱気流の影響を最小限に抑えながら、指定されたコースへと滑らかに移り変わっていった。
観客席から、大きなどよめきが上がる。
最後の課題――着陸。
純は滑走路の先に見える着陸目標を見据えながら、静かに機体を降下させていく。速度、高度、機首の角度――そのすべてを、身体に染み付いた感覚だけで合わせ込んでいく。
タイヤが滑走路に触れる瞬間、純はほとんど衝撃を感じなかった。まるで羽根が着地するような、静かな接地だった。
機体が停止すると同時に、会場全体が拍手に包まれた。
純はしばらく、その音の中で呆然としていた。実感が追いつかない。
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結果発表の場で、純の名前が呼ばれたとき、会場はどよめきに包まれた。
「総合成績、第一位。……新規登録、特級。信じられんな、こりゃ」
司会者の声には、驚きと感嘆が入り混じっていた。純は表彰台に上がりながら、まだ現実感の薄いまま、周囲を見渡す。
観客席の中に、グレイの姿を見つけた。腕を組み、いつもの飄々とした表情のまま、それでもどこか誇らしげに、こちらを見つめていた。
競技を終えた純のもとに、他の参加者たちが次々と集まってくる。最初に控室で声をかけてきた列車運転士の男も、その中にいた。
「……マジかよ。異世界人に負けるとはな」
「たまたまです」
「たまたまで、あの飛行ができるかよ」
男は苦笑しながらも、悔しさよりも純粋な感心の方が勝った表情を見せていた。
「俺、そんなに強いんですか」
純が思わず呟くと、周囲から笑いが起こった。
「今さらかよ」
「いや、本当に実感なくて」
純も釣られるように笑ってしまう。それは、この世界に来て初めて、心の底から湧き上がった感情だった。
表彰式が終わったあと、純はグレイのもとへ駆け寄った。
「見てました?」
「見てた」
「どうでした」
「悪くなかった」
「それだけですか」
「それ以上を求めるな。この世界で、俺が誰かを褒めるのは、それだけで十分な意味がある」
その言葉に込められた重みを、純は静かに受け止めた。
競技会の会場を包む夕暮れの光の中、純は改めて、自分がこの見知らぬ世界で、確かに一つの居場所を見つけ始めていることを実感していた。
異世界に迷い込んでから、まだ数週間。
それでも純の中で、この世界に対する感情は、戸惑いから、確かな興味へと変わり始めていた。
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