第十八話 雨宿り
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あらすじ
天界と人界、黄泉の狭間にある神々の国。 《桃》の化身・桃華は、鬼神族の侵攻によって滅びかけた天界から、破邪の聖剣《桃光》を託され地上へ逃れた。 しかし追っ手に深手を負わされ、川へ落ちた桃華は記憶を失ってしまう。 彼女を救ったのは、山里で暮らす老夫婦だった。 桃の香りをまとい、名も思い出せない少女に、二人は「桃太郎」という新たな名を与える。 穏やかな日々の中で、桃太郎は初めて家族の温かさを知る。 だが、鬼神族の襲来によって失われた記憶と使命を取り戻した彼女は、大切な人々を守るため、再び剣を取る。 旅立つ桃華へ、謎の老人は告げた。 「お前には三つの力が必要となる」 犬――すなわち忠義。 猿――すなわち知恵。 鳥――すなわち天を翔ける導き。 桃華は聖剣と、老夫婦から託されたきびだんごを携え、三人の仲間を求めて旅に出る。 その先で待つのは、雷神の血を引く武人、異国より渡った猿妖、そして最古の霊鳥。 これは、鬼を完全な悪とは断じない、新たな桃太郎の物語。 正義と悪が入れ替わる世界で、桃の娘は何を守り、何を討つのか――。
本文
街道を歩く三人の頭上に、にわかに黒雲が広がった。
ゴロゴロ……。
遠くで雷鳴が轟く。
「降るぞ!」
金時が叫んだ次の瞬間、大粒の雨が一斉に降り始めた。
「うわっ!」
三人は慌てて街道脇に建つ一軒のあばら家へ駆け込む。
壁は崩れ、戸も失われて久しい。
それでも屋根だけは辛うじて残っていた。
蜜秋が辺りを見回す。
「人の気配はないね。勝手に休ませてもらうよ。」
天井にはいくつもの穴が開き、そこから細い光が差し込んでいる。
ぽたり、ぽたり。
雨漏りが床を濡らしていた。
金時は苦笑する。
「まあ、外よりはましじゃろう。」
土間のかまどには、蜘蛛の巣に覆われた薪が何本も積まれていた。
金時はその中から乾いていそうな薪を数本選び、部屋の中央に切られた囲炉裏へ運ぶ。
蜘蛛の巣を払い落とし、火打石を打つ。
何度目かの火花で枯れ草に火が移り、小さな炎がゆっくりと薪を舐め始めた。
「これで少しは暖まれるのう。」
三人は囲炉裏を囲むように腰を下ろした。
囲炉裏の火が安定すると、金時は隅に転がっていた古びた鉄瓶を手に取った。
中をすすぎ、雨水を汲んで囲炉裏へ掛ける。
やがて湯気が立ち始め、湯の沸く音が静かな廃屋に響いた。
「ふぅ……生き返るのう。」
三人は湯飲みに茶を注ぎ、ようやく一息つく。
雨は相変わらず屋根を激しく叩いていた。
しばらく黙って茶をすすっていると、蜜秋が腹を押さえた。
「……小腹が空いたな。」
桃華も苦笑する。
「ちょうど私も同じことを考えていました。」
懐から布包みを取り出し、中を覗き込む。
「きび団子は、あと三つですね。」
「一人一つじゃな。」
金時が笑う。
三人が団子を頬張ろうとした時、蜜秋が思い出したように荷物を探り始めた。
「あ、そうだ。」
取り出したのは、縄で束ねられた干し柿だった。
「山を下りる前にもらったやつ。まだ残ってた。」
金時の目が輝く。
「おお、それはありがたい。」
蜜秋は一本を桃華へ、一本を金時へ渡し、自分も一本手に取る。
「きび団子のお返しってことで。」
桃華は小さく頭を下げた。
「ありがとうございます。」
囲炉裏を囲み、温かい茶をすすりながら、きび団子と干し柿を分け合う。
豪華な食事ではない。
それでも、不思議と三人の表情は穏やかだった。
蜜秋は干し柿を一口かじり、囲炉裏の火を眺めながらぽつりと呟いた。
