宇宙の運び屋(四)~宇宙の狭間、2000年前の真実
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あらすじ
長編 連作
本文
宇宙の運び屋(四)~宇宙の狭間、2000年前の真実
その日の放課後、純は自販機で缶コーヒーを買った。
ボタンを押して、缶が落ちてくる音を聞いて、取り出し口に手を伸ばした——その瞬間、吸い込まれた。
缶が宙に浮いていた。
「今取り出そうとしてたんだが」純が眉をひそめる。
「回収します」と、オービット9号の淡々とした声が返ってきた。
「缶コーヒーはホットだ、気をつけろよ」
「依頼の説明が先です」
「熱いうちに飲みたいんだが」
「依頼が先です」
乃亜がシートベルトを締めながら苦笑した。
「諦めなよ。どうせ依頼終わったら冷めてる」
「それがわかってて吸い込むのか、こいつは」
「規則ですので」
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操縦桿を握ると、オービット9号がさっそく切り出した。
「依頼リスト第四件目です。依頼主は『夢見る石の民』——惑星ルーパの住人です」
「夢見る石の民?」乃亜が手元の端末を確認しながら首を傾げる。
「岩でできた体を持つ種族です。彼らは眠るとき、自分の夢を石の中に記録する習慣があります。今回の依頼は——族長の夢が、何かの拍子に石から抜け出して宇宙空間を漂っています。それを回収して、族長の元へ届けてほしいとのことです」
「夢が、漂ってる」純が呟く。
「宇宙は広いな」
「広いわね」乃亜も同意するように頷いた。
「広いです」とオービット9号。
「出発します」
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【惑星ルーパ周辺宙域】
ルーパは茶色い星だった。
岩と砂でできた、でこぼこした表面が広がっている。空は薄いオレンジ色で、二つの月が昼間から見えていた。近づくにつれ、センサーが微弱な反応を拾い始める。
「夢の反応ですね」とオービット9号が告げた。「生体エネルギーに近い波形です。ルーパの周辺軌道を漂っています」
「捕まえ方は?」純が尋ねる。
「網を出します」
「網?」
「宇宙用の捕獲網です。標準装備されています」
「そんな装備があったのか」
「第22項に——」
「もういい」
純は苦笑しながら、ゆっくりと船を進めた。
センサーの反応を追いながら、ルーパの周辺軌道を旋回する。
「あそこです」乃亜が窓の外を指差した。
宇宙空間に、かすかに光るものがあった。淡い青白い光。ふわふわと漂いながら、ゆっくりと移動している。
「……綺麗ね」
「族長の夢か」純の口元が少し緩む。
「どんな夢を見てたんだろうな」
捕獲は、あっさり終わった。夢はおとなしく網に収まり、専用の容器に格納された。容器の中で、青白い光がゆっくりと揺れていた。
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【惑星ルーパ・族長の元へ】
着陸すると、石の民がずらりと出迎えた。
全員が岩でできた体。でこぼこした灰色や茶色の肌。でも目だけは宝石のように輝いていた。緑や青や金色に。
族長は一番大きかった。高さ3メートルはある岩のような体。でもその目が、乃亜が容器を差し出した瞬間、子供みたいにきらきらと輝いた。
「……戻ってきた」
族長が容器をそっと受け取り、胸に当てた。青白い光が石の体に吸い込まれていく。族長の体が、一瞬だけ淡く輝いた。
「ありがとう、運び屋。この夢は——わしが若い頃に見た夢でな。この星には雨が降らん。でも遠い昔、一度だけ雨を見たことがある。その記憶が夢になって、ずっと石の中に眠っていた」
「雨を、ずっと夢で見てたんですか」乃亜が尋ねると、族長は深く頷いた。
「そうじゃ。水が空から落ちてくるんじゃぞ。信じられるか?」
純は少し口元を緩めた。
「信じます」
「あなたたちの星にも、雨が降るのか」
「たくさん降ります」
族長の目が細くなった。
「……羨ましい」
族長が深く頭を下げた。石の体がずしんと揺れた。
「また夢が逃げたときは、頼んでもいいか」
「いつでも」と純は即答した。
「俺たちの仕事ですから」
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ルーパを離陸して、純は操縦桿を地球方向へ向けた。
