1-14 光った計測器
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あらすじ
魔王亡き世界で、再び魔の時代が動き出す。 魔王ゼルヴァディスが討たれてから、六百二十八年。 平和を取り戻したアストラリア大陸では、三つの主要勢力が微妙な均衡を保ちながら共存していた。 しかし、今なお人の立ち入れない旧魔王領では、魔物たちが静かに活動範囲を広げ始めていた。 各地では怪しい薬が出回り、魔王を崇める新興宗教も勢力を増していく。 そんな異変をまだ知らず、自由交易都市に暮らす青年レオン・ヴェスタは、見知らぬ世界を求めて旅立つ。 やがて彼は、森の外へ憧れる若きエルフの癒し手フィリアと、その護衛リュシアに出会う。 三人の小さな旅立ちは、やがて国家、宗教、人間、魔物――大陸に生きる者すべてを巻き込む事変へ繋がっていく。 善と悪の境界が揺らぐ世界で、彼らは何を知り、何を選ぶのか。 これは、魔王亡き世界で再び動き始めた、魔の時代を巡る物語。
本文
新暦六二八年四月八日。
朝。
レオン・ヴェスタは、宿の一室で出立の準備を整えていた。
といっても、今日は長距離を移動するわけではない。
目的地は、昨日訪ねたセリオン・ヴェルリーフの工房である。
大きな荷物は宿に置いていくことにした。
ガレスから預かった封筒と小箱だけを手に取り、服装を整える。
腰の剣の位置を確認し、胸元の首飾りにも軽く触れる。
昨日、マルコからもらった旅のお守りだ。
琥珀色の宝石は、朝の光を受けて静かに輝いている。
「よし」
レオンは小さく頷き、宿を出た。
エルフの里の朝は、ヴェントゥスとも宿場町ともまるで違っていた。
人の声は少ない。
だが、静まり返っているわけではない。
木々の間を風が通り、葉が擦れ合う音がする。
どこかで水が流れ、精霊灯とは違う淡い光が宙を漂っている。
家々の間では、エルフたちが穏やかに朝の支度をしていた。
レオンは昨日フィリアに言われた通り、里の入り口へ向かった。
すると、そこにはすでに彼女の姿があった。
「お〜い!」
フィリア・エルフェリアはレオンを見つけると、
ぱっと顔を輝かせ、大きく手を振った。
その明るさに、レオンの頬が自然と緩む。
「おはようございます!」
レオンも手を振り返した。
だが、すぐにその頬がすっと引き締まる。
フィリアの隣に、リュシア・ミストリーフが立っていたからだ。
昨日と同じく、涼しげな顔。
整った立ち姿。
腰には細身の剣。
こちらを見ている表情は落ち着いている。
しかし、レオンには分かる。
あれは警戒している目だ。
――今日はリュシアさんもいるのか。
これは気を引き締めないとな……。リュシアさん、なんか怖いし。
レオンは心の中で呟きながら、二人の前まで歩いた。
「おはようございます、フィリアさん。リュシアさん」
「おはよう、レオン!」
「おはようございます、レオンさん」
リュシアは丁寧に一礼した。
声は穏やかだ。
だが、距離は近くない。
フィリアは開口一番、両手を合わせる。
「レオン、昨日は泊めてあげられなくてごめんね〜」
「いやいや、気にしないでください。
むしろ昨日は、こちらこそ急にお邪魔してすみませんでした」
「私は全然よかったんだけどね」
「よくありません」
リュシアが即座に挟んだ。
フィリアは唇を尖らせる。
レオンは苦笑しつつ、話題を変えるようにリュシアへ視線を向けた。
「そういえば、今日はリュシアさんもいるんですね」
「はい。今日はお供させていただきます」
リュシアは淡々と答える。
「レオンさんもすでにご存知の通り、このお姫様は危なっかしいので」
「お姫様って言わないでよ」
フィリアが抗議する。
「別にいつでも帰っていいからね〜、リュシア」
少しいたずらっぽく言うフィリアに、リュシアは表情を変えず答えた。
「帰りません。それより早く用事を済ませましょう。
レオンさんも暇ではないと思いますし」
「はいはい。じゃあ行こう、レオン」
フィリアがレオンに微笑みかける。
