第十六話 鬼神
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あらすじ
天界と人界、黄泉の狭間にある神々の国。 《桃》の化身・桃華は、鬼神族の侵攻によって滅びかけた天界から、破邪の聖剣《桃光》を託され地上へ逃れた。 しかし追っ手に深手を負わされ、川へ落ちた桃華は記憶を失ってしまう。 彼女を救ったのは、山里で暮らす老夫婦だった。 桃の香りをまとい、名も思い出せない少女に、二人は「桃太郎」という新たな名を与える。 穏やかな日々の中で、桃太郎は初めて家族の温かさを知る。 だが、鬼神族の襲来によって失われた記憶と使命を取り戻した彼女は、大切な人々を守るため、再び剣を取る。 旅立つ桃華へ、謎の老人は告げた。 「お前には三つの力が必要となる」 犬――すなわち忠義。 猿――すなわち知恵。 鳥――すなわち天を翔ける導き。 桃華は聖剣と、老夫婦から託されたきびだんごを携え、三人の仲間を求めて旅に出る。 その先で待つのは、雷神の血を引く武人、異国より渡った猿妖、そして最古の霊鳥。 これは、鬼を完全な悪とは断じない、新たな桃太郎の物語。 正義と悪が入れ替わる世界で、桃の娘は何を守り、何を討つのか――。
本文
兄弟の身体から噴き出した鬼気が、境内を覆った。
黒い霧が渦を巻き、兄と弟を包み込む。
「兄者!」
「来い。」
二匹の鬼が互いの腕を掴む。
その瞬間、鬼気が爆ぜた。
轟音とともに地面が揺れる。
桃華は思わず一歩退いた。
「融合……?」
黒煙の中から現れたのは、一体の巨大な鬼だった。
二本の角。
四本の腕。
肩からは筋肉が幾重にも盛り上がり、それぞれの腕には異なる武器が握られている。
右上には大鉈。
左上には金棒。
下の二本の腕は鋭い鉤爪を構えていた。
鬼は四つの拳を握り締め、豪快に笑う。
「これぞ、偉大なる御方より授かりし鬼神の力!」
「我ら兄弟、今こそ真なる独角鬼王!」
金時が舌打ちした。
「面倒な化け方をしおる。」
蜜秋は棍を肩に担ぎ、小さくため息をつく。
「……余計な知恵までつけやがって。」
鬼神が地を蹴る。
一歩で十間。
巨大な身体とは思えぬ速度で蜜秋へ迫る。
四本の腕が同時に襲いかかった。
蜜秋は紙一重で身を翻す。
大鉈が地面を裂く。
金棒が石灯籠を粉砕する。
鉤爪が棍を掠めた。
「ほう。」
蜜秋は口元を緩める。
「力だけじゃない、息も合ってる。」
鬼神は四本の腕を自在に操り、間断なく攻め立てる。
一つを防げば、二つ目。
避ければ三つ目。
逃げ道を塞ぐように四撃目が襲う。
桃華が刀へ手を掛けた。
「蜜秋!」
「来るな。」
短い一言だった。
「これは僕の獲物だ。」
鬼神は高らかに笑う。
「ほざけ!」
四本の武器が一斉に振り下ろされる。
轟音。
土煙が舞い上がる。
しかし――
煙の向こうには誰もいない。
「遅い。」
鬼神の頭上から声が降る。
蜜秋だった。
木の枝を蹴り、そのまま鬼神の肩へ着地する。
棍が閃いた。
一本。
二本。
三本。
四本。
四つの手首へ寸分違わず叩き込まれる。
鬼神が顔を歪める。
「ぐっ!」
武器が地に落ちた。
蜜秋はそのまま宙返りし、静かに地面へ降り立つ。
「力が増えても。」
棍を静かに構える。
「身体は一つ。
腕が四本になっただけで、動きは全部読める。」
鬼神が吠えた。
「黙れぇぇぇ!」
鬼気がさらに膨れ上がる。
身体中の筋肉が軋み、四本の腕が一斉に膨張した。
地面がひび割れる。
金時が顔をしかめた。
「まだ強くなるのか。」
鬼神は一直線に突進する。
その瞬間だった。
蜜秋の姿が消える。
次に見えた時には、鬼神の懐だった。
「終わり。」
棍が鬼神の胸を突く。
乾いた音が響く。
一撃。
それだけだった。
鬼神の身体が大きく揺らぐ。
黒い鬼気が音を立てて剥がれ落ちた。
「ば……かな……。」
融合が解ける。
「そんな半端な融合じゃ、術の中点を一突きすればこの通りさ。」
兄と弟の身体が分かれ、それぞれ膝をついた。
兄鬼は苦しげに笑う。
「やはり……貴様は……。」
蜜秋は静かに見下ろした。
「お前らは力の本質をわかっちゃいない。
美猴王様の側にいた頃のお前たちなら、こんな力に頼らなかった。」
兄鬼は最後に笑った。
「あのお方は……。
鬼を……導いて……くださる……。」
弟もまた、兄の肩へ静かに倒れ込んだ。
兄鬼は薄れゆく意識の中で、なお口を開く。
「我らの配下が見当たらないのが……気にならんか……猿よ。」
「気にはなってたよ。用心深いお前らが、配下を周りに置いていないわけがないからね。」
「今頃……我らが配下は……あのお方の御前で……新たな力を得ていることだろう……。」
「そして……確信した……。
新たな力を得た鬼たちの手によって……世界は……手中に収められると……。」
兄鬼は最後の力を振り絞る。
「朱天様……。
我ら鬼に……安寧を……。」
その言葉を最後に、兄弟は静かに息絶えた。
境内に静寂が戻る。
蜜秋はしばらく兄弟を見つめ、小さく息を吐いた。
「……馬鹿だね。」
棍を肩へ担ぐ。
「蜜秋殿、この兄弟の配下はどれほどおるのか。」
金時の問いに、蜜秋はしばらく頭を抱えた。
「五百はいなかったと思うけど……強敵になることは間違いなさそうだね。」
桃華が歩み寄る。
「朱天を止めねばなりません。
お力添えをお願いできないでしょうか。」
蜜秋は夜空を見上げた。
「昔の仲間、止めなきゃならないからね。
向かう所は一緒のようだ。」
差し出された手を、桃華は強く握る。
山の上を、冷たい夜風が吹き抜けていった。
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