「よし、帰るか」
「帰りましょう」と乃亜がシートに背を預けた。
「今日は早く終わったね」
「たまにはいい」
「夕ご飯、何にする?」
「——」
純が答えようとした、その瞬間。
レーダーが、鳴った。
ビ、ビ、ビ、ビ——
鋭い、連続した警告音。オービット9号のレンズが一瞬で深紅に染まった。
「マスター」
声のトーンが変わっていた。
「……反応が、あります」
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【フラッシュバック——2000年前の真実】
モニターに、船が映し出された。
漆黒の船体。横に細長く、翼のように広がった形。表面に、無数の傷跡が走っている。エンジンの噴射炎が、暗い宇宙を青白く染めている。
純はその船を見た瞬間、何かが体の奥から突き上げてくるのを感じた。記憶ではない。もっと深いところにある何か——皮膚が覚えているような、感覚としての記憶。
隣を見ると、乃亜も同じ顔をしていた。
「……知ってる」乃亜が静かに呟いた。
「俺もだ」
「マスター」オービット9号のレンズが明滅する。
「あの船は——2000年前に、マスターたちが最後に遭遇した船です」
純の手が、操縦桿の上でピタリと止まった。
「……全部、思い出せるか?」
「今なら——はい」
オービット9号のレンズが静かに光を放ち始めた。モニターの映像が切り替わる。古い映像が流れ始める。
2000年前の記録だった。
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映像の中の宇宙は、今と同じだった。同じ星、同じ暗闇、同じ無数の光。
船体は今より少し古い。見慣れたコックピット、二脚の座席。映像の中の純と乃亜が、今と同じように並んで座っている。
あの頃、二人はある依頼を終えて帰路についていた。
死にかけた星に、最後の水を届けた。その仕事を終えて、二人は船の外に出た。宇宙服を着て、達成感を、宇宙空間の真ん中で味わっていた。
「——なぁに考えてるの?」映像の中の乃亜が、宇宙服のヘルメット越しに覗き込んでくる。
「ん?」純の声がノイズ混じりに響いた。
「次の依頼、どこだろう」
「オービットに聞けよ」
「聞いたら絶対面倒くさいやつだから、まだ聞きたくない」
「そういうやつだな、確かに」
二人が笑った。宇宙服の中で、笑っていた。
その瞬間——閃光が走った。
どこからともなく現れた漆黒の船が、エネルギー砲を放った。狙いは純たちの船ではなく——二人の、すぐそばだった。
爆発が起きた。
宇宙空間に、衝撃波が広がった。船外にいた純と乃亜が、爆発の余波で吹き飛ばされる。純が乃亜の手を掴もうとした。指先が触れた。けれど、その凄まじい濁流に抗うことはできなかった。
二人は——宇宙の狭間へと、吸い込まれていった。
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映像が、そこで止まった。
「……オービット」と純は静かに問いかけた。
「あのあと、お前はどうした」
「マスターたちが消えた瞬間、緊急プログラムが作動しました」オービット9号の声は、いつもより低かった。
「魂の緊急転送プログラムです。宇宙の狭間に消えたマスターたちの魂を、最も近い有人惑星——地球へと送りました。転生という形で」
「それがお前の仕事だったのか」
「マスターたちを失わないための、最後の手段でした。僕にできる、唯一のことでした」
純は何も言わなかった。
隣を見ると、乃亜が膝の上で手を握り締めていた。
「……吹き飛ばされたあの場所が」と乃亜が静かに呟く。
「今ここに来た」
「来ました」オービット9号のレンズが静かに明滅する。
「あの船はずっと、マスターたちの転生先を探し続けていたようです。今日、座標を割り出した」
「目的は?」
「不明です。ただ——武装しています。エネルギー砲、六基。以前より、大幅に強化されています」
純は一度だけ深く息を吸った。
そして——操縦桿を、強く握り直した。
「乃亜」純は前を見つめたまま、隣の席に声をかけた。
「何?」
「あのとき、手が届かなかった」
「……届かなかったね」
「今度は、届く場所にいる」
乃亜が顔を上げた。純は相変わらず前を睨み据えたままで、けれどその口の端はわずかに吊り上がっていた。
「だから——もう一回、あいつに吹き飛ばされるわけにはいかない。行くぞ!」