「そういえばさ。
桃華って、天界ではどんな暮らしをしてたの?」
桃華は少し首を傾げる。
「暮らし……ですか?」
「ええ。」
「朝は太陽神殿の掃除から始まり、化身の皆様のお手伝いをして、時折修練。
特別なことは何も。」
蜜秋は思わず笑う。
「いやいや、それ十分特別だから。
神様ばかりに囲まれて育った人なんて、そうそういないよ。」
金時も笑って頷く。
「確かにのう。
わしなど山で熊と相撲を取って育ったからな。」
「……熊とですか?」
桃華が目を丸くする。
「うむ。たまに負けた。」
「負けるんだ。」
蜜秋が吹き出した。
三人の笑い声が、静かな廃屋に響く。
笑いが落ち着くと、蜜秋は再び茶を口にした。
外では、激しい雨が屋根を叩き続けている。
しばらくは誰も口を開かなかった。
火のはぜる音と雨音だけが、静かな廃屋に響いていた。
やがて蜜秋が、ふと思い出したように口を開く。
「そういえば、前から聞こうと思ってたんだけど。」
桃華が顔を上げる。
「何でしょう?」
「桃華の話に出てきたコアって神様に、僕は心当たりがないんだ。
新しい神様のことなら斉天大聖様も知らないかもだけど、そんな感じじゃなさそうだしね。」
桃華は少し考え、小さく頷いた。
「それは真名ではありません。
神々の真名を軽々しく口にするのは恐れ多いとされ、いつの頃からか『コア様』とお呼びするようになったそうです。
本当のお名前は、確か──天照様。」
「なるほど。」
蜜秋は納得したように笑う。
「僕たち猿が、斉天大聖様のことを『孫悟空様』って呼ばないのと同じ理屈か。
真名を知らないわけじゃない。ただ、それ以上に敬意を込めた呼び方がある。」
「そんなところですね。」
桃華も微笑んだ。
金時は囲炉裏の火を見つめながら笑う。
「名とは不思議なものじゃ。
親しいからこそ本名で呼ぶこともあれば、敬うからこそ呼ばぬこともある。」
雨はまだ止まない。
だが囲炉裏の火は少しずつ勢いを増し、冷えた身体を温めてくれていた。
しばらく沈黙が流れる。
囲炉裏の火がぱちりと薪を弾いた。
蜜秋はふと笑う。
「旅って不思議だね。
昨日まで知らなかった相手と、今日は同じ団子を分け合ってる。」
金時は腕を組み、大きく頷いた。
「戦場で背中を預けた相手は、もう家族も同然じゃ。」
桃華はきび団子の包みを丁寧に畳みながら、小さく微笑む。
「……はい。
お二人と旅ができて、私は幸せです。」
蜜秋は照れくさそうに鼻を掻く。
「そういう真っすぐなこと、さらっと言うよね。
嫌いじゃないけど。」
三人は顔を見合わせ、自然と笑みを浮かべた。
その時だった。
ぽつ……
ぽつ……
屋根を叩く雨音が、少しずつ遠のいていく。
金時が立ち上がり、戸口の外を見やる。
「……どうやら、止んだようじゃ。」
三人があばら家を出る。
雨上がりの空気は澄み渡り、木々の葉から雫がきらきらと零れ落ちている。
厚い雲の切れ間から、一筋の陽光が山道を照らしていた。
その時だった。
――バサッ。
大きく翼を打つ音が頭上から響く。
三人が空を見上げると、一羽の大きな鳥が山の彼方へ向かって悠然と飛んでいく。
その姿は、あっという間に雲の向こうへ消えていった。
蜜秋は目を細める。
「……大きな鳥だったね。」
金時は頷く。
「この辺りでは珍しくもない。」
桃華は鳥が消えた空をしばらく見つめていた。
「行きましょう。」
まるで山向こうに消えた鳥の姿を追うかのように、三人は再び街道を歩き始めた。
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