コンシェルジュ(六)~緑の火花と、異界のグランピング
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
長編&連作 作品集
本文
コンシェルジュ(六)~緑の火花と、異界のグランピング
かつての戦場であり、幾多の呪いと魔力が渦巻いていた魔王城。そこが世界最高峰のラグジュアリーホテルへと変貌を遂げて以来、ホスピタリティの世界は常に常識を覆す革新を求められていた。しかし今、人間界との境界に広がる神聖な「エルフの森」において、魔王城の牙城を揺るがす巨大プロジェクトが密かに動き出そうとしていた。
深い森の緑に囲まれた特設テラスには、凛とした佇まいの女性が立っている。魔王と長年敵対してきたエルフの女王。彼女の傍らで、洗練されたアースカラーの特製スーツを纏った一人の男――人間界の伝説的なホテル・プロデューサーであり、純のライバルである緑川礼が、タブレット端末を優雅に操作していた。
「女王様、魔王城の『ホテル・ビジネス』に対抗するには、旧来の武力などナンセンスです。我が社がプロデュースするこの『森のグランピング施設』こそが、エルフの森の圧倒的な優位性を世界に示す唯一の手段。……佐藤純ごときに、ホテルの覇権を永遠に渡すわけにはいきませんからね」
礼の冷徹で美しい微笑みに、エルフの女王は深く頷いた。
「人間界の商人と手を組むのは本意ではないが……魔王城のあの軟弱な『おもてなし』に、我が森の尊厳を奪われるのは我慢がならん。礼、完璧な施設を作り上げ、あちらの鼻を盛大に明かしてやろう」
こうして、エルフの森の自然を極限まで活かした最高級グランピング施設「フォレスト・ラグジュアリー・エデン」が突如として開業した。
星空の下に設えられた透明なドームテント、精霊の魔力を利用した極上のボタニカルスパ、そしてエルフの秘薬を使ったオーガニックディナーの数々。それは瞬く間に人間界の富豪たちの間で噂の的となり、魔王城の常連VIP客たちまでもが次々と足を運ぶ一大リゾートへと急成長していった。
その動向は、当然ながら魔王城にも届いていた。
本館のカウンター。純はいつものように優雅にグラスを磨きながら、届いたばかりの「フォレスト・ラグジュアリー・エデン」の豪華なパンフレットに静かに目を落とし、微かに口角を上げた。その横から、魔王が面白そうにグラスを傾けながら声をかけた。
「佐藤、エルフの女王と組んだあの緑川とかいう男、かなり派手にやっているぞ。我が魔王城のVIP客も何人かあちらに流れているらしい。お前のライバルが、いよいよ本気で潰しにかかってきたな」
魔王の不敵な笑みに対し、純は動じるどころか、さらに美しい弧を描く微笑みを深めた。
「ライバル、ですか。緑川らしい、実に計算し尽くされた素晴らしいアプローチですね。森の特権を最大限に活かしたグランピング……我が魔王城にとっても、非常に刺激的な挑戦でございます」
「ほう、悔しくないのか? あっちは『大自然の中の宿泊』で勝負をかけてきているぞ」
「ええ、ですが……お客様が本当に求めているのは、ただの木漏れ日やテントでのキャンプ体験ではありません」
純はインカムに手を当てて静かに指示を飛ばし、絶対的な自信に満ちた声を響かせた。
「全スタッフへ。ただいまより、当館の『歪曲庭園(アンダー・グラウンド・ガーデン)』を全面解放いたします。緑川が地上で自然を売るのなら、我が魔王城は『地下深くの空間拡張魔術』を応用します。計画名は――『時空回帰・ナイトメア・グランピング』です」
その夜、魔王城の地下深くに広がる「歪曲庭園」は、常識ではあり得ない空間へと変貌を遂げていた。
そこは、上空を見上げると本物の夜空ではなく、千年前の魔王軍が滅びた瞬間の「流星群のように降り注ぐ滅びの光」がドーム状の天井に映し出される異界のキャンプ場だった。足元には冷たい魔石の土が敷かれ、焚き火の代わりに「ドラゴンのかつての吐息」を優しく封じ込めた青い炎が揺らめいている。テントの代わりに設えられたのは、かつての英雄たちが使っていた戦術用の天幕を魔導で極上の寝具へと昇華させた「次元回廊テント」。
地上で自然を満喫するエルフの森のグランピングに対し、純が用意したのは「過去の歴史と異界の神秘に抱かれる、時空を超えた究極の非日常体験」。
噂を聞きつけたVIP客たちは、エルフの森を飛び出し、次々と魔王城の地下庭園へと吸い込まれていく。
自然の神秘を武器にする礼と、魔王城の深淵なる歴史と魔力を操る純。
森と城を舞台にした、火花散る最高峰のホスピタリティ・バトルは、今や現実の枠をも超え、異界を巻き込んだ壮大なステージへと突入していた。
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