乃亜はうなずき、手元にある副操縦席の操縦桿を両手で握った。目が、静かに、でも確かに輝いていた。
「行くわよ!」
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【因縁の決戦】
漆黒の船が動き始めた。
エンジン炎が青白く輝き、船体がゆっくりとこちらへ向いた。あのときと同じ船。でも傷の数が、まるで違った。その傷の数だけ、この船も何かと戦い続けてきた。
交信が入った。
声はなかった。
ただ、低い電子音だけが流れた。言葉を持たない存在なのか——どちらにしても、意思だけは明確に伝わってきた。
お前たちを、もう一度、狭間へ落とす。
「オービット、あいつの弱点は?」
「2000年前のデータと照合中——メインエンジンの装甲が薄い。ただし真後方180度以内からしか狙えません。正面と側面は強化装甲で覆われています」
「後方に回るには?」
「正面から突っ込んで、砲撃をかわしながら直前で機体を反転させる。他に方法はありません」
「つまり砲口の真正面を突っ切る」
「おっしゃる通りです」
純の目が細くなった。
「何発耐えられる?」
「直撃一発で船体崩壊します」
「じゃあ当たらなければいい」
「理論上はそうです」
「行くぞ」
「根拠は?」と乃亜が即座に聞いた。
「俺の腕と、お前のナビ」
「……許容範囲内ね。行きます」
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スロットルを全開にした。
漆黒の船との距離が縮まる。向こうもエンジン出力を上げてきた。正面衝突コースで、二つの船が宇宙空間を突き進む。
「砲撃準備、全六基」と乃亜が告げた。「充電完了まで——五秒」
「わかってる」
「四秒」
純は操縦桿を微調整しながら、相手の動きを読んだ。あのときも同じ船だった。あのときは不意打ちだった。でも今は正面から来る。動きの癖がわかる。
「三秒」
漆黒の船が、わずかに右に傾いた。照準を合わせる動作だ。
「二秒——」
「今だ!」
純は操縦桿を左に倒し、同時に機首を下に向けた。船体が宙返りするように回転した。
六本の光の柱が、真横を通過した。
熱気が船体を包んだ。コックピットの温度計が跳ね上がった。警告音が鳴り響いた。でも直撃はなかった。
「かわした!」と乃亜。
「まだだ!」
漆黒の船が即座に旋回してきた。素早い。あのときより反応速度が上がっている。新たな砲撃が充電を始めた。
「再充電、三秒!」
「距離は?」
「500!」
「近すぎる、一回離れる!」
純はスロットルを絞り、急制動をかけた。船体が震えた。慣性に逆らう力が全身にかかる。歯を食いしばった。
漆黒の船が追ってくる。側面から回り込もうとしてくる。包囲しようとする動きだ。
「右から来る!」と乃亜が叫ぶ。
「見えてる!」
「上にも反応! デコイだ、本体は——」
「下だ!」
純は真上に操縦桿を引いた。直下から放たれたエネルギー砲が、船体の真下をかすめた。金属の焦げる匂いがコックピットまで漂った。装甲の一部が溶けた音がした。
「装甲損傷!」とオービット9号。「第三区画、軽微ですが穴があきました!」
「塞げるか!」
「応急処置なら!」
「頼む!」
オービット9号が素早く動いた。純は構わず操縦を続けた。
漆黒の船が再び正面に来た。今度は距離を詰めながら、連続砲撃の体勢を取っている。
「連続砲撃来ます! 回避不可能な角度で——」と乃亜の声が一瞬だけ固くなった。
純は一瞬だけ目を閉じた。
脳の奥で、何かが弾けた。
戦いの記憶。この船との戦いの記憶ではない——もっと古い、もっと多くの死線をくぐり抜けてきた記憶。宇宙の様々な場所で、様々な危機を、この操縦桿一本でくぐり抜けてきた記憶。さっき脳裏をよぎった光景が、今、完全に身体の感覚として呼び覚まされた。
目を開けた。
純はスロットルを再び全開にした。
漆黒の船へ、真正面から突き進む。向こうの砲口がすべて、純の船に向く。充電の光が六つ、一斉に灯った。
距離300。
距離200。
——放たれる、砲撃。
六本の光の柱が、一斉に放たれた。
純は操縦桿を引き、押し、捻り、機体をコマのように回転させながら、その光の網の隙間を縫う。一本がすぐ右を通過し、次の一本が真上をかすめ、最後の一本が左翼の先端を焼いた。
「翼端損傷!」とオービット9号。
「問題ない!」
問題はあったが、致命傷ではない。純は構わず突き進んだ。
