異世界ガチャは一日一回(二)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
長編&連作 作品集
本文
異世界ガチャは一日一回(二)
金色の鍵を手に入れてから、純の日常はさらに奇妙な色を帯びていった。
「はぁ……今日も定時で帰れる気がしない」
残業続きの会社を出ながら、純はそう独りごちた。異世界で命がけの戦いをしているというのに、現実の方がよほど疲れる日もある。ドラゴンの悩み相談に付き合うより、部長の武勇伝を聞かされる方が正直つらい。
ガチャは相変わらず一日に一度。だが、いつでも帰れるという安心感のおかげで、以前のような命がけの必死さは薄れ、代わりに妙な余裕が生まれていた。
「今日はどんなハズレだよ」
そう呟きながらレバーを回すのが、いつしか日課になっていた。飲み会の一次会を早めに切り上げる理由が「ガチャがあるので」になったあたり、我ながら末期だと思う。
ある夜、転がり出たカプセルから出てきたのは、一巻きのガムテープだった。
「……ガムテープ? 引っ越し業者かよ」
首をかしげたその時、部屋の照明がチカチカと点滅し始めた。次の瞬間、白い光がまるで一枚の扉のように大きく広がり、純の体をそのまま呑み込んでいく。
気づけば純は、炎を吐く巨大な魔犬の目の前に立たされていた。涎を撒き散らしながら唸る顔面、体長は軽トラ二台分はありそうだった。
「うそでしょ、初手からラスボス枠じゃん!」
逃げ場もなく、とっさに手にしていたガムテープを、大きく開かれた魔犬の口元めがけて叩きつける。
ビタッ。
咆哮も炎も出せなくなった魔犬は、「モガッ、モガーッ」と間抜けな声を漏らしながら地面を転げ回るばかりになった。
巨体が転がるたびに土煙が上がり、さながら巨大な丸太が転がっているようだった。
「……効いた。しかもめちゃくちゃダサい負け方してる」
純は自分でも半信半疑のまま、涙目でもがく魔犬を横目に、その隙にその場を後にした。テープの端、まだかなり余ってるな、と冷静に思ったのは内緒である。
また別の夜。今度は帰宅途中、エレベーターに乗り込んだ瞬間だった。扉が閉まりきる直前、天井のLEDライトがふっと消え、代わりに床一面が淡く発光したかと思うと、そのまま抗う間もなく足元が抜けた。
気づけば純は、森の奥、牙を剥いて唸る巨大な獣に追い詰められていた。
もうダメかと思ったその瞬間、握っていたカプセルを慌てて開けた。
転がり出てきたのは――耳かき。
「……よりによって、耳かき?」
なぜか純の手は無意識に耳かきを構えていた。
「ダメ元だ……! 効かなかったら普通に死ぬけど!」
震える手で獣の耳にそっと差し込むと、獣はビクッと体を震わせたかと思うと、白目を剥いてぐでっと脱力してしまった。全体重を後ろ足に預けて崩れ落ちる姿は、まるで温泉に浸かったおじさん。
「……あれ?」
恐る恐る撫でてみると、獣はゴロゴロと喉を鳴らし、すっかり懐いてしまった様子。
「お前、まさか気持ちよかっただけなのか……人生イージーモードすぎるだろ」
呆気に取られながら耳かきをしまおうとした、その時だった。
ガサガサ、と茂みが揺れたかと思うと、別の獣がひょっこりと顔を出す。続いてもう一匹、さらにもう一匹。気づけば純の周りには、様々な魔物たちがいつの間にか列を作っていた。全員、期待に満ちた目でこちらをじっと見つめている。順番待ちの整理券でも配りたい気分だった。
「……え、まさかお前らも?」
一匹が待ちきれないとばかりに、耳をこちらへ突き出してくる。後ろの方では小競り合いすら始まっていた。
「いや、ちょっと待って、そんな行列作られても……! 俺、耳鼻科医じゃないんだけど!」
収拾のつかなくなった純は、悲鳴のような声を上げながら、慌てて金色の鍵を取り出し、無理やり空間に扉をこじ開けて、ほうほうの体で現実へと逃げ帰った。魔物たちの「まだかー」という遠吠えが、扉の閉まる寸前まで響いていた。
そうしてドタバタとした日々が続いたある晩、純が自室で洗濯物を畳んでいると、たたんだばかりのタオルの表面がぶわりと波打った。
「え、待って、これ乾燥終わったばっかりのやつなんですけど」
