異世界ガチャは一日一回(一)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
長編&連作 作品集
本文
異世界ガチャは一日一回(一)
いつも通る通勤通学路の雑居ビルの狭間に、昨日まで存在しなかった古びたゲームセンターが佇んでいた。
色あせた看板には『レトロアミューズメント』の文字。こんな街の一角に、いつの間に店などあっただろうか。
奇妙な違和感に引き寄せられるまま、佐藤純は重いガラス戸を押し開けた。
薄暗い室内の奥に、一台だけぽつんと場違いなガチャガチャが鎮座している。
筐体は昭和の古いプラスチック製で、あちこちが黄ばみ、傷だらけだった。硬貨の投入口だけがぽっかりと口を開けている。
魔が差したのか、ただの好奇心か。
ポケットを探ると、なぜか一枚の百円玉があった。投入口へ滑り込ませ、レバーを力任せに回す。
ゴリゴリと重い金属音が響いた瞬間、まばゆい閃光が視界を埋め尽くした。
気がつけば、足の下にはどこまでも続く真っ白な砂漠が広がっていた。
手元には、ずっしりと重いカプセル。
呆気にとられる間もなく、背後からズズズ……と地響きが迫る。
振り返ると、巨大なサソリ型の魔物が鋏を鳴らし、猛スピードで突進してきていた。
恐怖で心臓が跳ね上がる。純は慌ててカプセルの蓋を捻り開けた。
転がり出たのは――一転して生活感あふれる、ただのフライパン。
『おい若造、背中がガラ空きだぜ』
金属音とは思えない渋い声が脳内に響く。
反射的にフライパンを掲げると、突進してきたサソリの鋏が直撃した。
カンッ。
澄んだ高い音が鳴り響く。
反動で勢い余ったサソリはズザーッと派手に足元を滑らせ、そのまま巨体を砂煙に沈めた。
『いいぞ、そのまま頭をぶっ叩け』
フライパンの指示通りに振り下ろすと、サソリはグルグルと目を回し、そのまま白目を剥いて動かなくなった。
「……まじかよ」
手に残る金属の重みと、倒れた巨大な化け物を見比べ、純は深く、深くため息をついた。
それからというもの、奇妙な日常が始まった。
ガチャは一日に一度だけ。日付が変わると、勝手にカプセルが転がり出てくる仕組みらしい。
「一日一回だから、今日はもう終わりか」
ハズレばかりのくせに、この制限のせいか、毎日レバーを回す瞬間だけは妙に期待で胸が高鳴ってしまう。
ある日は、深い森の真ん中で巨大な猪男に追いつめられた。
絶体絶命のピンチにカプセルから飛び出したのは、『魔物が眠るラッパ』。
純は意気揚々と息を吹き込んだ。
プァ〜……と響き渡ったのは、なんともショボく哀愁の漂う演歌のメロディ。
猪男はピタリと足を止める。
眠るどころかポケットからハンカチを取り出し、目元を拭いながらしみじみと己の人生を語り始めてしまった。純はツッコむ気力すら失い、ただ静かに話を聞いてやった。
またある日は、底冷えする雪山で『空飛ぶ長靴』を引き当てた。
履いた瞬間に時速百キロで暴走し、目の前の魔鳥のお尻へと顔面からダイブ。情けない悲鳴を上げながら雪原を転げ回る羽目になった。
極めつきは、火山で遭遇した史上最強のブラッドドラゴン。
震える手で開けたカプセルから出てきたのは『顔だけ透明になる帽子』。
帽子をかぶると、胴体だけが浮いた不審人物が完成した。
困惑したドラゴンが仲間を呼び出し、一緒に支給された『ドラゴン語翻訳メガネ』をかけると「最近、人間たちの視線が痛くてさ……」とまさかの思春期みたいな悩みを打ち明けられる。戦いはいつの間にか人生相談に変わっていた。
あきれ果てて、肩を落とす。
それでも次の日になると、やっぱり純はガチャの前に立っていた。なんだかんだ言いながら、自分はこの異常な日々を楽しんでいるのかもしれない。
当たりもあれば、どうしようもない外れもある。
いつだったか引き当てた剣などは、爪楊枝ほどのサイズしかなかった。
スライムに突き出しても「つまようじ美味しいね」と舐め回されるだけで、何の役にも立たない。純は呆れて頭を抱えた。
けれど、なぜか捨てる気にはなれず、そっと財布の中にしまい込んでおいた。
まさかその極小の剣が、のちに王宮の宝物庫の頑丈な鍵穴をいとも簡単にこじ開けることになるなんて、この時は思いもしなかった。
そして、奇妙な旅を続けて一ヶ月目の朝。
カプセルを受け取ると、これまでに見たこともない眩い虹色の輝きが周囲を包み込んだ。
息を呑みながら、ゆっくりと殻を割る。
中から現れたのは、重厚な質感を持つ、大きめな金色の鍵。
空間がぐにゃりと歪む。
目の前に現れたのは、あの見慣れた古びたゲームセンターへ続く半透明の扉だった。
異世界と、現実。二つの世界が、その鍵によって静かにつながった。
手元に残る金色の鍵は、じわりと温かい。
これは……ただの気まぐれなガチャじゃなかったのかもしれない。
ハズレばかりのドタバタな冒険と、手に入れた自由。胸の奥に、言葉にできない小さな感動が広がっていく。
足元のガチャ筐体にそっと手を触れ、純はニヤリと口角を上げた。
「また明日も来るよ」
そう呟いて、純は軽やかな足取りで現実世界の扉をくぐり抜けた。
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