思念航路――副操縦士(十二)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
長編 連作
本文
第12話 思念というもの
あの事件から数週間が過ぎた頃、純はふと、これまで積み重ねてきた経験を、一つの形にまとめてみたいという衝動に駆られた。
きっかけは、若手パイロットの研修だった。純は講師として招かれ、思念操作の基礎について語る機会を得ていた。
「思念って、結局何なんですか」
研修の最後、一人の若手がそう尋ねてきた。純はその質問に、すぐには答えられなかった。十五年もこの力と向き合ってきたはずなのに、その本質を、言葉で説明したことがなかったからだ。
「……少し、考えさせてください」
その日の夜、純は宿舎の窓辺で、改めてその問いと向き合った。
思念とは、単なるエネルギーではない。それは分かっている。だが、それが一体何なのか、純はまだ、明確な答えを持てずにいた。
「こうしたい」
「こうなってほしい」
「ここへ行きたい」
純はこれまでの飛行を、一つ一つ思い出していく。離陸の瞬間の緊張。乱気流を突き抜けるときの集中。そして、あの事件の日、機内の人々と分かち合った、あの力の奔流。
そのすべてに共通していたのは――
「意思、か」
純は、思わず声に出して呟いた。
思念とは、人間の意思そのものだ。何かを望み、何かを願い、何かに向かって進もうとする、その根源的な力。強い人間ほど、その意思を明確に、大きな対象へと向けられる。だからこそ、大型船や旅客機のような、巨大なものを動かせる。
だが、事件の日に見た光景は、それだけでは説明がつかなかった。
一人一人の力は小さくても、同じ方向を向いた瞬間、それは信じられないほどの力になった。純一人では支えきれなかった機体を、百人を超える人々の意思が、確かに支えたのだ。
「本当に強いのは……」
純はゆっくりと、その考えを言葉にしていく。
一人で巨大なものを動かせる人間ではない。同じ方向を思える人間を、どれだけ増やせるか――それこそが、この世界における、本当の意味での「強さ」なのだ。
その気づきは、純の中で、これまでのすべての経験と、静かに繋がっていった。競技会での勝利。都市の思念障害での対応。そして、あの事件での経験。すべてが、一つの答えへと収束していく。
「……そういうことか」
純は、深く息をついた。
十五年かけて、ようやく辿り着いた答えだった。だが同時に、その答えに辿り着いたことで、純の中には、新たな疑問も生まれていた。
――自分は、いつからこんな人間になったのだろう。
この世界に来たばかりの頃、純はただ戸惑うばかりの、一人の異世界人に過ぎなかった。それが今では、多くの人々の中心となって物事を動かせる立場になっている。
その変化がいつ始まったのか、純自身にも、はっきりとは分からなかった。ただ確かなのは、この十五年という歳月が、純という人間を、確実に作り変えていったということだった。
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翌日、純は再び若手パイロットたちの前に立った。
「昨日の質問、答えが出ました」
「思念について、ですか」
「はい」
純は、これまで整理してきた考えを、ゆっくりと言葉にしていく。
「思念は、人間の意思そのものです。だから、強い人間ほど、大きなものを動かせる。でも、本当に大事なのは、それだけじゃありません」
若手たちが、真剣な眼差しで純を見つめている。
「一人の強い人間より、同じ方向を向ける仲間を増やせる人間の方が、この世界では、遥かに大きな力を持てます」
その言葉に、若手の一人が、少し不思議そうな表情を浮かべた。
「それは……純さんご自身の、実感ですか」
「そうです。何年もかけて、ようやく分かったことです」
純は、静かに微笑んだ。この世界に来たばかりの頃には、決して口にできなかった言葉だった。
研修が終わったあと、純は一人、空港の展望デッキへと足を運んだ。夕暮れの空を、旅客機が一機、静かに横切っていく。エンジン音のない、この世界特有の飛行だった。
純はその機影を目で追いながら、ふと、自分自身の変化を思う。
十五年前、純はここに、ただの副操縦士として迷い込んだ。それが今では、この世界の航空業界に、確かな足跡を残す存在になっている。
――俺は、いつの間にか、そういう人間になっていたんだな。
その実感は、誇らしさと同時に、どこか寂しさのようなものも伴っていた。
この世界での生活が、純の中で、あまりにも当たり前のものになりすぎていた。向こうの世界での記憶が、少しずつ、遠いものになっていくような感覚。
その夜、純は久しぶりに、あの高度一万メートルでの瞬間を、鮮明に思い出していた。機長との、いつもの何気ない会話。シートベルト着用サインが消える、あの一瞬。
――もう一度、あの空に戻ることは、あるのだろうか。
その問いへの答えは、純自身にも、まだ分からなかった。
だが、その答えは、純が思っていたよりもずっと早く、そしてずっと唐突な形で、訪れることになる。