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アクトと黒曜 ――銃声と魔法、軽口と理屈。関係に名前をつけないまま、共に走る

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📅 公開日: 2026/8/27 📚 シリーズ: アクトと黒曜 ――銃声と魔法、軽口と理屈。関係に名前をつけないまま、共に走る 📝 9,344文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

魔法使いとサイバーサムライ。 理屈っぽい二人のシャドウランナーが、銃と魔法と軽口を交わしながら第六世界を走るバディストーリー。 関係に名前をつけないまま、それでも互いの背中は預けられる。 『Shadowrun』を原作とする二次創作作品です。

本文

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CROW SYSTEM / COMBAT PRIORITY ANALYSIS

SUBJECT A SELF-PRESERVATION: OVERRIDDEN

SUBJECT B SURVIVAL PRIORITY: ELEVATED

MUTUAL PROTECTIVE RESPONSE: CONFIRMED

TACTICAL RATIONALITY: DEGRADED

RELATIONSHIP MODEL: EXPANDING

CROWシステム/戦闘優先順位分析

対象Aの自己保存:上書き

対象Bの生存優先度:上昇

相互保護反応:確認

戦術的合理性:低下

関係性モデル:拡張中

最初の一発が飛んできたとき、アクトはまだ銃を構えていなかった。

 乾いた破裂音が、廃貨物駅の天井を殴った。

 続いて、赤い野球帽のつばが跳ね上がる。

 帽子の上に取り付けられた機械式のウサ耳センサーが激しく揺れ、右耳側の外装から白い火花が散った。

「うわっ」

 アクトは首をすくめた。

 弾丸は帽子をかすめたのではない。

 額の中央に命中していた。

 赤いセルフレーム眼鏡の奥で、青い瞳が一度だけ瞬く。

 衝撃を受けた頭部が後ろへ仰け反ったが、足は動かなかった。コンバットブーツの底が、油と錆に汚れたコンクリート床をしっかり捉えている。

 額には傷一つない。

 オルソスキンと骨格補綴、防具の裏に仕込まれた衝撃分散材が、弾頭の運動エネルギーを受け流していた。

「いったぁ……」

 痛みはある。

 無傷と無痛は、別の話だった。

「伏せなさい!」

 黒曜の声が響く。

 同時に、二発目がアクトの左肩を打った。

 ジャケットが裂け、その下の銀色のサイバーアームに黄色い火花が咲く。クロームの表面に施された細い丁銀細工を、弾丸が一筋削り取った。

「こら!」

 アクトはようやく背中のアサルトライフルを抜いた。

「これ磨くん、めっちゃ時間かかるんやぞ!」

 三発目。

 胸。

 四発目。

 右脇腹。

 五発目は左腿。

 小柄な身体が、立て続けに撃たれる。

 赤い帽子が揺れ、金髪が舞い、銀色の四肢が火花を吐く。

 それでもアクトは倒れなかった。

 むしろ、一歩前へ出た。

 廃貨物駅のホームには、積み上げられた輸送コンテナと、半壊した無人搬送車が並んでいた。頭上には錆びたクレーンレール。左右に伸びる線路は、闇の中で途切れている。

 遮蔽物は多い。

 だが敵も多い。

 敵の数を数えるより先に、銃口の光が暗闇を埋めた。

 右側の高架通路に三人。

 正面のコンテナの上に二人。

 左の保守事務所の窓に四人。

