第十三話 異国の娘
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あらすじ
天界と人界、黄泉の狭間にある神々の国。 《桃》の化身・桃華は、鬼神族の侵攻によって滅びかけた天界から、破邪の聖剣《桃光》を託され地上へ逃れた。 しかし追っ手に深手を負わされ、川へ落ちた桃華は記憶を失ってしまう。 彼女を救ったのは、山里で暮らす老夫婦だった。 桃の香りをまとい、名も思い出せない少女に、二人は「桃太郎」という新たな名を与える。 穏やかな日々の中で、桃太郎は初めて家族の温かさを知る。 だが、鬼神族の襲来によって失われた記憶と使命を取り戻した彼女は、大切な人々を守るため、再び剣を取る。 旅立つ桃華へ、謎の老人は告げた。 「お前には三つの力が必要となる」 犬――すなわち忠義。 猿――すなわち知恵。 鳥――すなわち天を翔ける導き。 桃華は聖剣と、老夫婦から託されたきびだんごを携え、三人の仲間を求めて旅に出る。 その先で待つのは、雷神の血を引く武人、異国より渡った猿妖、そして最古の霊鳥。 これは、鬼を完全な悪とは断じない、新たな桃太郎の物語。 正義と悪が入れ替わる世界で、桃の娘は何を守り、何を討つのか――。
本文
幾日か旅を続け――。
桃華と金時は、山陽道沿いの宿場町へとたどり着いた。
街道には荷を積んだ馬や牛が行き交い、旅人たちが思い思いに茶屋で足を休めている。
焼き魚の香ばしい匂い。
醤油を焦がす香り。
宿場町ならではの活気が、旅の疲れを忘れさせてくれた。
「今日はここで一泊じゃな。」
金時は大きく伸びをする。
その姿を見た旅籠の主人が、目を丸くした。
「も、もしや……。」
主人は恐る恐る近寄る。
「もしや、坂田金時様ではございませんか!」
その一声で、周囲の主人たちまで振り返った。
「えっ!」
「頼光四天王の坂田金時様!」
「酒呑童子を討たれた英雄じゃ!」
「ぜひ、うちへ!」
「いやいや、うちの部屋は眺めが自慢ですぞ!」
「夕餉なら負けません!」
たちまち旅籠の主人たちに囲まれてしまう。
金時は頭を掻いた。
「有名人はつらいのう。」
桃華が吹き出す。
「宿には困らなそうですね。」
「それだけは助かる。」
結局、一番最初に声を掛けてきた旅籠へ世話になることにした。
◇
久しぶりの畳だった。
大きく足を投げ出した金時は、そのまま仰向けに寝転がる。
「ふぅ……。」
畳の匂いが鼻をくすぐる。
「やっぱり畳は落ち着くのう。」
旅が続けば野宿も珍しくない。
屋根があり、風をしのげるだけでもありがたい。
障子が静かに開いた。
「金時様。」
旅籠の主人が徳利を盆へ載せて入ってくる。
「ささ、どうぞ一献。」
主人は猪口へ酒を注ぎ、恭しく差し出した。
金時は猪口を見つめる。
「……。」
次の瞬間。
猪口ではなく徳利を掴んだ。
そのまま口へ運ぶ。
ごくっ、ごくっ、ごくっ。
主人が目を丸くする。
徳利はあっという間に空になった。
金時は満足そうに息を吐く。
「ぷはぁ!旨い酒じゃ!」
主人は苦笑した。
「さすが金時様……。」
桃華も思わず笑ってしまう。
「飲み方が豪快ですね。」
「細かいことは気にせん。」
金時は豪快に笑う。
「桃華殿。
わしは少し骨休めをする。
お主はどうする?」
「私は少し、この辺りを見てきます。」
「遠くへ行くでないぞ。」
「はい。」
桃華は微笑み、旅籠を後にした。
◇
宿場町は活気に満ちていた。
商人たちの威勢のいい掛け声。
子どもたちの笑い声。
炭火で焼かれる魚の香ばしい匂い。
町外れまで歩くと、小さな社が建っていた。
桃華は静かに賽銭箱の前へ立ち、手を合わせる。
(コア様……キクニ……どうか、ご無事で。)
静かな祈りを捧げる。
その時だった。
ドォォォン!
