第十五話 鬼王
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あらすじ
天界と人界、黄泉の狭間にある神々の国。 《桃》の化身・桃華は、鬼神族の侵攻によって滅びかけた天界から、破邪の聖剣《桃光》を託され地上へ逃れた。 しかし追っ手に深手を負わされ、川へ落ちた桃華は記憶を失ってしまう。 彼女を救ったのは、山里で暮らす老夫婦だった。 桃の香りをまとい、名も思い出せない少女に、二人は「桃太郎」という新たな名を与える。 穏やかな日々の中で、桃太郎は初めて家族の温かさを知る。 だが、鬼神族の襲来によって失われた記憶と使命を取り戻した彼女は、大切な人々を守るため、再び剣を取る。 旅立つ桃華へ、謎の老人は告げた。 「お前には三つの力が必要となる」 犬――すなわち忠義。 猿――すなわち知恵。 鳥――すなわち天を翔ける導き。 桃華は聖剣と、老夫婦から託されたきびだんごを携え、三人の仲間を求めて旅に出る。 その先で待つのは、雷神の血を引く武人、異国より渡った猿妖、そして最古の霊鳥。 これは、鬼を完全な悪とは断じない、新たな桃太郎の物語。 正義と悪が入れ替わる世界で、桃の娘は何を守り、何を討つのか――。
本文
宿を出ると、空には月が高く昇っていた。
宿場町の喧騒はすでに消え、提灯の灯だけが石畳を照らしている。
蜜秋の後を追い、桃華たちは町外れへ向かった。
先を行くのは一匹の小猿だった。
屋根の上を伝い、町外れまで来ると、今度は木々の枝を飛び移りながら山道へ入っていく。
「本当に、こんなところにいるのか?」
金時が辺りを見回した。
人の往来が途絶えてから、すでに半刻ほど歩いている。
道は次第に細くなり、両側から伸びた草木が足元を覆い始めていた。
「いるよ。」
蜜秋は小猿の背を追いながら迷いなく進む。
「昨日逃がした二匹を追わせてたんだ。
一匹が逃げた鬼の行き先を突き止めて戻ってきた。
もう一匹は、この寺の外で見張り役さ。」
やがて木々の隙間から、崩れかけた山門が姿を現した。
門柱は傾き、瓦は半ば崩れ落ちている。
額も黒ずみ、寺の名は判読できない。
境内には雑草が生い茂り、本堂の戸は片方が外れたまま風に軋んでいた。
静まり返った境内。
虫の音さえ聞こえない。
金時が鼻を鳴らす。
「臭うのう。」
「酒の匂いですか?」
桃華が尋ねる。
金時は首を横に振った。
「鬼の匂いじゃ。」
蜜秋が足を止めた。
「そこまで。」
先を進んでいた小猿が短く鳴く。
すると境内のあちこちから、小猿たちが姿を現した。
屋根の上。
枯れ木の枝。
崩れた石灯籠の陰。
寺を囲むように配置された子猿たち。
その小さな手には、一枚ずつ黄色い霊符が握られていた。
朱で梵字が記された札は、月明かりの中で淡い金色を帯びている。
桃華は目を細めた。
「妖魔封滅の符……。」
仏の加護によって悪しき妖魔を滅する霊符。
法師たちが好んで用いる退魔の札だ。
低級の妖や怪異なら、一枚で消滅させることもできる。
使い手の力量によっては、大妖すら封じ滅するという。
子猿たちは逃げ道を塞ぐように配置されていた。
もし鬼が逃げようとすれば、容赦なく札を貼るつもりなのだ。
金時が苦笑する。
「えげつないものを持たせておるのう。」
蜜秋は平然と答えた。
「逃げなきゃ使わない。」
「逃げようとした時点で、十分使う気ではないか。」
「そうとも言うね。」
蜜秋は小さく笑った。
そして山門をくぐる。
桃華と金時も後に続く。
境内の中央まで進んだ、その時だった。
本堂の奥から、一匹の鬼が姿を現した。
桃華が目を見開く。
「昨日、逃げた鬼……。」
鬼は口元を歪めて笑う。
「兄者。
連れてきました。」
その声に応えるように、本堂の闇から重い足音が響く。
一歩。
また一歩。
やがて月明かりの下へ姿を現したのは、額に一本角を持つ大鬼だった。
浅黒い肌。
肩には巨大な大鉈。
弟鬼の隣へ並ぶと、二匹は不敵に笑った。
兄がゆっくりと口を開く。
「我らは兄弟。」
「二人揃って――独角鬼王と呼ばれる。」
兄鬼は大鉈を肩へ担ぐ。
「二人揃った今、猿どもなど相手にもならん。」
蜜秋は棍を肩へ担ぎ、小さく笑った。
「威勢だけは、昔に聞く鬼王のままだね。」
兄鬼の表情が険しくなる。
「昔だと?」
「我らにとっては昨日のことよ。」
鋭い眼光が蜜秋を射抜いた。
「貴様ら猿は変わった。
仏などという鎖に繋がれ、牙を失った。
今のあの老猿の眷族どもに、何ができる。」
蜜秋は静かに答える。
「違う。変わったのは、お前たちもだ。
美猴王様は、もういない。」
兄鬼は鼻で笑った。
「そうだ。
だから、今さらあの老猿に仕える理由などない。」
「今、我らがお仕えするは、気高く雄々しき御方。」
「あのお方は、我ら鬼に新たな力を授けてくださった。」
弟鬼も口元を吊り上げる。
「兄者。
こいつらに見せてやりましょう。」
兄鬼はゆっくりとうなずいた。
「よかろう。」
「ならば見せてやろう。
偉大なる御方より賜りし力を!」
兄弟の身体から、禍々しい鬼気が立ち昇る。
蜜秋はその気配に目を細めた。
「……余計な知恵までつけやがって。」
兄弟は同時に笑う。
「恐れたか、猿。」
蜜秋は棍を静かに構えた。
「いや、ちょっと面倒になっただけさ。」
夜風が止む。
張り詰めた静寂の中――
二人の鬼が同時に地を蹴った。
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