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1-13 未来視の魔女

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/8/28 📚 シリーズ: アストラリア大陸事変 📝 4,999文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

魔王亡き世界で、再び魔の時代が動き出す。 魔王ゼルヴァディスが討たれてから、六百二十八年。 平和を取り戻したアストラリア大陸では、三つの主要勢力が微妙な均衡を保ちながら共存していた。 しかし、今なお人の立ち入れない旧魔王領では、魔物たちが静かに活動範囲を広げ始めていた。 各地では怪しい薬が出回り、魔王を崇める新興宗教も勢力を増していく。 そんな異変をまだ知らず、自由交易都市に暮らす青年レオン・ヴェスタは、見知らぬ世界を求めて旅立つ。 やがて彼は、森の外へ憧れる若きエルフの癒し手フィリアと、その護衛リュシアに出会う。 三人の小さな旅立ちは、やがて国家、宗教、人間、魔物――大陸に生きる者すべてを巻き込む事変へ繋がっていく。 善と悪の境界が揺らぐ世界で、彼らは何を知り、何を選ぶのか。 これは、魔王亡き世界で再び動き始めた、魔の時代を巡る物語。

本文

新暦六二八年四月七日。

夜。

エルフの里は、静かな夜に包まれていた。

昼間のざわめきはすでに遠く、木々の間には精霊灯の淡い光が揺れている。

湖面には月が映り、風が吹くたび、銀色の波紋が静かに広がっていた。

その里の奥。

長老アルヴァン・エルフェリアの自宅では、暖かな灯りがともっていた。

アルヴァンは一人、椅子に腰かけて本を読んでいる。傍らの小卓には、湯気の立つ茶が置かれていた。

食後の読書と茶。それは、アルヴァンにとって長い年月の中でも変わらない、お気に入りの時間だった。

彼は千年近くを生きている。人間の王が何代も代わり、国の形が変わり、街道ができ、戦が起こり、また平和が戻る。

そんな歴史の流れを、彼は見てきた。

当然、読んできた本の数も並ではない。

歴史書。

詩集。

魔法理論書。

旅人の手記。

失われた国の記録。

人魔戦争の証言。

名もなき誰かが残した日記。

長く生きれば、読むべきものは尽きるかと思っていた時期もあった。だが、不思議なことに、そうはならなかった。

本は、読むたびに違う顔を見せる。

若い頃に読んだ物語は、歳を重ねてから読むと、まるで別の意味を持つことがある。

過去には気づかなかった一文に、何百年も後になって心を掴まれることもある。

今、アルヴァンが読んでいる本も、もう何度読んだか分からないものだった。古い旅人の紀行文である。

文章は決して洗練されていない。誤字も多い。地名も今とは変わっている。

だが、その不器用な記録の中には、若い旅人が初めて世界を見た時の驚きが詰まっていた。

アルヴァンは、こういう本が好きだった。完成された叙事詩よりも、時にこうした素朴な記録の方が、遠い時代の息遣いを感じさせてくれる。

彼は静かにページをめくり、茶を一口含んだ。

その時、控えめなノックが響いた。

「アルヴァン様」

侍女の声だった。

「どうぞ」

扉が開き、侍女が一礼する。

「来訪者です」

「こんな時間にかい?」

アルヴァンは少し目を瞬かせた。夜に客が来ること自体は、全くないわけではない。

だが、里は日が暮れると静かに過ごす者が多い。特別な用でもない限り、訪問は珍しかった。

「どなたかな?」

「メリア様です」

その名を聞いて、アルヴァンの表情が柔らかくなる。

「なるほど。通しておくれ」

「かしこまりました」

侍女が下がる。

アルヴァンはしおりを挟んで本を閉じた。それから、飲みかけの茶を手に取る。

本を棚へ戻し、ゆっくりと立ち上がる。

「さて、珍しいこともあるものだね」

そう呟きながら、アルヴァンは来賓室へ向かった。

来賓室に入ると、すでに客はソファーに座っていた。

メリア・ルーンリーフ。

里で占い師として知られる女性である。柔らかな笑みを浮かべ、いつものように飄々としている。

年齢を感じさせない不思議な雰囲気を持ち、誰に対しても気安く接する。アルヴァンに敬語を使わない、数少ない存在でもあった。

「遅い時間にすまないねぇ」

メリアはアルヴァンを見ると、にこりと笑った。アルヴァンも微笑み返す。

「いやいや、全く気にしなくて大丈夫だよ。暇をしていたところだからね」

「暇ねぇ。あんたが読む本に困ることなんてなさそうだけど」

「困ってはいないよ。ただ、誰かと話す時間も悪くない」

アルヴァンはそう言って、向かいのソファーに腰を下ろした。

「よっこらしょ」

