コンシェルジュ(二)~最高の焼き加減
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
長編&連作 作品集
本文
コンシェルジュ(二)~最高の焼き加減
大理石の床に、革靴の心地よい音が響く。
魔王城はもはや戦場ではなく、訪れる者を圧倒する極上のリゾートホテルだった。シャンデリアの輝きの下、佐藤純は背筋を伸ばしてロビーに立つ。
制服をきっちりと着こなした魔物たちが、洗練された身のこなしで荷物を運んでいる。かつての殺伐とした空気はどこにもない。
「佐藤、今日の宿泊客のリストだ」
声の主は、黒のスーツを纏った魔王だった。
今や魔王城の支配人補佐のような立ち位置で、片手にはタブレット端末が握られている。人間の文化を猛勉強した成果だった。
「拝見いたします。……ふむ、本日は人間界からのVIPが多めのようですね」
「ああ。特に、あの勇者からの予約が入っている。最近は毎週末の定宿になりつつあるな」
魔王が苦笑を浮かべる。
最初の乱入劇から数ヶ月。世界を救うはずの勇者は、すっかり魔王城のヘビーリピーターになっていた。旅の疲れを癒やす温泉と、佐藤が監修する極上のディナーが目当てらしい。
しかし、今日の波乱はその勇者の到着より先に訪れた。
「大変でございます! 厨房から報告が!」
慌てた様子で走ってきたのは、料理長である大柄なオークだった。その手には、上品な銀のクロッシュが握られている。
「どうなさいましたか、落ち着いて」
「それが……今夜のメインディッシュである『特選ドラゴンステーキ』の焼き加減について、客からクレームが入ったのです。『レアすぎる。もっと表面を香ばしく、中はジューシーに仕上げろ』と……」
「ほう」
純は静かに眼鏡のブリッジを押し上げた。
「その注文をつけたのは、どなたですか?」
「それが、あそこのラウンジで新聞を読んでいらっしゃる……元・勇者パーティーの戦士殿でして……」
なるほど、と純は小さく息をつく。
かつて魔王城を焼き払おうとした猛者たちが、今や「グルメな宿泊客」として難癖をつけてきているのだ。純はわずかに微笑み、料理長に指示を飛ばした。
「火力を落とし、ハーブの香りを移したラードで表面をじっくりとアロゼしなさい。それと、添えるワインは重めの赤ではなく、オーク樽で熟成させた芳醇なミードに変えましょう。私から直接お持ちします」
「かしこまりました!」
料理長が厨房へと駆け戻っていく。
その様子を横で見ながら、魔王が肩をすくめた。
「人間という生き物は、手懐けると妙にこだわりが強くなるな。かつては我が首を狙っていた連中が、今や焼き加減に文句をつけるとは」
「お客様が美食の喜びに目覚めた証拠でございます。おもてなしとは、相手の要求の一歩先を行くことですから」
純の淀みない返答に、魔王は満足そうにうなずいた。
やがて、自動扉が静かに開く。
まばゆい光の代わりに、ただ疲労の色を濃くした若者がよろよろと入ってきた。銀の鎧はすっかり手入れされ、背中には旅行用のボストンバッグが下げられている。勇者だった。
「お疲れ様でございます。おかえりなさいませ」
「……ただいま。肩がパンパンなんだ。いつものマッサージ、空いてるか?」
すっかり骨抜きにされた様子で、勇者はフロントにもたれかかる。
世界平和の担い手としての威厳は消え去り、ただの疲れ果てたビジネスマンのようだった。
「かしこまりました。本日は特別に、最上階のスイートルームをご用意しております」
「マジか。……やっぱりここが一番落ち着くわ」
勇者は安堵のため息を漏らし、ふかふかのソファに沈み込んだ。
先ほどの戦士のクレームを完璧に解決したステーキが、最高のタイミングでテーブルに運ばれてくる。かつて命を奪い合った者同士が、今では極上の美食とおもてなしを分かち合っている。
「さて、次の予約の管理へ参りますか」
佐藤は胸元のゴールドバッジを指先で整えた。
魔物も人間も、勇者も魔王も関係ない。ここはすべての旅人が癒やされる場所。
極上のサービスを追求するコンシェルジュの仕事に、終わりなどないのだった。
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