地面が揺れた。
社の屋根から鳥たちが一斉に飛び立つ。
「喧嘩だ!」
「見ろよ!」
「女の子が一人で、大男を圧倒してるぞ!」
桃華は思わず振り返る。
「大男……?」
一瞬、金時の顔が頭をよぎる。
(まさか……。)
嫌な予感が胸をよぎる。
桃華は駆け出した。
◇
荷置き場。
そこでは一人の男がが地面へ転がされていた。
その胸を、旅装束の少女が踏みつけている。
額には紺色の鉢巻。
肩には一本の棍。
異国風の装いをした、小柄な少女だった。
少女はしゃがみ込み、大男の顔を覗き込んだ。
「ねえ。
いつまで人間のふりしてるの?」
男は眉をひそめる。
「……何を言ってる。」
「そろそろ正体を現したら?」
男の表情が凍る。
「なぜ……なぜ分かった。」
少女は肩をすくめる。
「あれだけ鬼の気配を振り撒いといて。
それで隠れてるつもりだったの?」
「チッ!」
男が舌打ちした。
次の瞬間。
人の皮膚が裂けるように赤黒い肌が現れ、額から一本の角が突き出した。
鋭い牙。
燃えるような眼光。
鬼だった。
「うわっ!」
「鬼だ!」
「逃げろー!」
見物していた町人たちは悲鳴を上げ、一斉に逃げ出した。
荷車をひっくり返しながら、蜘蛛の子を散らすように走り去っていく。
その場に残ったのは三人。
鬼を踏みつける少女。
腰の刀へ静かに手を添える桃華。
そして地面へ転がされた一本角の鬼。
桃華はゆっくりと《桃光》の柄へ手を掛けた。
「さあ、もう一人の居場所も吐いてもらおうか。」
鬼は口元を歪める。
「……誰が喋るか。」
ヒュッ!
突然、屋根の上から鉤縄が飛んできた。
鬼の身体へ絡みつく。
「兄貴!」
屋根の上には、もう一体の一本角の鬼。
「逃がすか!」
桃華が剣へ手を掛けた。
しかし少女は動かない。
「いいよ。」
そう言って、自分の笠を軽く持ち上げた。
笠の縁についた一本の髪を指先で摘まむ。
「身外身。」
ふっと息を吹きかける。
次の瞬間、笠の中から、
「キッ!」
「キキッ!」
「キャッ!」
五匹ほどの小猿が勢いよく飛び出した。
まるで笠の中から猿が湧いたようだった。
小猿たちは屋根へ飛び乗ると、逃げた鬼たちの後を追っていく。
桃華は目を丸くした。
「身外身の術。」
少女は笠を被り直した。
「逃げる奴は、仲間の所へ帰る。
追い掛けるより、その方が早い。」
屋根の上では、小猿たちが器用に瓦を飛び移り、鬼の後を追っていく。
桃華は、その光景に目を奪われていた。
(あれは……猿妖。)
少女はそんな桃華をじっと見つめる。
「……あんた。鬼が怖くないの?」
桃華は静かに首を横へ振った。
「怖いです。」
少し間を置いて続ける。
「でも、それ以上に私には、やるべきことがありますから。」
少女は一瞬だけ目を丸くした。
そして、ふっと笑う。
「ふーん。」
「面白いね、あんた。」
その時だった。
ズシン。
ズシン。
大地を踏み鳴らすような足音が近づいてきた。
「桃華殿。」
聞き慣れた声だった。
「金時さん!」
金時は大斧を肩へ担ぎながら歩いてくる。
「ただならぬ気配がしてのう。
酒を飲むどころではなくなってしもうた。」
少女は金時を見上げる。
「……でっか。」
金時は豪快に笑った。
「よく言われる。」
少女もつられて笑う。
「面白い人だね。」
◇
しばらく三人は無言だった。
やがて少女が口を開く。
「追わせてる猿が戻るまで少しかかる。」
棍を肩へ担ぐ。
「その間。」
桃華たちを見る。
「少し、お話ししませんか?」
金時は笑った。
「立ち話も何じゃ。旅籠でどうじゃ?
旨い酒と肴もある。」
少女は少しだけ考える。
「……いいね。付き合うよ。」
三人は並んで歩き出した。
その背中を、西へ傾く夕日が静かに照らしていた。
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