 さらに奥、列車の残骸の陰から重い連射音。

 最低でも十人。

 アクトのサイバーアイが、発砲炎と射線を重ねて表示する。

 そのほぼすべてが、彼女へ向いていた。

「人気者はつらいなあ!」

 アクトは叫び、アサルトライフルを肩へ当てた。

 短い三点射。

 高架通路の一人が、手すりの向こうへ転がる。

 銃口を振る。

 もう一度、三点射。

 保守事務所の窓ガラスが砕け、奥にいた男が頭を下げた。

 黒曜はアクトの六メートル後方にいた。

 長い黒いローブの裾を引き、崩れた貨物台車の陰に身を寄せている。大きな魔女帽子の縁が、弾丸の風圧に震えた。

 黒髪のおかっぱが頬へ張りついている。

 右手には古風な杖。

 紫色の結晶が、呼吸するように明滅していた。

「敵の右側を封じます」

「頼むわ!」

 黒曜が杖の石突きを床へ打ちつけた。

 乾いた音が一つ。

 その直後、廃駅の右半分が歪んだ。

 積み上げられたコンテナが二重に見えた。

 床が斜めに持ち上がり、壁が液体のように波打つ。

 右側にいた敵の銃口が、一斉に別の方向へ向く。

 混沌界。

 視覚だけではない。

 距離感、上下、音の方向、足裏の感覚。

 周囲の現実そのものが、信用できない情報へ書き換えられる。

 敵の一人が空中へ向けて発砲した。

 別の一人は、存在しない柱の陰へ飛び込もうとして床へ転倒した。

「右、空いたで!」

 アクトが走り出す。

 彼女の視界にも、床が大きく傾いて見えた。

 線路が天井へ向かって伸び、コンテナの壁面が足元に変わる。

 だがサイバーイヤーの平衡強化と、サイバーリムの関節角度情報は、床が水平であることを示していた。

 目は嘘をついている。

 機械は違う。

 アクトは迷わない。

 三歩。

 四歩。

 五歩目で、右脚を強く踏み込む。

 銀色のサイバーレッグが床を蹴り、身体が低く滑った。

 敵の一人が、混乱の中で彼女へ気づく。

 アクトは銃を横へ振り、敵のライフルを銃床で叩き上げた。

 火を噴いた銃口が天井を撃つ。

 そのまま懐へ入る。

 左腕を敵の脇へ差し込む。

 腰を落とす。

「よいしょっ!」

 柔術の投げ。

 敵の身体が宙へ浮かび、背中から床へ落ちた。

 呼吸が止まる音。

 アクトは倒れた男を踏み越え、次の敵へ銃口を向けた。

 しかし、混沌界の外にいた敵は冷静だった。

 奥の列車の残骸から、重い発砲音が響く。

 通常のアサルトライフルではない。

 大口径。

 銃声というより、金属板を巨大なハンマーで殴りつけたような音だった。

「アクト!」

 黒曜が叫んだ。

 警告より弾丸のほうが速い。

 アクトの胸部に命中。

 身体が浮いた。

 小柄な身体が一メートル近く後ろへ飛び、コンテナの側面へ叩きつけられる。

 金属壁が大きくへこむ。

 赤い帽子が落ちた。

 金髪が広がる。

 アサルトライフルが手から離れ、床を滑っていった。

 黒曜の顔から血の気が引いた。

「アクト!」

「……うるさ」

 へこんだコンテナの壁から、アクトが身を起こした。

 胸元のジャケットには、大きな穴が開いていた。

 防弾プレートの表面が割れ、白い繊維が露出している。

 その下。

 生身の胸元には、赤い痣が浮かび始めていた。

 だが血はない。

 骨も折れていない。

 肺も動いている。

「いっつ……何や今の」

 アクトは胸を押さえた。

 息を吸う。

 痛い。

 だが動ける。

 サイバーアイが、奥の射手を拡大する。

 列車の残骸の陰。

 固定脚付きの大型ライフル。

 装甲目標用の弾薬。

「対物持ちかいな。そら痛いわ」

 彼女は落ちた帽子を拾った。