レオンは頷き、三人で歩き出した。
道中、レオンは再び質問攻めに遭った。
「レオンは昨日、宿でちゃんと眠れた?」
「はい。思ったより快適でした」
「人間の宿とエルフの宿って違う?」
「けっこう違いますね。ここの宿は木の匂いがして、落ち着く感じでした」
「そうなんだ! ヴェントゥスの宿はどんな感じ?」
「賑やかなところが多いですね。商人とか船乗りとか冒険者が多いので」
「船乗り! レオンは船に乗ったことある?」
「小さい船ならありますけど、大きな船で遠くまで行ったことはないです」
「海ってどんな感じ?」
「広いですよ。見渡す限り水で、風が強くて、潮の匂いがして」
「いいなぁ……見てみたいなぁ」
「フィリア様」
リュシアの声が後ろから飛んでくる。
「分かってるわよ。今すぐ行くなんて言ってないでしょ」
「昨日までなら言いかねませんでした」
「そんなことないもん」
「あります」
「ないもん!」
レオンは二人のやり取りを聞きながら、半ば感心していた。
よくこれほど聞くことが尽きないものだ。
フィリアは本当に外の世界への興味が尽きないらしい。
レオンが少し答えると、そこからさらに三つも四つも質問が派生する。
だが、やはり不思議と嫌ではなかった。
むしろ、話しているとこちらまで楽しくなる。
フィリアの反応は素直で、表情がころころ変わる。
驚く時は本当に驚き、感心する時は目を輝かせ、
知らないことを聞くと身を乗り出す。
ただ、今日は昨日と違ってリュシアがいる。
レオンはフィリアと話しながら、
時折ちらちらと右後ろを歩くリュシアをうかがった。
理由は明白だった。
さっき、フィリアと話している最中、
つい昨日と同じように彼女の胸元へ視線が吸い寄せられた。
ほんの一瞬だった。
本当に、ほんの一瞬。
だが、その瞬間、背筋に鋭いものが走った。
まるで細い針で体を突き刺されたような感覚。
恐る恐る視線を動かすと、リュシアがこちらを見ていた。
表情は変わらない。
だが、目が言っていた。
見ましたね、と。
それ以来、レオンはフィリアの体を盗み見ないよう、
強く自分を戒めていた。
――リュシアさん、やっぱり怖いな……。
めちゃくちゃ美人なんだけど、フィリアさんとは正反対って感じだ。
フィリアが春の陽だまりなら、リュシアは澄んだ冬の月のようだった。
どちらも美しい。
だが、近づいた時の温度がまるで違う。
そんなことを考えていると、不意に朗々とした声が聞こえてきた。
「皆様、力とは恐れるものではありません!」
三人が通りがかった広場の方からだった。
レオンが声のする方へ目を向ける。
広場の中央で、人間の男が木箱の上に立って演説をしていた。
黒を基調とした衣服。
よく通る声。
身振りを交えた大げさな語り口。
その周囲には、数人の人間たちが立ち、黒い表紙の冊子を配っている。
エルフたちも何人か足を止めて、物珍しそうに話を聞いていた。
レオンは自然と足を止めた。
「……あれは?」
隣からフィリアが説明してくれる。
「あの人たちはね、レオンが来る前日くらいに来た集団なの。
里に布教に来たんだって」
「布教?」
「うん。ノクティス教団っていうんだって。
魔王の素晴らしさについて教えてくれてるの」
その名を聞いた瞬間、レオンの眉がぴくりと動いた。
ノクティス教団。
マルコから聞いた新興宗教の名だ。
魔王ゼルヴァディスを崇拝しているという、
近頃影響力を増している怪しい教団。
そして同時に、宿場町で見た青紫の薬のことも頭をよぎった。
直接つながる証拠はない。
けれど、レオンの胸にはまた、あの気持ちの悪い感覚が蘇った。
「あれが、ノクティス教団……」
レオンは小さく呟いた。
はっきり言って、胡散臭さ全開だった。
演説の内容は、聞こえてくる範囲だけでもかなり危うい。
魔王はただの悪ではない。
真の力を理解すべきだ。
弱き者が力を得るためには、古い価値観を捨てなければならない。
言葉だけなら、どこかもっともらしく聞こえる。
だが、その根底にあるものがどうにも不穏だった。
リュシアも近くに歩み寄り、同じ方向を見る。
