第七話 旅立ち
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
天界と人界、黄泉の狭間にある神々の国。 《桃》の化身・桃華は、鬼神族の侵攻によって滅びかけた天界から、破邪の聖剣《桃光》を託され地上へ逃れた。 しかし追っ手に深手を負わされ、川へ落ちた桃華は記憶を失ってしまう。 彼女を救ったのは、山里で暮らす老夫婦だった。 桃の香りをまとい、名も思い出せない少女に、二人は「桃太郎」という新たな名を与える。 穏やかな日々の中で、桃太郎は初めて家族の温かさを知る。 だが、鬼神族の襲来によって失われた記憶と使命を取り戻した彼女は、大切な人々を守るため、再び剣を取る。 旅立つ桃華へ、謎の老人は告げた。 「お前には三つの力が必要となる」 犬――すなわち忠義。 猿――すなわち知恵。 鳥――すなわち天を翔ける導き。 桃華は聖剣と、老夫婦から託されたきびだんごを携え、三人の仲間を求めて旅に出る。 その先で待つのは、雷神の血を引く武人、異国より渡った猿妖、そして最古の霊鳥。 これは、鬼を完全な悪とは断じない、新たな桃太郎の物語。 正義と悪が入れ替わる世界で、桃の娘は何を守り、何を討つのか――。
本文
桃色の光が家の中を満たすと、鬼神族は思わず足を止めた。
「やはり……。」
鬼神の一人が低く呟く。
「聖剣。」
桃華は静かに剣を構えた。
「ここから先へは行かせない。」
鬼神族が一斉に襲いかかり、鋼がぶつかり合う音が山里に響いた。
鬼神族の剛剣を、桃華は紙一重でかわす。
その動きは、記憶を失っていた少女のものではない。
幾度となく剣を振るい、天界を護ってきた《桃》の化身、そのものだった。
一閃。
桃色の光が弧を描き、一体の鬼神が膝をつく。
二閃。
炎をまとった槍が真っ二つに断ち切られる。
鬼神たちが後ずさる。
「……これが、桃の破邪か。」
隊長格の鬼神が苦々しく呟いた。
桃華は《桃光》を構えたまま、一歩前へ出る。
「まだ、やりますか。」
「…………」
鬼神は周囲を見る。
傷ついた仲間たち。
そして、桃色の光を放つ聖剣。
「……退くぞ。」
「しかし!」
「これ以上は無駄だ。」
鬼神は桃華を睨みつける。
「桃の化身が地上にいることは分かった。」
黒い瘴気が、その身体を包み始める。
「次は、こうはいかぬ。」
鬼神族は黒い霧に包まれ、山の彼方へと姿を消した。
静寂が戻ると、桃華はゆっくりと聖剣を納める。
振り返ると、じいさんとばあさんが立っていた。
二人は何も言わない。
ただ、優しく微笑んでいた。
桃華は深く頭を下げる。
「……黙っていて、ごめんなさい。」
じいさんは首を横に振った。
「謝ることじゃない。」
「お前さんにも、話せん事情があったんじゃろう。」
ばあさんも穏やかに笑う。
「桃華という名前も、きっと素敵な名前なんだろうね。」
その言葉に、桃華の胸が熱くなる。
「でも……。」
ばあさんは続けた。
「わたしたちにとっては、お前さんは桃太郎だよ。」
桃華の瞳から、涙が一筋こぼれ落ちた。
「ありがとうございます……。」
その夜。
囲炉裏には、いつもと変わらぬ夕餉が並んでいた。
焼き魚。
山菜の煮物。
味噌汁。
決して豪華ではない。
それでも桃華にとっては、天界のどんなご馳走より温かい食卓だった。
食事を終えた頃、桃華は静かに口を開く。
「私は、旅に出ます。」
じいさんは静かに頷く。
「じゃろうな。」
「鬼たちは、お前さんを追ってくる。」
「ここにおれば、この村が危ない。」
桃華は俯いた。
「ごめんなさい。」
「また謝る。」
じいさんは苦笑する。
「人はのう。
守りたいものがある時、旅に出るもんじゃ。
わしらも若い頃はそうだった。」
ばあさんが、小さな包みを取り出す。
「明日の朝、持っていきな。」
桃華は包みを受け取り、不思議そうに見つめた。
「きびだんごだよ。
旅は、お腹が空くからね。」
桃華はその包みを胸に抱いた。
「ありがとうございます。」
その夜は遅くまで眠れなかった。
囲炉裏の火が小さく揺れる。
じいさんの寝息。
ばあさんの穏やかな呼吸。
この家で過ごした日々が、走馬灯のようによみがえる。
本当の家族ではなかった。
けれど、本当の家族以上に温かかった。
翌朝。
山の稜線から朝日が昇る。
桃華は旅支度を整え、聖剣を腰に差した。
じいさんが静かに言う。
「桃華。」
桃華は振り返る。
「世界を救う者であっても、帰る場所を忘れるな。」
ばあさんも微笑んだ。
「疲れたら、いつでも帰っておいで。」
桃華は深く頭を下げた。
「はい。必ず、帰ってきます。」
そして二人に背を向け、歩き出した。
何度も歩いた村の道。
水を汲んだ井戸。
じいさんと汗を流した畑。
ばあさんと洗濯をした川へ続く道。
村人たちも、桃華を見送ってくれた。
「桃太郎、達者でな!」
「気をつけて行くんだよ!」
桃華は何度も振り返り、そのたびに頭を下げた。
やがて家々が少なくなり、畑も途切れ、桃華は村外れまでやってきた。
ここから先は、知らない道だった。
桃華は一度だけ振り返る。
遠くに、老夫婦の家が見える。
「……行ってきます。」
小さく呟き、再び前を向いた。
その時だった。
「待ちなさい。」
「……?」
道端の大岩に、一人の老人が腰を下ろしていた。
白髪を長く垂らし、一本の杖を手にしている。
桃華には、その老人がいつからそこにいたのか、まるで分からなかった。
老人は桃華を見つめ、静かに言った。
「桃の娘よ。
お前には、これより三つの試練が待っている。」
桃華は足を止める。
「三つの試練……?」
老人は杖で地面に三本の線を描いた。
「その試練を越えるには、三つの力が必要となる。」
一本目の線を指す。
「犬――すなわち、忠義。」
二本目。
「猿――すなわち、知恵。」
三本目。
「鳥――すなわち、天を翔ける導き。」
桃華はその三本の線を見つめる。
老人は微笑んだ。
「姿を追うでないよ、その心を探すのじゃ。」
風が吹き、桃の花びらが舞い上がる。
桃華が目を閉じ、再び開いた時、そこに老人の姿はなかった。
ただ、三本の線だけが、大地に静かに刻まれていた。
桃華は空を見上げる。
「犬、忠義。
猿、知恵。
鳥、導き。」
その言葉を胸に刻み、一歩、また一歩と歩き始める。
懐には、きびだんご。
腰には、聖剣。
そして胸には、「桃太郎」と呼んでくれた二人の想い。
こうして桃華は、新たな仲間との出会いを求め、最初の試練が待つ旅路へと歩み始めた。
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