 潰れたウサ耳センサーを指で起こし、もう一度かぶる。

「大丈夫なのですか」

 黒曜の声が震えていた。

「見ての通りや」

「見たところ、胸部へ大口径弾を受けています」

「それも見ての通りやな」

「あなたはなぜ立っているのです」

「丈夫やから」

 アクトは床のライフルへ向かって歩き出した。

 その瞬間、左右から一斉射撃。

 十数発の弾丸が飛来する。

 肩。

 腕。

 腹。

 脚。

 背中。

 クロームの四肢が弾丸を弾き、細かい火花が線を描く。

 アーマージャケットが裂け、布片が舞う。

 アクトは腕で顔を覆ったまま進む。

 一歩。

 二歩。

 右膝に被弾。

 関節が一瞬だけ沈む。

 制御系が衝撃を補正し、姿勢を立て直す。

 三歩。

 左肩に二発。

 上体が振られる。

 四歩。

 脇腹に一発。

 息が漏れる。

 五歩目で、ライフルを拾った。

「黒曜!」

「聞こえています」

「あのデカいやつ、黙らせられるか!」

 返事はすぐには来なかった。

 黒曜は貨物台車の陰で、杖を両手に持っていた。

 青白い顔。

 唇から血が一筋流れている。

 混沌界を維持したまま、大口径射手を探っていたのだ。

 敵の装備には、魔法対策が施されている。

 護符。

 防護術式。

 さらに射手の周囲には、ぼんやりとした霊的な霞がある。

 敵側にも魔術支援がいる。

 黒曜は目を閉じた。

「黙らせます」

 短く言い切る。

 杖の紫晶が強く光った。

 彼女の周囲で空気が沈んだ。

 音が一瞬、遠くなる。

 黒曜の意識が、物質界の表面から深く沈み込む。

 アストラルの視界。

 敵の生命が火のように浮かぶ。

 奥の射手。

 その背後に、隠れている魔法使い。

 痩せた男。

 術式を維持しながら、大口径射手を魔法的に補助している。

 黒曜は標的を選んだ。

 射手ではない。

 魔法使い。

「あなたの術式は、粗雑です」

 敵には聞こえない声で言う。

 黒曜の左手が宙を切った。

 不可視の力が、遠距離を一息で駆け抜ける。

 敵魔法使いの防護が弾けた。

 紫と青の光が、列車の陰で爆ぜる。

 男の身体が壁へ押しつけられた。

 護符が砕ける。

 同時に、対物ライフルの射手が銃を取り落とした。

 補助術式が切れた。

「やった!」

 アクトが笑う。

 だが黒曜は返事をしなかった。

 杖の紫晶が暗くなる。

 彼女の膝が崩れた。

「黒曜?」

 魔法は成功していた。

 完璧に。

 だからこそ、反動も完全だった。

 過剰な魔力を一気に通した代償が、術者の内側へ返ってくる。

 ドレイン。

 黒曜の視界が白く染まる。

 喉の奥に鉄の味。

 鼻から血が流れ、床へ落ちた。

 彼女は片手をつこうとした。

 力が入らない。

 杖が床へ倒れ、甲高い音を立てた。

 混沌界が消える。

 歪んでいた駅が、突然本来の形へ戻った。

 敵兵たちは一瞬だけ戸惑ったが、すぐに状況を理解した。

 魔法が切れた。

 術者が倒れた。

 そして、アクトは遮蔽物の外にいる。

「……あかん」

 アクトの声から笑いが消えた。

 敵の銃口が、一斉に黒曜へ向く。

 倒れた魔法使い。

 戦力外。

 無防備。

 優先して排除すべき標的。

 それは敵にとって、あまりにも正しい判断だった。

「それは、あかんやろ」

 アクトは走った。

 黒曜まで十二メートル。

 敵が引き金を絞る。

 銃撃音が重なり、一つの巨大な轟音になる。

 アクトは黒曜と敵の間へ滑り込んだ。

 膝をつく。

 身体を広げる。

 左腕を黒曜の頭の前へ。

 右腕で胴を覆う。

 背中を敵へ向けた。

 弾丸が降り注いだ。

