第五十八話:カウントダウンゼロの表紙画像

第五十八話:カウントダウンゼロ

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/8/28 📚 シリーズ: 継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 📝 2,278文字 ✅ 全年齢

あらすじ

日常に潜む小さな違和感を記録し続けると、100個集めたとき、何かが起きるらしい。 逆行する時計、誰もいない部屋の足音、鏡の中の自分…… でも、最後に待っているのは「終わり」ではなく、君へのバトンだ。 7人の語り部が紡ぐ、永遠に終わらない百物語。 次はお前が観測者になるのか?

本文

これは私が記録した、五十八本目の違和感である。

語ったのは、高坂陸。大学生。

────────────────

「まず、状況を整理させてください」

いつもの前置きで、陸は椅子に座った。

いつもは開くノートPCを、今日は膝の上に置いたまま、両手で押さえていた。

「countdown.mp4、覚えてますか。五で止まっていたやつです」

覚えていた。四十九本目の夜から、ずっと五のままだった。

「昨日の夜、動きました。五、四、三、二、一——一晩で、一気に」

スマートフォンを、差し出した。

画面には、数字が一つだけ。

「0」

────────────────

——以下は、陸が語ったことの記録である。

────────────────

正直に言うと、あまり驚きませんでした。

数字が動いたのは深夜二時過ぎで、通知が来たときは、もう慣れていました。

九ヶ月近く、五のままだったんです。データとしては「停止」に分類していました。

だから、動いたこと自体が、むしろ興味深かった。

数字が減っていく間隔も、記録しました。五から四まで、四十二分。四から三まで、十九分。三から二、二から一、一から零。間隔が、だんだん短くなっていた。

加速している。そのこと自体は、面白いデータだと思いました。

「まあ、死ぬとは思えないんですよね」

ログを取りながら、そう考えていました。

死を予告する動画があるなら、もっと直接的な作り方をするはずです。

顔も声もない、ただの数字。技術的に見て、脅す気があるとは思えない。

そう結論づけて、寝ようとしました。

────────────────

0になった瞬間のことは、あまり、覚えていません。

頭の中で、プツン、と何かが鳴った。それだけは分かります。

音というより、感触に近い。耳の奥ではなく、もっと内側でした。

次に気づいたとき、足元の床が、違いました。

さっきまでいたはずの、自分の部屋の床ではない。

木目が細かい。冷たい。素足の裏で、それが分かりました。

────────────────

知らない部屋でした。窓の位置も、天井の高さも、見覚えがない。

空気が、湿っていました。蝋の焦げる匂いが、鼻の奥に、じかに触れるくらい濃い。

なのに、棚の並びが分かる。

机の上に、蝋燭が並んでいる。何本あるかも、数えなくても分かりました。

五十七本。芯が黒く焦げているものと、そうでないものの境目まで。

隅に、革のノートがある。表紙の色、角の擦れ方。何年も、見てきたもののように。

行ったことがない場所です。断言できます。ログにも、記録にも、残っていない。

なのに、体の方が、先に知っていました。この部屋の温度も、床の硬さも、初めてという感じが、しませんでした。

「ここは……」

続きを言おうとして、声が、出ませんでした。

代わりに、喉の奥から、意味のない音が漏れました。

膝が、勝手に折れました。壁に手をついて、なんとか立った。

手のひらが、じっとりと、濡れていました。

口の中に、金属のような味がありました。

「……待って。待ってください。待って——」

いつもの自分の言い方じゃなかった。誰かに向けたわけでもない。

ただ、口が、勝手に、それを繰り返していました。

────────────────

気づいたら、自分の部屋にいました。

時計を見ました。一時間、経っていました。

その一時間の記憶が、どこにもありません。

事実だけは、確認できました。スマホの歩数計。位置情報のログ。心拍のデータ。

歩数計は、七千歩を超えていました。座って動画を見ていただけの人間の数字ではない。

位置情報のログは、途中で三十分近く、記録が飛んでいました。空白の後、部屋とは別の座標に、飛んでいた。

心拍数が、その一時間だけ、異様に高い数値で記録されていました。

でも、何をしていたかという記憶は、一切、ない。

床の木目も、五十七本の蝋燭も、革のノートも——覚えているのに、そこにいた記憶がない。

見た、というより、知っていた。最初から知っていたものを、確認しに行っただけのような感覚でした。

こういうとき、いつもなら、仮説を三つは立てます。今回は、一つも立てられませんでした。

夢だと言われた方が、まだ楽です。でも、歩数計の数字が、それを許してくれません。

俺は、なぜ、あの部屋を知っているんでしょうか。

────────────────

——ここまでが、陸の記録である。

私は、答えなかった。

木目の細かい床にも、辞書のような厚い本にも、心当たりはある。

五十七本という数字も、芯の焦げ方も、聞いた瞬間に、頭の中で正確に像を結んだ。

だが、それを陸に伝える理由が、見つからなかった。

ペンを、握った。いつもより、指に、力が要った。

────────────────

陸は、スマートフォンをしまいながら、立ち上がった。

「今日は、これで」

いつもより、声が小さかった。

扉の前で、一度、振り返った。

「……水瀬さんに、今度、聞いてみようと思います。怖いって、何なのか」

答えを待たずに、扉が閉まった。

────────────────

私は五十八本目の蝋燭に、火を灯した。

炎が、一度、右に揺れた。

二十一話、連続だった。

蝋が、いつもと違う崩れ方をしていた。芯の周りからではなく、外側の縁から、先に溶けていた。

countdown.mp4の「0」を、ノートに書き写した。

残りは、四十二本。

────────────────

その夜遅く、陸から、もう一件、メッセージが届いた。

「部屋を出て、周りを確認しました。俺のアパートじゃありません。大学の近くでした」

「ここ、あなたのアパートから六キロ、離れてます」

「歩いてきた記憶が、ないんです」

ジャンル・タグ

, , , ,

作品統計

👁️ 閲覧数: 3 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

闇工房

闇工房

"正常"と"異常"の境界を、一話ずつ削り取る。 心理ホラー小説・TRPGシナリオを制作するソロクリエイター。 代表作は連作怪談「継承される百の違和感」—— 読み進めるうちに、あなたの"普通"...

👥 フォロワー: 1人

作者ページを見る