「あの方々は、ここのおバカなお姫様が招き入れたのです」
「おバカって言わないで」
「全く、胡散臭くてしょうがありません」
リュシアは呆れたように言った。
フィリアがむっとする。
「胡散臭くないって! あんなに頑張って教えを説いているのよ。
少なくとも、信念を持って取り組んでいるに違いないわ!」
「はいはい」
リュシアは軽く流した。
「むきーー!」
フィリアが頬を膨らませる。
レオンは苦笑しながらも、正直に言った。
「まあ、確かに怪しいですよね」
「レオンまでぇ!」
フィリアが叫ぶ。
リュシアは涼しい顔で頷いた。
「聞きましたか、フィリア様。これが正しい反応というものです」
「むきーー!!」
フィリアはさらに悔しそうに地団駄を踏む。
その姿は可愛らしく、レオンはまた苦笑した。
だが、視線はもう一度、教団の方へ向いていた。
木箱の上で演説を続ける男。
その周囲で教本を配る信徒たち。
そして、それを珍しそうに聞くエルフたち。
レオンはしばらく見つめた。
何かが引っかかる。
だが、今ここで何かできるわけでもない。
「……行きましょう」
レオンはそう言って、再び歩き出した。
しばらく歩くと、三人はセリオンの工房に着いた。
昨日と同じく、フィリアが先に扉の前へ進む。
「セリオンさーん」
こんこん、と軽くノックする。
今度は、すぐに中から返事があった。
「はーい」
程なくして扉が開く。
出てきたのは、物腰の柔らかそうな男のエルフだった。
細身で、落ち着いた顔立ちをしている。
長い髪を後ろでゆるくまとめ、眼鏡の奥には知的な光がある。
服装は実用的だが清潔で、袖口には細かな魔法陣の刺繍が施されていた。
一見して研究者のような風貌だった。
フィリアがぱっと顔を明るくする。
「セリオンさん、おはようございます!」
「これはフィリア様。おはようございます」
セリオン・ヴェルリーフは穏やかに微笑んだ。
「どうされたのですか?」
フィリアはレオンの方を手で促す。
「こちら、レオン! ヴェントゥス自由交易都市から、
セリオンさんにお届け物だって」
要件まで一息で伝えてしまう。
セリオンはすぐにレオンへ視線を向けた。
「そうでしたか。レオンさん、ご足労ありがとうございます。
どうぞ中に入ってください」
「失礼します」
レオンは軽く頭を下げ、工房の中へ入った。
中に入った瞬間、懐かしいような感覚を覚えた。
工房の内部は、かなり見覚えのある造りをしていた。
壁際には魔鉱石を保管するための棚。
封印箱らしき箱。
計測用の魔道具。
浄化処理に使う小型の魔導炉。
床には安全のための魔法陣が刻まれている。
父ガレスの手伝いで行ったことのある魔鉱石の管理所に、どこか似ていた。
ただし、こちらの方が森に溶け込むような設計で、
魔導具にもエルフらしい繊細な意匠が見える。
セリオンは三人を来客用の小部屋へ通した。
「どうぞ、おかけください」
レオンたちは椅子に座る。
セリオンも向かいに腰を下ろした。
「改めまして、私はセリオン・ヴェルリーフです。
この里で魔鉱石と浄化設備の管理をしています」
「レオン・ヴェスタです。ヴェントゥス自由交易都市から来ました。
父のガレス・ヴェスタに頼まれて、こちらを届けに来ました」
レオンは封筒と小箱をテーブルに置いた。
セリオンはまず封筒を手に取る。
封を開け、中の手紙を読み始めた。
しばらく、静かな時間が流れる。
フィリアは椅子の上で少しそわそわしている。
リュシアはそれを横目で見ながら、静かに座っていた。
やがてセリオンは手紙から顔を上げた。
「なるほど。レオンさんは、ガレスさんのご子息でしたか」
「はい」
「どおりで面影があると思いました」
セリオンは柔らかく笑う。
「ガレスさんには、何度も助けていた
だいています。魔鉱石の扱いに関して、
あの方ほど堅実で信頼できる方はそう多くありません」
「ありがとうございます。父も喜ぶと思います」
レオンは少し照れながら答えた。
セリオンは次に小箱へ視線を向ける。
「そして、この小箱の中身は計測器ですね」