 背部装甲へ連続着弾。

 金属音。

 布が裂ける音。

 クロームへ弾頭が食い込む音。

 帽子が再び飛ばされる。

 金髪が弾風にあおられる。

 一発が右肩の継ぎ目へ入った。

 エラー表示が視界に浮かぶ。

 右腕出力、八十二パーセント。

 二発目が左腿。

 外装損傷。

 三発目が腰部。

 衝撃吸収限界に接近。

 四発目。

 五発目。

 六発目。

 数えるのをやめた。

 アクトはただ、黒曜を覆った。

「……アクト」

 黒曜がかすれた声を出す。

「喋んな」

「私は……まだ、術式を」

「無理や」

「可能です」

「手ぇ震えとるやろ」

「これは、一時的な生理的反応です」

「戦力外っちゅうねん」

「訂正を要求します」

「却下や」

 アクトの背中へ、さらに銃弾が叩き込まれる。

 身体が前へ押される。

 黒曜の上へ覆いかぶさりそうになり、両腕で床を支えた。

 銀色の指がコンクリートへ食い込む。

 クロームの表面には無数の傷。

 丁銀細工は削れ、黒い火薬汚れがこびりついている。

 それでも腕は折れない。

「なぜ」

 黒曜が問う。

「何や」

「なぜ、遮蔽物へ移動しないのです」

「移動したら、お前に当たるやろ」

「私は防御術式を」

「今のお前が張ったら、死ぬやろが」

 黒曜は黙った。

 アクトの身体越しに、射撃の衝撃が伝わってくる。

 一発ごとに、小さな身体が震える。

 無傷。

 確かに、まだ無傷だった。

 装甲は削れている。

 サイバーリムの外装も傷だらけ。

 防具はほとんど原形を失っている。

 胸には痣が広がり、呼吸のたびに痛みが走る。

 だが致命傷はない。

 それでも黒曜には、彼女が少しずつ壊れていくように見えた。

 撃たれるたびに。

 守るたびに。

「アクト」

「今度は何や」

「十一時方向。保守事務所の下」

 黒曜は目だけを動かしていた。

 魔法は使えない。

 立つこともできない。

 それでも観察はできる。

「弾薬箱があります」

 アクトの視界が、示された位置を拡大する。

 保守事務所の一階。

 崩れたシャッターの奥。

 黄色い危険物表示。

 古い燃料セルと、敵が持ち込んだ予備弾薬箱。

「距離は?」

「二十八メートル」

「間にコンテナ二枚」

「一枚目は薄い。二枚目の下部には腐食があります」

「見えとるんか」

「私は完璧です」

「今、地面に転がっとるけどな」

「姿勢と能力は無関係です」

 アクトは口元を歪めた。

「ほな、使わせてもらうで。完璧な観測」

 彼女は左腕で黒曜を覆ったまま、右手のアサルトライフルを持ち直した。

 右肩の出力が落ちている。

 照準が微妙に揺れる。

 スマートリンクが補正値を出す。

 アクトは呼吸を止めた。

 敵は撃ち続けている。

 背中への衝撃。

 肩への衝撃。

 右腕の照準が跳ねる。

 それでも銃口を、十一時方向へ向けた。

「一枚目、抜く」

 引き金。

 短い連射。

 弾丸が薄いコンテナ壁を貫く。

「下へ四十センチ」

 黒曜が言う。

 アクトは銃口を下げる。

「右へ二十」

 修正。

「そこです」

 引き金を絞る。

 弾丸が腐食した金属板を突き破り、その向こうの燃料セルへ届いた。

 一瞬の沈黙。

 次の瞬間、保守事務所の下部が膨れ上がった。

 白い閃光。

 爆発。

 弾薬箱が誘爆し、衝撃波が駅構内を駆け抜ける。

 窓ガラスが一斉に砕けた。

 高架通路の敵が吹き飛ぶ。

 コンテナ上の二人が伏せる。

 駅の右半分が炎と煙に包まれた。

 銃撃が止まる。

「今や!」

 アクトは黒曜の身体を抱き上げた。

 細身だが背は高い。

