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第五十七話:記録の意味

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/8/26 📚 シリーズ: 継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 📝 2,546文字 ✅ 全年齢

あらすじ

日常に潜む小さな違和感を記録し続けると、100個集めたとき、何かが起きるらしい。 逆行する時計、誰もいない部屋の足音、鏡の中の自分…… でも、最後に待っているのは「終わり」ではなく、君へのバトンだ。 7人の語り部が紡ぐ、永遠に終わらない百物語。 次はお前が観測者になるのか?

本文

これは私が記録した、五十七本目の違和感である。

五十七本目は、記録を、止めたことから、始まった。

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深夜、ノートを、閉じようとして、手が、止まった。

五十六本の違和感を、書いてきた。

書くたびに、何かが、起きた。

美咲が消え、凛が老い、桐生が墓を見つけ、陸が数式を解き、由香が夫と再会した。

順番は、いつも、同じだった。

まず、私が、書く。

それから、何かが、起きる。

逆では、なかったか。

一度も、疑ったことが、なかった。

五十三話で、陸が言いかけて、止めた言葉があった。

五十五話で、切れ端に残っていた文字があった。

「だから、忘れろ」

忘れろと言われても、書くことは、やめなかった。

だが、書くことそのものを、疑ったことは、一度も、なかった。

書いたから、起きたのか。

起きたから、書いたのか。

答えは、出なかった。

出ないなら、確かめる、しかなかった。

ペンを、置いた。

ノートを、閉じた。

いつもは、そのまま、蝋燭に、火を、灯す。

五十七本目の蝋燭を、見た。

芯を、指で、押さえた。

火を、点けなかった。

机の上に、五十六本分の、燃え跡が、並んでいた。

その隣に、火の点いていない、五十七本目が、立っていた。

「少し、休んでみよう」

誰にともなく、そう、口に、出した。

時計を、見た。

午前二時、十七分だった。

────────────────

最初の一時間は、何も、変わらなかった。

部屋の、時計の音。

外を、通り過ぎる、車の音。

自分の、呼吸の音。

いつも通りに、聞こえていた。

二時間目に、入ったころ、気づいた。

時計の音が、少し、遠い。

音量が、下がったわけでは、なかった。

輪郭が、薄く、なっていた。

窓を、開けてみた。

外の音も、同じだった。

風の音、誰かの、話し声、犬の、鳴き声。

聞こえては、いた。

ただ、どれも、一枚、膜を、隔てたようだった。

朝が、来た。

いつも通り、顔を、洗い、コーヒーを、淹れた。

味は、していた。

濃さも、いつも通りだった。

カップの、熱さだけが、指に、伝わってこなかった。

飲んでいる、という感覚が、薄かった。

自分の、呼吸に、耳を、澄ませた。

吸う音、吐く音。

いつもより、平らだった。

感情の、動きを、試した。

腹の底に、力を、入れてみた。

それらしい、感触は、来なかった。

ただ、平らだった。

昼過ぎ、窓の外を、人が、通った。

いつもなら、何か、思うことがある。

今日は、何も、思わなかった。

これまで、記録しなかった日は、一日も、なかった。

平らな感覚が、初めてなのか、いつもあって、気づかなかっただけなのか。

それも、分からなかった。

夕方、蝋燭の並びを、また、見た。

五十七本目だけが、火を、持たなかった。

その一本だけ、部屋の中で、少し、浮いて見えた。

────────────────

二十四時間が、経った。

午前二時、十七分。

部屋は、静かだった。

自分の、脈の音だけが、はっきり、聞こえた。

スマートフォンが、震えた。

一件。

すぐに、また、震えた。

続けて、四件。

画面に、六つの、名前が、並んでいた。

美咲、凛、桐生、陸、由香、千尋。

六人、全員から、届いていた。

暗い部屋の中で、画面の光だけが、白かった。

一件ずつ、開くつもりだった。

指が、動く前に、通知の一覧で、文面が、見えてしまった。

文面が、同じだった。

一字一句、同じだった。

「あなたが、止まると、私たちも、止まる」

「どうか、続けて」

一つずつ、開いて、確かめた。

美咲の画面にも、同じ文字。

凛の画面にも、同じ文字。

桐生も、陸も、由香も、千尋も、同じだった。

句読点の、位置まで、同じだった。

改行の、位置まで、同じだった。

送信時刻を、確認した。

六件とも、同じ、時刻だった。

秒数まで、揃っていた。

手が、震えた。

寒くは、なかった。

一人ずつ、電話を、かけようとした。

指が、画面の上で、止まった。

かければ、答えが、来る。

答えが、来たら、もう、確かめられなくなる。

止めたのが、正しかったのか、間違っていたのか。

分からないまま、確かめたく、なかった。

電話は、かけなかった。

────────────────

ノートを、開いた。

蝋燭に、火を、灯した。

五十七本目の炎が、右に、揺れた。

二十話、連続だった。

書いた。

止めたこと。

平らになった、二十四時間のこと。

六人から、同じ文面が、同じ時刻に、届いたこと。

「私が、記録しなければ、彼らは、存在しないのか」

書きながら、その問いだけは、書かずに、おいた。

五十一本目は、書けなかった。

五十二本目は、閉じようと思う前に、閉じていた。

五十三本目は、書かない、と、自分で、選んだ。

今日のは、違った。

起きたことは、全部、書いた。

ただ、その先に続く、一つの問いだけを、選んで、書かなかった。

書けば、答えを、探し始めてしまう。

答えを、探せば、また、記録を、止めたくなる。

止めれば、また、同じことが、起きる。

堂々巡りだと、分かっていた。

分かっていて、それでも、次の夜も、同じ問いを、抱えたまま、蝋燭に、火を、灯すのだろうと、思った。

────────────────

書き終えて、ページを、めくった。

止めていた、二十四時間の欄が、あった。

空白の、はずだった。

自分が、何も、書いていない、はずの欄だった。

そこに、文字が、あった。

見覚えの、ある字だった。

自分の、字だった。

驚いた。

ペンを、握る手を、確かめた。

同じ手が、書いたはずの、文字だった。

読んだ。

内容は、今日、起きたことと、ほとんど、同じだった。

平らな感覚のこと。

六人から届いた、同じ文面のこと。

だが、細部が、違った。

自分が、気づかなかった、時計の音の変化まで、書かれていた。

そして、時刻が、違った。

自分が、スマートフォンを、確認するより、前の、時刻が、書き込まれていた。

インクの、乾き方は、他のページと、変わらなかった。

古い記述には、見えなかった。

紙の、繊維の、荒れ方も、今日、書いた、ほかのページと、同じだった。

つまり、この記述は、古いものではなく、今日、この二十四時間の、どこかで、書かれたものだった。

自分が、記録していない時間に、誰かが、記録を、続けていた。

ノートを、閉じた。

閉じても、その一文が、目の裏に、残っていた。

蝋燭の、炎を、見た。

五十七本目の炎の、隣に、影が、一つ、多かった。

────────────────

残り、四十三本。

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作者について

闇工房

闇工房

"正常"と"異常"の境界を、一話ずつ削り取る。 心理ホラー小説・TRPGシナリオを制作するソロクリエイター。 代表作は連作怪談「継承される百の違和感」—— 読み進めるうちに、あなたの"普通"...

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