漆黒の船が再充電を始めた——その一瞬を、純は逃さなかった。
操縦桿を限界まで引き絞り、機体を急反転させた。Gが全身を押しつぶした。視界が白くなりかけた。
漆黒の船の、真後方に出た。
「今だ!」
「撃つ!」
乃亜がトリガーを引いた。
一瞬の静寂の後、凄まじい爆発が巻き起こった。
漆黒の船のメインエンジンに、直撃した。爆発が連鎖した。第二エンジン、第三エンジンが次々と火を噴いた。漆黒の船が、激しく震えた。傾いた。速度が一気に落ちた。
砲口から光が消えた。
宇宙空間に、静寂が戻った。
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純はゆっくりと操縦桿を戻した。
荒い息が、コックピットに響いていた。手のひらが汗で濡れていた。左翼端から微かな煙が出ていた。第三区画の応急処置ランプが点滅していた。
でも——船は飛んでいた。
「……やったか」純が肩の力を抜く。
「敵、メインエンジン全損」オービット9号の淡々とした確認が入った。「副砲、全基沈黙。戦闘続行は不可能です。ただし——」
「また、ただしか」
「船体は辛うじて無事です。相手は生きています」
純はモニターを見た。漆黒の船が、ゆっくりと漂っている。動けない。でも沈んでいない。
交信ボタンを押した。
「聞こえるか」
長い沈黙の後、低い電子音が一回返ってきた。
「お前が俺たちに何をしたかったのか、俺にはわからない。でも——今日はここで終わりだ。ずっと俺たちを追い続けたその時間を、もっと別のことに使えばよかった。宇宙は広い。俺たちを追いかける以外にも、面白いことが山ほどある」
沈黙が続いた。
やがて——短い電子音が、二度鳴った。
オービット9号が静かに告げる。
「……返答不能、しかし通信は切っていません。まだ聞いています」
純は少し考えてから、もう一度交信機に向かった。
「次に会うときは——戦いじゃない形で来い。それだけだ」
電子音が、一度だけ、応じるように鳴った。
漆黒の船がゆっくりと向きを変える。そして、引き留めるものなど何もない、暗い宇宙の彼方へと漂い始めた。
純はそれを最後まで見送った。
二度と来ないかもしれない。でも——それでいいと、純は思った。
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「……終わった」乃亜が、ふぅと小さく息を吐いた。
「終わったな」純も深く頷き、肺の空気をすべて吐き出した。
しばらく、二人とも何も言わなかった。
窓の外に、星が広がっていた。あのときと同じ星。同じ暗闇。同じ光。
「……思い出したんだけど」乃亜がぽつりと言った。
「ん?」
「さっき、手が届かなかったって話してたじゃない」
「ああ、してたな」
「あのとき——私も、手を伸ばしてたよ」
純は思わず乃亜を見た。けれど乃亜は前を向いたまま、星の光を見つめて続ける。
「届かなかったけど。でも伸ばしてた。覚えてる」
純はしばらく黙った。
「……覚えてる」純も静かに応じた。
「……帰りますか」
オービット9号がぷかぷかと二人の間に浮いてくる。レンズを金色に柔らかく光らせながら、そっと問いかけた。
「帰る」純がシートを立つ。
「帰りましょう」乃亜が微笑んだ。
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【帰還・菩提樹の下】
10秒後に戻っていた。
夕焼けの中、菩提樹の葉が風に揺れていた。どこかでまだ部活の声が聞こえる。自販機の缶コーヒーが、取り出し口にそのまま残っていた。
純が缶を拾い上げた。ホットのままだった。
「……まだ温かい」
「10秒しか経ってないから」と乃亜。
「そうだな」
純が缶を一口飲んだ。乃亜が隣を歩きながら、夕焼けに染まった空を見上げた。
「純」
「ん?」
「夕ご飯、何にする?」
「……カレー」
「珍しい」
「たまには違うやつがいい」
乃亜が少し笑った。
「じゃあ、美味しいお店探しましょうか」
軽口を叩き合いながら、二人は並んで歩き出した。夕焼けの中、どこまでも続く通学路を。宇宙空間で焼けていた翼端のことも、届かなかった手のことも、今日の戦いのことも——全部、胸の中にしまったまま。
ふと、純が乃亜の横顔を見る。
あのときと違うことが、一つだけあった。
今日は、隣に、ちゃんといる。
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