思念航路――副操縦士(六)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
長編 連作
本文
第6話 競技会への道
翌日から、純の生活は一変した。
朝は基礎訓練、昼は座学、夕方は実技――グレイはそう言って、容赦のない予定表を突きつけてきた。
「これ、休憩どこですか」
「休憩は寝てる時間だ」
「それ、休憩じゃなくて睡眠ですよね」
「同じようなものだろう」
「全然違いますよ」
抗議も虚しく、純の一日は分刻みで埋まっていった。基礎訓練では、思念の出力を細かく調整する練習を繰り返す。強く念じるだけでは駄目で、必要な分だけを正確に取り出す感覚が求められるらしい。
「離陸のときみたいに全力で念じたら、機体が壊れます?」
「壊れはしないが、乗客が全員シートに叩きつけられる」
「それ、大惨事じゃないですか」
「だから加減を覚える」
座学では、この世界特有の航空法規や、思念出力にまつわる基礎理論を叩き込まれた。純にとって耳慣れない単語ばかりだったが、意外にも操縦の勘所そのものは、自分の世界の知識と通じる部分が多かった。
「風の読み方とか、姿勢制御の考え方は、こっちも似てるんですね」
「そうだ。エンジンの有無が変わるだけで、飛ぶ理屈は同じだ」
「じゃあ、俺が特級だったのって」
「単なる才能に、経験が乗った。それだけの話だ」
素っ気ない言い方だったが、純はその言葉に、わずかな安堵を覚えていた。理屈の通らない世界に放り込まれたと思っていたが、根っこの部分では、自分が積み重ねてきたものが確かに生きている。
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訓練の合間、純は同じ競技会に出場する他の参加者たちとも顔を合わせるようになった。
「おう、噂の新人か」
声をかけてきたのは、がっしりとした体格の若い男だった。制服の意匠から、高速鉄道の運転士だとわかる。
「検査で装置ぶっ壊しかけたって聞いたぞ。本当か」
「壊してはいないです。多分」
「多分て何だよ」
豪快に笑うその男の名は、純が尋ねても教えてもらえなかった。この世界では、名乗り合う文化そのものが薄いのかもしれない、と純は密かに思い始めていた。皆、役職や種目名で呼び合っている。
「旅客機部門、出るんだろ?俺は列車部門だ。同じ会場になるから、よろしくな」
「よろしくお願いします」
「新人にしちゃ礼儀正しいな。まあ、せいぜい頑張れよ。俺たちみたいな、生粋のこっちの人間に、異世界人が勝てるかどうか見ものだ」
その言葉には、悪意というより、単純な好奇心と挑発心が混じっていた。純は思わず苦笑する。
「勝てるかどうかは、俺にもわからないです」
「その素直さ、嫌いじゃねえよ」
男は快活に笑うと、肩を叩いて去っていった。純はその背中を見送りながら、この世界の人間関係の距離感に、少しずつ慣れ始めている自分に気づいていた。
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訓練が進むにつれ、純の中には焦りも生まれ始めていた。
同じ会場に立つのは、生まれたときからこの世界の常識の中で生きてきた人間たちだ。思念の扱いに関しては、純よりもはるかに年季が入っている。
「俺、本当に勝負になるんですか」
夕方の訓練後、純はぽつりとグレイに尋ねた。
「勝負にならないと思うか」
「だって、皆さん物心ついたときから思念を使ってるわけでしょう。俺なんて、まだ一週間も経ってないのに」
グレイは少し考えるような間を置いてから、静かに口を開いた。
「思念の強さは、才能だ。だが、才能だけで勝てるほど、競技会は甘くない」
「じゃあ、俺には無理――」
「無理とは言ってない」
グレイが純の言葉を遮る。
「おまえには、あいつらにない武器がある」
「武器?」
「十年、空を飛んできた経験だ。風を読む勘、機体の癖を見抜く感覚、緊急時の判断力――そういうものは、この世界の思念の強さとは別の軸で積み上がってる」
その言葉に、純は思わず顔を上げた。
「才能で劣る部分は、経験で埋めればいい。逆に言えば、才能だけの人間には、経験でしか勝てない」
いつになく真剣な口調だった。純はしばらく黙り込み、それから小さくうなずいた。
「……頑張ります」
「頑張れ、とは言ってない」
「え」
「勝て、と言ってる」
その言い草に、純は思わず吹き出しそうになった。相変わらず、このグレイという男は、優しさと無茶ぶりの境界線が曖昧だ。
「無茶言いますね」
「無茶を承知で言ってる。おまえなら、できる」
窓の外には、夕暮れに染まった滑走路が広がっていた。純はその景色を眺めながら、胸の奥に灯った小さな決意を、静かに握りしめる。
異世界に迷い込んで、まだ一週間も経っていない。それでも、ここには確かに、自分にしかできないことがあるのかもしれない。
競技会当日まで、あと二週間。
純の中で、これまでとは違う種類の緊張が、静かに膨らみ始めていた。
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