 アクトよりずっと大きい。

 それでもサイバーアームは容易に持ち上げる。

「下ろしなさい」

「歩けるんか」

「歩行能力に問題は」

 黒曜の足が床についた。

 膝が折れた。

「あるやん」

「これは床面が不安定なためです」

「床、めっちゃ平らやで」

 アクトは黒曜を左肩へ担ぎ上げた。

 長いローブが背中に垂れ、魔女帽子は貨物台車のそばに残された。

「帽子」

「諦め」

「高価なのです」

「命より安いやろ」

「比較対象として不適切です」

「元気やな!」

 アクトは煙の中を走る。

 右腕の出力低下。

 左腿の外装損傷。

 背部装甲限界。

 サイバーアイの表示が、警告で埋まっている。

 その向こうに、脱出経路。

 保守用の側扉まで二十メートル。

 敵が煙の中から姿を現す。

 一人。

 アクトは走りながら射撃。

 敵の足元を撃ち、進路をずらす。

 二人目。

 弾切れ。

「ちっ」

 ライフルを捨てる。

 左腿のホルスターから拳銃を抜く。

 三発。

 敵がコンテナの陰へ退く。

 黒曜を担いだまま、アクトは側扉へ近づく。

 あと八メートル。

 背後で、重い金属音。

 対物ライフルの射手が、予備武器を構えていた。

 大型の自動散弾銃。

 至近距離。

 射線上にはアクトの背中。

 その肩に黒曜。

 避ければ、黒曜が撃たれる。

 アクトは振り返った。

「頭、下げ!」

 黒曜の身体を抱き込み、自分の胸元へ押しつける。

 銃声。

 散弾がアクトの背中へ叩き込まれた。

 ジャケットの残骸が吹き飛ぶ。

 身体が前へ倒れる。

 だが転ばない。

 右脚を踏ん張る。

 平衡強化が姿勢を再計算。

 反応力強化が、次の動きを先に作る。

 アクトは黒曜を片腕で抱えたまま、身体を回した。

 拳銃を撃つ。

 一発。

 射手の散弾銃が跳ねる。

 二発。

 肩。

 三発目は撃たなかった。

 距離を詰める。

 射手は大柄だった。

 アクトの倍近い体重。

 だが重さは、投げられない理由にならない。

 アクトは黒曜を床へ滑らせるように下ろし、敵の腕を取った。

 散弾銃の銃口を外へ向ける。

 敵が殴りかかる。

 アクトは頭を沈めた。

 拳が帽子のない頭上を通過する。

 懐へ入る。

 右足を敵の足の外へ。

 腰をぶつける。

 肘を引く。

 身体を回す。

 大柄な射手の足が床から離れた。

「せぇ、のっ!」

 敵が宙を舞った。

 背中から床へ落ちる。

 散弾銃が転がる。

 アクトは敵の腕を捻り上げ、肩関節を固定した。

「まだやる?」

 敵が何かを言おうとする。

 アクトは少しだけ力を加えた。

 関節が軋む。

「聞こえへんかった?」

 男は武器から手を離した。

「よろしい」

 アクトは立ち上がる。

 黒曜を見る。

 彼女は床へ座り込み、壁にもたれていた。

 顔は青白い。

 鼻血は止まっていない。

 だが目は開いている。

「立てる?」

「当然です」

「ほんまに?」

「ええ」

 黒曜は壁へ手をつき、立ち上がろうとした。

 脚に力が入らない。

 ゆっくりと元の位置へ座り直す。

「……現在は、立つ必要性がありません」

「そら便利な理屈やな」

 アクトは笑った。

 そのとき、側扉の向こうで車のエンジン音が鳴った。

 回収車両。

 デッカーが遠隔で寄越した無人バンだ。

 扉が開く。

「ほら、帰るで」

 アクトが黒曜へ手を伸ばす。

 黒曜はその手を見た。

 銀色のクローム。

 傷だらけ。

 火薬で黒く汚れ、丁銀細工の一部は削れている。

 指先には、弾丸の破片が食い込んでいた。

「あなたは」