そう言って、箱を開けた。
中から、昨日と同じ水晶が淡く光を放つ。
セリオンはそれを慎重に取り出した。
水晶は手のひらの上でふわりと浮き、
二つの円環がそれを挟むように静かに回転する。
「ふむふむ……いい出来ですね」
セリオンは興味深そうに観察した。
その横から、フィリアが身を乗り出す。
「セリオンさん、セリオンさん。それって何なんですか?」
レオンもまさに聞こうとしていたところだった。
セリオンは微笑む。
「これは、魔鉱石の汚染度を計測する最新の魔道具です」
「汚染度を?」
「はい」
セリオンは水晶をテーブルの上に置く。
「この魔道具は、汚染魔鉱石の前に置くと光ります。
そして、この水晶に取り付けられた円環に目盛りが刻まれていきます。
その目盛りによって、その魔鉱石の汚染度を測ることができるわけです」
「へぇ……」
フィリアが感心したように目を丸くする。
セリオンはさらに説明を続けた。
「これまでの汚染度確認は、
術者の感覚や既存の簡易計測器に頼る部分が大きかったのです。
しかし、それでは除染の精度にばらつきが出ることがあります。
これを使えば、より正確に汚染度を把握し、
必要な処理を施せるようになります」
「つまり、より安全に汚染魔鉱石を高純度魔鉱石へ変えられる、
ということですか?」
レオンが尋ねる。
「その通りです。さすが、ガレスさんのご子息ですね」
「父の仕事を少し手伝っていただけです」
「それでも、基礎を理解しているのは大切なことです」
セリオンは満足げに頷いた。
フィリアも感心したように頷く。
「なるほど〜。便利なんですね」
「とても便利ですよ。扱いを誤れば、汚染魔鉱石は危険ですから」
セリオンは水晶を小箱へ戻した。
「確かに受け取りました。感謝します、レオンさん」
そう言って、セリオンは小さな袋を取り出した。
中には硬貨が入っているようだった。
「こちらを」
「え? いやいや、いいですよ」
レオンは慌てて手を振る。
「俺は父に頼まれて来ただけですし」
「いえいえ。遠いところまで来ていただいたのです。受け取ってください」
「でも」
「これは正式な届け物の謝礼です。
受け取っていただけないと、こちらも困ります」
「う……」
その後、何度か押し引きがあった。
レオンは遠慮し、セリオンは穏やかに押し返す。
フィリアは「もらっておいた方がいいんじゃない?」と気楽に言い、
リュシアは「正式な謝礼なら受け取るべきかと」と冷静に助言した。
結局、レオンは袋を受け取ることになった。
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
その後も、いくつか雑談を交わした。
ガレスの近況。
ヴェントゥスの魔鉱石流通。
里の浄化設備の調子。
セリオンは穏やかな語り口ながら、魔鉱石の話になると目が少し輝いた。
研究者らしい人物だった。
やがて、レオンは立ち上がった。
「そろそろお暇します」
「そうですか。レオンさん、本当にありがとうございました」
三人は工房の出入り口まで見送られた。
レオンは改めて頭を下げる。
「こちらこそ、ありがとうございました」
そう言って出口に手をかけた時だった。
ふと、昨日のことが頭をよぎった。
門で小箱が光っていたこと。
レオンは振り返る。
「そういえば、セリオンさん」
「はい?」
「最近、里に汚染魔鉱石は搬入されましたか?」
セリオンは少し考えた。
「いえ。最後に汚染魔鉱石を入出庫したのは、
一か月ほど前だったと思います」
「一か月前……」
「はい。少なくともここ最近、里の門を通った記録はありません」
「そうですか。ありがとうございます」
レオンはもう一度礼を言い、工房を後にした。
工房から少し離れたところで、フィリアが首を傾げた。
「ねえ、レオン。なんであんなこと聞いたの?」
レオンは少し考えた。
どこまで話すべきか迷う。
だが、二人は昨日の門の場に関わっている。
それに、今聞いた話を一人で抱えていても仕方がない。
「フィリアさん、覚えてますか?