その動きは、いかにも老人らしい。実際には、彼の体はまだ十分に健やかである。

だが、長く生きていると、こういう仕草が自然と馴染んでしまうのだろう。

アルヴァンは茶を小卓に置き、メリアを見た。

「それで、何か用事かい? それとも、お茶を楽しみに来たのかな? どちらにせよ歓迎だよ」

「ふふふ。そんなに長居をするつもりじゃないけどね。珍しく、真面目な話をしに来たんだよ」

「ほう」

アルヴァンの目がわずかに細くなる。

「真面目な話かい」

「そうそう」

メリアは笑っていた。だが、その目の奥にいつもの軽さはなかった。

「それでね。フィリアちゃんのことなんだけど」

アルヴァンは静かに茶を置いた。

「フィリアがどうかしたのかな」

「あなた、やっぱりこれからもフィリアちゃんを旅立たせないつもり?」

部屋の空気が、ほんの少しだけ変わった。

アルヴァンはすぐには答えなかった。窓の外へ視線を向ける。

夜の庭では、精霊灯が小さく揺れている。

「フィリアか……」

彼はゆっくりと息を吐いた。

「うーむ。まあ、あの娘には申し訳ないが、今のところは考えていないよ」

「そう」

「それがどうしたんだい?」

メリアは少しだけ体を沈めるようにして、ソファーに座り直した。

「実はね。久しぶりに、フィリアちゃんの未来が見えたのさ」

アルヴァンの表情が変わった。穏やかな微笑みはそのまま。

だが、目だけが鋭くなる。

「フィリアの未来が、か」

「一週間くらい前だったかな」

「確か、フィリアの未来だけは、いつも全く見えないと言っていたね」

「そう」

メリアは頷く。

「私の未来視の魔法が見通せなかった子は、フィリアちゃんとアレイス・ヴァンガードくんくらいなのだけどね。そのフィリアちゃんの未来が、見えたのよ」

メリアの占いは、占いではない。少なくとも、アルヴァンはそれを知っている。

彼女が扱うのは、極めて精度の高い未来視の魔法だった。

未来を完全に固定されたものとして見るわけではない。

だが、選択の先にある流れや、強い運命の節目を、彼女は高い精度で読み取ることができる。

それを知る者は、今ではアルヴァンだけだ。

もし、彼女がそのような魔法を使えると知られれば、どうなるか。

権力者は彼女を欲しがる。

商人は利用しようとする。

戦を企む者は未来を知る道具として狙う。

信仰を操る者は神託として囲い込もうとするだろう。

だから、彼女は占い師でいる。気まぐれに未来めいた言葉を告げる、不思議な老婆。

その程度に見られている方が、ずっと安全だった。

「どんな未来だったんだい?」

アルヴァンは静かに尋ねる。

「まさか、フィリアが旅立つ未来かい?」

「そうだよ」

メリアはあっさりと答えた。

「フィリアちゃんが、ある男の子と出会う。その子もよく見えなかったけど、おそらく人間の男の子ね。そして、その子と一緒に旅に出る未来よ」

「人間の男の子と……」

アルヴァンは目を伏せる。

フィリアが外の世界に憧れていることは知っている。何度も聞いてきた。

外に行きたい。

旅をしたい。

いろいろな景色を見たい。

里の外の人々に会いたい。

そのたび、アルヴァンは柔らかく言葉を濁してきた。

いつかね。

もう少し時が来たらね。

外の世界は危ないからね。

優しい言葉で包んだ拒絶だった。

メリアは続ける。

「ちなみに、この未来は分岐しているの」

「分岐?」

「旅立ちを阻止した時と、しなかった時にね」

アルヴァンは黙ってメリアを見た。

「旅立ちを阻止した時の未来は、真っ暗に塗りつぶされたように何も見えなかったわ」

その言葉に、アルヴァンの表情がわずかに硬くなる。

「逆に、旅立たせた時は……」

「旅立たせた時は?」

「誰かが死ぬわ」

「それも、あなたか、エレノアか、ルカの誰かよ」

「……」

「誰になるかは、この一週間、毎日視てみた。でも変わるの。あなたの日もあれば、エレノアの日もある。ルカの日もある。はっきり固定されない」

「なるほど」

アルヴァンは静かに頷いた。

「揺らいでいる、ということだね」

「そういうことだと思う」

メリアは珍しく、笑っていなかった。

「それから、阻止した際の、真っ暗に塗りつぶされた未来。これは確か、前にもあったね」

「あったね」

「アレイスくん一行を手助けしなかった場合の未来だね」

「ええ」

アレイス・ヴァンガード。

数百年前の人魔戦争において、人類側の希望となった英雄。勇者と呼ばれることもある男。

彼の一行がかつてエルフの里へ辿り着いた時、手を貸すべきか否かで里は揺れた。

外の戦に関われば、里にも災いが及ぶ。そう考える者も多かった。

その時、メリアが見た未来があった。手を貸さなかった場合の未来は、真っ暗に塗りつぶされていた。