 黒曜が言った。

「ん?」

「負傷していないのですか」

「してへんで」

「大量に被弾していました」

「当たっただけや」

「それを一般的には負傷と呼びます」

「血ぃ出てへんやろ」

 アクトは自分の身体を見下ろした。

 ジャケットは穴だらけ。

 胸元の防弾材は裂けている。

 サイバーリムには無数の弾痕。

 右肩の動作にはわずかな遅延。

 左膝から細い煙。

 帽子は失った。

 ウサ耳センサーもたぶん修理が必要だ。

 だが肉体は無事。

 歩ける。

 撃てる。

 まだ戦える。

「ほらな。無傷や」

「その言葉の定義について、後ほど議論が必要です」

「元気になってからにしてや」

「私は元気です」

「戦力外やったやん」

「魔力反動による一時的な機能低下です」

「それを戦力外言うんや」

 黒曜は不満そうに目を細めた。

 アクトはその身体を再び抱き上げる。

「自分で歩けます」

「ほな歩いてみ」

 黒曜は黙った。

「素直でよろしい」

 アクトが無人バンへ向かう。

 背後では、燃料セルの火が廃駅の天井を赤く照らしていた。

 砕けたガラス。

 転がる薬莢。

 煙の中で明滅する非常灯。

 ほんの数分前まで静かだった貨物駅は、砲撃を受けた戦場のように変わり果てている。

 その中心を、赤い帽子を失った金髪の少女が歩いていた。

 腕の中には、動けなくなった黒衣の魔法使い。

 少女の身体には、数え切れないほどの弾痕がある。

 だが一滴の血も落ちていない。

 無人バンの後部ドアが開く。

 アクトは黒曜を座席へ寝かせた。

 医療キットを起動する。

 自動診断アームが伸び、黒曜の瞳孔と脈拍を確認する。

「重度の疲労、急性ストレス反応、魔力行使に伴う身体負荷……やて」

「診断精度が低い機器です」

「今のお前よりは正確やろ」

「比較根拠を提示してください」

「まだ言うか」

 アクトは黒曜の鼻血を布で拭いた。

 乱暴に見えて、手つきは慎重だった。

 黒曜は抵抗しない。

 代わりに、アクトの胸元へ目を向けた。

「そこを見せなさい」

「何を」

「被弾箇所です」

「嫌や」

「なぜです」

「下着見えるやん」

「医療行為です」

「お前、医者ちゃうやろ」

「身体構造については理解しています」

「サイバーリムの整備もまともにできへんくせに」

「魔術師に機械整備を要求すること自体が不合理です」

「ほな、あたしの身体見るんも不合理やな」

 黒曜は数秒黙った。

「では、ストリートドクへ直行します」

「帰って寝たい」

「却下します」

「何でや」

「あなたは自分を無傷と誤認しています」

「誤認ちゃう」

「胸部に対物弾。背部に散弾。その他、少なくとも三十発以上」

「数えとったん?」

「途中までは」

「暇やったんやな」

「あなたが私の上で撃たれ続けていたため、他に観察対象がありませんでした」

 アクトは返事をしなかった。

 無人バンが動き出す。

 貨物駅が遠ざかる。

 窓の外では、赤い炎が闇の中へ沈んでいった。

 しばらくして、黒曜が言った。

「アクト」

「何や」

「先ほどの行動は、合理的ではありません」

「どれ」

「私を庇ったことです」

「ああ」

「あなたが倒れれば、撤退能力が失われます。私はすでに戦闘能力を喪失していました。戦術的価値で比較すれば、優先すべきはあなたの生存です」

「せやな」

「では、なぜ」

「お前に当たったら死ぬやろ」

「質問への回答になっていません」

「なっとる」

「私は、あなたより戦術的価値が低下していました」

「せやから何やねん」

 アクトは右腕の外装から、食い込んだ弾丸の破片を爪で引き抜いた。

