コンシェルジュ(三)~国王陛下、ご宿泊でございます
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あらすじ
長編&連作 作品集
本文
コンシェルジュ(三)国王陛下、ご宿泊でございます
夕闇に染まる険しい山並みを抜け、馬車はひときわ威圧的な門の前に滑り込んだ。
そこはかつて、誰もが恐れた魔王城だった。しかし、現在の門柱には上品な真鍮のプレートが掲げられ、『グランド・マオ・ホテル』と刻まれている。
「ようこそお越しくださいました。当館のコンシェルジュを務めております、佐藤でございます」
漆黒のスーツに身を包んだ佐藤純は、完璧な角度でお辞儀をした。
目の前で立ち尽くしているのは、まばゆい宝冠を戴いた老紳士と、お付きの従者たちである。人間界の最高権力者である国王一行だった。
話によれば、世界を救うはずの勇者パーティーが「魔王城があまりに快適だから」という理由で国へ戻らず、すっかり居ついてしまったらしい。業を煮やした国王が、討伐ではなく「連れ戻し」のために自ら乗り込んできたのだ。
「ここが……本当に魔王城か?」
国王は絶句し、周囲を見回した。
大理石の床は磨き上げられ、ロビーには心地よいクラシック音楽とほのかなアロマの香りが満ちている。
「ふざけるな! 我が国の精鋭である勇者どもを骨抜きにし、仕事も放棄させているのは貴様らか! 魔王はどこだ、決着をつけ――」
「おや、私を呼んだか?」
すっと前に出たのは魔王だった。
かつての威圧感は鳴りを潜め、ビシッとしたスーツを着こなし、物腰柔らかなジェントルマンの笑みを浮かべている。
国王は言葉を失った。想像していた血に飢えた怪物などそこにはおらず、ただの品格あるホテルの支配人が立っていたからだ。
「陛下、お疲れのところ申し訳ございませんが、まずは長旅の塵をお払いくださいませ」
純が合図を送ると、訓練されたゴブリンのスタッフたちが、最高級のローズウォーターをしみ込ませた温かいおしぼりを差し出す。
国王の側近たちは戸惑いながらもそれを受け取り、あまりの心地よい温度に思わず「おっ……」と声を漏らした。
「ふん、こんなもので我々が――」
強がる国王の背中に、純は絶妙なタイミングで囁く。
「ロビーの奥には、人間界の源泉を引いた極上の大浴場をご用意しております。また、湯上がりには魔王城特製のカカオが濃厚なガトーショコラと、世界各地のハーブティーを。……もちろん、旅の緊張をほぐす全身マッサージも完備しておりますが」
国王の喉が、わずかにごくりと鳴った。
数日間にわたる馬車での過酷な移動、そして魔王城に乗り込むという極度の緊張が、老いた体に重くのしかかっていたのだ。ふかふかのソファが、やけに魅力的に見えてくる。
「……ま、まあ、まずは現状把握だ。話を聞いてやらないこともない」
気づけば国王は、自分で言い訳をしながらソファに深く腰掛けかけていた。
その様子を横で見ながら、魔王が小さく吹き出す。
「人間とは面白い生き物だな。どんなに威張っている王であっても、疲労の前には無力というわけだ」
「おもてなしとは、権力の武装すらも解きほぐす魔法でございます」
純は淀みない笑みを崩さない。
夕暮れ時。大浴場でさっぱりと疲れを癒やした国王は、ふかふかのローブに身を包み、ラウンジの窓辺にいた。
そこには、毎日が楽しすぎて国に帰るのをすっかり忘れていた勇者パーティーの姿もある。彼らは王の姿を見るなり気まずそうな顔をしたが、国王はなぜか怒る気力を失っていた。
「……なぁ、佐藤くん」
冷えたスパークリングワインのグラスを傾けながら、国王がぽつりと呟く。
「来月の国の祝日、私もプライベートで一室予約できるかね?」
「かしこまりました。最上階の特別室を、王室特別割引にてご用意させていただきます」
純は今日も、完璧な笑顔で最高の空間を提供し続けている。
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