思念航路――副操縦士(十)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
長編 連作
本文
第10話 十五年という時間
思念障害の一件から、純の名前は、この世界の航空業界で急速に知れ渡っていった。
「都市を救った異世界人」――そんな大げさな呼び名がつけられることもあったが、純自身は、その評判にどこか居心地の悪さを感じていた。
「俺、そんな大したことしてないんですけどね」
「謙遜も度が過ぎると嫌味になるぞ」
グレイにそう窘められても、純の実感はあまり変わらなかった。ただ、目の前で困っている人がいて、自分にできることをしただけだ。それが評判になるのは、少し面はゆかった。
だが、その評判のおかげで、純の仕事の幅は着実に広がっていった。国際線の副操縦士としての勤務に加え、思念供給網の緊急対応チームへの招集、若手思念保持者への指導、さらには各都市の技術交流会への参加――純の日々は、目まぐるしく過ぎていった。
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一年が経ち、二年が経ち、五年が経つ頃には、純はこの世界の航空業界において、誰もが名前を知る存在になっていた。
大陸を越える路線を数えきれないほど飛んだ。砂漠の都市、海上都市、雪国の都市――それぞれの土地の航空管制システムに精通し、各地の思念技術の違いを、まるで方言のように使い分けられるようになっていった。
十年が経つ頃には、純はもう、単なる副操縦士ではなくなっていた。各地の技術者たちが、純のもとに相談を持ちかけてくるようになる。思念供給網の設計、緊急時の対応マニュアルの策定、若手パイロットの育成カリキュラム――純の意見は、いつしかこの世界の航空業界そのものに影響を与えるほどの重みを持つようになっていた。
「思念を理解する専門家」
いつからか、純はそう呼ばれるようになっていた。
「妙な肩書がついたな」
ある日、久しぶりに同乗したグレイが、皮肉めいた口調でそう言った。
「勝手についたんですよ、こんなの」
「否定しないってことは、まんざらでもないんだろう」
「否定する理由もないので」
軽口を交わしながらも、純は自分の中で確かに何かが変わっていくのを感じていた。この世界に来たばかりの頃、思念という概念すら理解できずに戸惑っていた自分が、今では各地の技術者に意見を求められる立場になっている。
だが、その一方で、純の中には、拭いきれない小さな違和感も育ち始めていた。
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十五年目に差し掛かったある夜、純は宿舎の窓辺で、一人夜空を見上げていた。
この世界に来てから、もう十五年。純の世界での時間感覚から言えば、ほとんど半生に近い年月だった。
――向こうの世界は、今、どうなっているんだろう。
その疑問が頭をよぎるたび、純は胸の奥にちくりとした痛みを感じるようになっていた。この世界で築いてきたもの――積み重ねてきた経験、信頼、人間関係――そのすべてが、かけがえのないものであることは間違いない。
だが同時に、純の中には、消えない記憶があった。
高度一万メートルで、隣に座っていた機長。純が意識を失う直前まで交わしていた、いつもの会話。あの瞬間から、純の世界での時間は、一体どれだけ流れているのだろうか。
「眠れないのか」
不意にかけられた声に、純は振り返る。いつの間にか、グレイが部屋の入り口に立っていた。
「……なんとなく、考え事をしてました」
「向こうのことか」
図星を突かれ、純は思わず苦笑する。
「わかりますか」
「長くこっちにいる人間は、大抵一度は、その顔をする」
グレイはそう言うと、純の隣に並んで、窓の外の夜空を見上げた。
「向こうに戻りたいか」
その問いに、純はすぐには答えられなかった。この世界での日々は、間違いなく充実していた。空を飛ぶ喜びも、仲間との絆も、この世界で築いてきたものは、どれも本物だった。
だが――
「戻りたいというより……確かめたいんです。向こうがどうなってるのか」
「そうか」
グレイは短く相槌を打つと、それ以上は何も聞いてこなかった。ただ、夜空を見上げたまま、静かに口を開く。
「思念には、まだ誰も解き明かせていない性質がある」
「性質?」
「強く思い続けたものは、時に、思いもよらない形で応える」
その言葉の意味を、純はその時、正確には理解できなかった。だが、なぜかその言葉が、胸の奥深くに、静かに残り続けた。
窓の外には、変わらず穏やかな夜空が広がっている。だが純の中では、これまで積み重ねてきた十五年という時間の重みと、まだ見ぬ「向こう側」への思いが、静かに、しかし確実に、渦を巻き始めていた。
そしてこの数日後、純はある巨大な事故に巻き込まれることになる。
それは、これまで純が積み上げてきたすべての経験と力量が試される、決定的な瞬間だった。
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