「確か、君の推測では、真っ暗に塗りつぶされた未来は君の死だったね」

アルヴァンが言う。

「そうよ」

メリアは頷いた。

「未来を視る私自身が、その先に存在しない。だから何も見えない。そう考えるのが一番自然だった」

「だが、君が死ぬということは」

「そう」

メリアの声が低くなる。

「こんな里の奥でひっそり暮らしている私が死ぬということは、里そのものが危ない。ひいては、世界の存亡に関わる危機かもしれない」

アルヴァンは目を閉じた。

数百年前。

あの時、里はアレイスたちを手助けした。結果として、人類は魔王を討ち、世界は滅びを免れた。

もし手を貸していなければ、どうなっていたか。

その答えは誰にも分からない。だが、メリアの未来視は、少なくとも破滅に近い未来を示していた。

そして今。

フィリアを旅立たせない未来が、同じように黒く塗りつぶされている。

「つまり」

アルヴァンは静かに言った。

「フィリアを旅立たせない場合の未来は、目を伏せたくなるほどのものということだね」

メリアは頷いた。

「そういうことになるわ」

沈黙が落ちた。アルヴァンは長く考え込んだ。

部屋の外では、夜の森が静かに息づいている。精霊灯の光が窓の向こうで揺れ、遠くから水の音が聞こえる。

この里は、長い年月守られてきた。

外の戦から。

人間の欲から。

魔王の残滓から。

その中心にいたのが、アルヴァンだった。彼は何度も外の世界を見てきた。

人間たちの短い命が生む焦りも、欲も、愚かさも、勇気も、優しさも知っている。

だからこそ、フィリアを外に出すのが怖かった。あの娘は優しすぎる。

疑うことを知らない。世界の悪意を知らない。傷つけば、きっと深く痛む。

それでも。

鳥籠の中で守ることだけが愛ではない。

「……分かった」

やがて、アルヴァンは口を開いた。

「本当は、ずっと罪悪感もあったんだ」

メリアは黙って聞いている。

「あんなに外に出たがっている年頃の娘を、この鳥籠に押し込めていることをね」

アルヴァンは寂しげに微笑んだ。

「もちろん、守りたかった。外の世界の危うさを、私は知っているから。だが、それを理由に、あの娘の望みをずっと先送りにしてきたのも事実だ」

「アルヴァン」

「でも、ついにその時が来たんだね」

メリアは小さく頷く。

「そうみたいね」

アルヴァンはふと顔を上げた。

「ところで、そのフィリアの旅立ちのきっかけになる男の子は、もう里に来ているのかい?」

「そうね」

メリアは少しだけ口元を緩めた。

「今日か明日には来る頃だわ」

「そうか」

アルヴァンは目を細める。

「なら、明日にでもフィリアと話してみようかねぇ」

「ええ。そうした方がいいと思うわ」

「その男の子とも、会う必要があるかな」

「たぶんね」

「人間の男の子か……」

アルヴァンは遠い目をした。昔、同じようにこの里へやって来た人間の若者たちがいた。

アレイスたちだ。

彼らもまた、最初から英雄だったわけではない。迷い、傷つき、時には無謀で、それでも前へ進んだ。

フィリアが出会うという人間の少年も、そうなのだろうか。

世界の流れを変えるほどの何かを持っているのか。それとも、ただフィリアの隣に立つことで、未来を少しずつ変えていく存在なのか。

今はまだ分からない。だが、未来が揺らいでいるなら、選ぶ余地はある。

アルヴァンは静かに微笑んだ。その微笑みは、フィリアの輝かしい未来を思う清々しいものだった。

あの娘が外の世界を見て、笑い、驚き、傷つき、学び、誰かと共に歩く。

そんな未来があるのなら。見送ることもまた、祖父としての役目なのかもしれない。

しかし同時に、メリアの言葉は胸に深く残っていた。

旅立たせた時、誰かが死ぬ。

アルヴァンか。

エレノアか。

ルカか。

それはまだ定まっていない。ならば、定まる前に備えなければならない。

「メリア」

「なに?」

「君が見た死の影。これからも追ってくれるかい?」

「もちろん。そのために来たんだからね」

「助かるよ」

「ただし、無茶はしないでおくれよ」

メリアは少し目を細める。

「自分が死ぬかもしれないと聞いて、平然と笑うのは、あんたの悪い癖だよ」

アルヴァンは苦笑した。

「長く生きると、ついね」

「長く生きたなら、なおさら生き汚くなりなさい」

「善処しよう」

「その返事、信用ならないねぇ」

二人は小さく笑った。だが、その笑みの奥には、確かな緊張があった。

夜のエルフの里は、今も穏やかだった。

けれど、その静けさの裏で、未来はすでに音もなく揺れ始めていた。

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