 小さな金属片が床へ落ちる。

「戦力外になった仲間を、そのまま撃たせるほど、あたし賢くないねん」

「それは知性ではなく、判断基準の問題です」

「ほな、その判断基準がそうなんや」

「非合理です」

「お前もやろ」

 黒曜の目が細くなる。

「私は常に合理的です」

「対物持ちの後ろに魔法使い見つけたからって、一人で無理して焼きに行って、ドレイン食らって倒れたやつが?」

「あれは必要な攻撃でした」

「結果、立てんようになったやん」

「敵術者の排除には成功しました」

「あたしが撃たれまくるんも、敵の弾使わせて、お前を守れて、最後は全員倒したんやから成功やな」

「それとこれとは」

「何が違うん?」

 黒曜は口を閉じた。

 アクトは笑う。

「似たもん同士やな、あたしら」

「撤回してください」

「嫌や」

「私はあなたほど無謀ではありません」

「今日、戦力外になったんはどっちやっけ」

「一時的機能低下です」

「はいはい」

 アクトは座席へ背中を預けた。

 その瞬間、顔がわずかに歪む。

 散弾を受けた箇所が、背もたれへ触れた。

 黒曜はそれを見逃さなかった。

「痛むのですね」

「痛ない」

「今、表情が変化しました」

「車が揺れただけや」

「路面は平坦です」

「うるさい」

 黒曜は身体を起こそうとした。

 すぐに眩暈が来て、座席へ戻る。

 それでも手を伸ばした。

 白く細い指が、アクトの銀色の右腕へ触れる。

 弾痕の一つをなぞる。

「……傷だらけです」

「磨けば戻る」

「装飾が削れています」

「彫り直せばええ」

「右肩の応答も遅延しています」

「調整すれば治る」

「胸部は生身です」

「痣だけや」

「あなたは、何をもって無傷と定義しているのです」

 アクトは窓の外を見た。

 街の灯りが流れていく。

 赤。

 青。

 紫。

 雨に濡れた道路へ、ネオンが長く伸びている。

「あたしが動けて、お前も生きとる」

 それだけ言った。

「それで十分や」

 黒曜は彼女を見つめた。

 反論を探している顔だった。

 だが、見つからなかったらしい。

 代わりに、銀色の腕へ触れたまま目を閉じる。

「次回は」

 黒曜が小さく言う。

「何や」

「私が先に倒れることはありません」

「そうしてや」

「あなたも、必要以上に被弾しないでください」

「必要な分しか当たってへん」

「三十発以上が必要だったとは思えません」

「全部お前に飛んどったやつや」

「……そうですか」

「せや」

 黒曜は、それ以上何も言わなかった。

 無人バンは夜の街を走り続ける。

 座席の下には、アクトの身体から剥がれ落ちた弾頭の破片が散らばっている。

 クロームの腕には傷。

 脚には焦げ跡。

 胸には大きな痣。

 背中には散弾の跡。

 それでも彼女は、自分を無傷だと言った。

 たぶん明日になれば、ストリートドクに怒鳴られる。

 修理費の請求を見て、もっと大きな声で怒鳴る。

 丁銀細工を彫り直す間、ずっと機嫌を悪くする。

 黒曜は数日、魔法を使えない。

 そしておそらく、自分は戦力外ではなかったと主張し続ける。

 いつもと同じだった。

 ただ一つ違うのは、眠りへ落ちる直前まで、黒曜の指がアクトの傷ついた腕から離れなかったことだけだ。

 アクトはそれに気づいていた。

 だが、何も言わなかった。

 外す理由も、特になかった。

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作者について

矢塚和哉

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