驚いて手を離す間もなく、タオルは純の手を呑み込み、そのまま体ごと引きずっていった。
転移した先は、これまでとは明らかに空気の違う場所。
見上げるほど巨大な扉が、目の前にそびえていた。
「……でか。何、これ最終ボスの部屋?」
思わず声が漏れる。分厚い金属の扉には精緻な彫刻が施され、明らかにただの建物の入り口ではないとわかる重々しさがあった。
ふと、背後に気配を感じて振り返る。
五メートルほど離れた場所に、RPGよろしく、鎧の姿をした番兵が何体も並んでいた。中身のない、魔法で動く鎧――生きた鎧。彼らは一様に、純とは反対の方向、通路の奥を睨むように直立不動で立っている。微動だにしない様が、朝礼で寝ている新入社員より姿勢がいい。
(まさか、扉の真ん前に飛ばされるとは……これもう完全に不法侵入者のポジションじゃん)
肝が冷えたのも束の間、鎧たちがこちらを一切気にしていないことに気づく。どうやら彼らの警戒は「前方」だけに向けられているらしい。多少身じろぎしたところで反応する様子はない。
(なるほど……油断って、こういうことか)
胸を撫で下ろしながら周囲を見渡すと、巨大な扉の脇に、明らかに不釣り合いなほど小さな扉があることに気づいた。まるで大豪邸の裏に勝手口があるような、妙に生活感のある佇まいだった。
近づいてみると、そこにはこれまた小さな鍵穴が一つ。
「こんな小さいの、何を使えば……南京錠のミニチュアか」
首をひねったところで、ふと財布の中身を思い出す。
「そうだ、こいつ……」
取り出したのは、あの爪楊枝ほどの小さな剣だった。スライムに舐められただけで何の役にも立たなかった、あの一本。捨てなくてよかった、と純は久しぶりに自分を褒めた。
半信半疑のまま鍵穴に差し込むと、カチャリと小さな音を立てて、あっさりと扉が開いた。
「……マジか。お前、剣というより合鍵だったんかい」
鎧たちは微動だにしない。純は息を潜めながら、そっと中へと足を踏み入れた。
扉の中は、山のように積まれた財宝で埋め尽くされていた。金貨、宝石、見たこともない古い武具。まるでゲームの隠し部屋に迷い込んだようだった。だがその中心に、ぽつんと置かれた黄色い小箱だけが、やけに目を引いた。周りの金銀財宝が霞むくらい、地味な存在感を放っている。
近づいてよく見ると、そこにもまた、あの小さな鍵穴があった。
「……お前、これも開けられるのか? 万能すぎるだろ、爪楊枝の分際で」
半ば呆れながらも剣を差し込む。カチリ、と音がして、箱の蓋がひとりでに持ち上がった。
中から溢れ出したのは、眩い光。
光が収まると、そこには一人の男が立っていた。
しっかりとした鎧に身を包み、腰には見事な長剣を提げている。歴戦の勇者、という言葉がそのまま似合う出で立ちだった。少なくとも、耳かきで白目を剥く獣たちよりは遥かに絵になる登場だった。
男は数度瞬きをすると、目の前に立つ純をまじまじと見つめた。
「……お前、人間か?」
「え、はい。人間ですけど」
男の表情が、驚きに変わる。
「そうか……人間が、こっちに来られるのか」
独り言のように呟いたかと思うと、男はゆっくりと自分の身体を見下ろした。まるで、そこにあること自体を確かめるように。
「じゃあ、俺も……帰れるのか」
話を聞くと、男もまた、かつて純と同じように、どこからともなく一つのカプセルを手渡された過去を持っていた。誰に、どうやって渡されたのかは本人もよく覚えていない。ただ気づけばそれを開き、この世界に飛ばされていたのだという。
「ちなみに俺、ついこの前、耳かき出て魔物を手なずけました」
「……お前の話、あとで詳しく聞かせろ」
男は真顔でそう言った。純のガチャアイテムの話を聞きたそうにしていた、変な勇者である。
そこから先は、まさに勇者としての物語だった。数々の魔物を退け、ついには魔王を討伐。だが功績が大きくなりすぎたことを恐れた王に裏切られ、謀られてこの小さな箱に封じられてしまったらしい。
一日一回のガチャは、今日もまた――純の知らないところで、確かに誰かの時間を動かしていた。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。