俺が昨日里に来た時、手荷物検査を受けたでしょう」
「うん」
「あの時、さっきの計測器が光ってたんです」
「そういえば、確かに光ってたね」
フィリアは頬に指を当てて思い出すように言った。
「だから、最近汚染魔鉱石が門を通ったと
かで反応したのかなって思ったんですけど……
セリオンさんの話だと、ここ最近は搬入されていない」
リュシアが横から口を挟む。
「あまり魔鉱石のことに詳しくはありませんが、汚染魔鉱石とは通常、
封印を施された箱の中に入っているのではないのですか?」
「確かにそうですね」
レオンは頷く。
「封印箱に入れて、汚染が外へ漏れないようにします」
「では、計測器が封印箱の中のものまで測れるのですか?」
「……いや」
レオンは眉をひそめた。
「少なくとも、あの場で反応するほど計測できるとは思えません。
封印箱は汚染を遮断するためのものですから」
リュシアの目が細くなる。
「となると、裸の状態の汚染魔鉱石が、
その時近くにあったということですか?」
「もしくは、それに準ずる何か」
レオンの声は自然と低くなった。
「例えば、汚染魔鉱石をそのまま加工した危険物、とか……?」
その言葉を口にした瞬間、三人の間に沈黙が落ちた。
森の風が、足元の草を揺らす。
遠くからは、里の穏やかな生活音が聞こえる。
けれどその穏やかさとは裏腹に、
胸の奥に気持ちの悪い予感が広がっていった。
昨日、門を通った者たち。
レオン自身。
そして、それ以前に里へ入った者たち。
もし、誰かが汚染に関わる何かを持ち込んでいたとしたら。
フィリアも、さすがに表情を曇らせた。
「それって……危ないものなの?」
「可能性の話です」
レオンはすぐに言った。
「まだ何も分かりません。ただ、少し気になっただけで」
リュシアは静かに頷く。
「ですが、確認は必要かもしれませんね」
その時だった。
「フィリア様」
少し離れたところから声がかかった。
三人が振り返る。
そこには、アルヴァンの侍女が立っていた。
落ち着いた身なりのエルフの女性で、丁寧に一礼する。
「ここにいらっしゃいましたか」
「どうしたの?」
フィリアが尋ねる。
「お手数ですが、アルヴァン様のご自宅までご足労いただけますか?」
「おじいちゃんの家?」
フィリアは目を丸くする。
「どうしたの?」
「なんでも、大切なお話だとか」
「そうなんだ。分かった! すぐ行く!」
フィリアはすぐに頷いた。
レオンは一歩下がる。
「じゃあ、ここで別れましょうか」
そのつもりだった。
だが、侍女はレオンへ視線を向けた。
「失礼ですが、お名前と、いつ頃こちらにいらしたかお伺いできますか?」
「えっと、名前はレオンです。
レオン・ヴェスタ。昨日ここに到着しました」
「昨日……」
侍女は少し考え込んだ。
それから、丁寧に頭を下げる。
「お手数ですが、レオン様もご足労願えませんか?」
「え?」
レオンは思わず声を漏らした。
「は、はい。大丈夫ですけど」
「ありがとうございます」
フィリアは不思議そうに首を傾げる。
「レオンも?」
リュシアは何か察したように、静かに目を細めた。
レオンもまた、胸の奥に残っていた嫌な予感を完全には振り払えなかった。
計測器が光った理由。
ノクティス教団。
汚染魔鉱石に準ずる何か。
そして、アルヴァンからの呼び出し。
それらが、まだ一本の線としてつながっているわけではない。
だが、偶然だけで片づけるには、少しずつ不穏なものが重なり始めていた。
「行きましょうか」
リュシアが言う。
フィリアは明るく頷いた。
「うん!」
こうして三人は、アルヴァンの自宅へ向かうことになった。
朝のエルフの里には、まだ穏やかな光が満ちている。
しかしその足元では、見えない影が静かに広がり始めていた。
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