第二十話 鬼ヶ島への道
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
天界と人界、黄泉の狭間にある神々の国。 《桃》の化身・桃華は、鬼神族の侵攻によって滅びかけた天界から、破邪の聖剣《桃光》を託され地上へ逃れた。 しかし追っ手に深手を負わされ、川へ落ちた桃華は記憶を失ってしまう。 彼女を救ったのは、山里で暮らす老夫婦だった。 桃の香りをまとい、名も思い出せない少女に、二人は「桃太郎」という新たな名を与える。 穏やかな日々の中で、桃太郎は初めて家族の温かさを知る。 だが、鬼神族の襲来によって失われた記憶と使命を取り戻した彼女は、大切な人々を守るため、再び剣を取る。 旅立つ桃華へ、謎の老人は告げた。 「お前には三つの力が必要となる」 犬――すなわち忠義。 猿――すなわち知恵。 鳥――すなわち天を翔ける導き。 桃華は聖剣と、老夫婦から託されたきびだんごを携え、三人の仲間を求めて旅に出る。 その先で待つのは、雷神の血を引く武人、異国より渡った猿妖、そして最古の霊鳥。 これは、鬼を完全な悪とは断じない、新たな桃太郎の物語。 正義と悪が入れ替わる世界で、桃の娘は何を守り、何を討つのか――。
本文
炉の火が静かに揺れていた。
湯呑を口元へ運んだ男は、一口茶をすすり、大きく息をつく。
「よう。」
嵐を思わせる鋭い眼差しが桃華たちを見据えた。
「ずいぶん遅かったじゃねぇか。」
桃華は思わず膝をつく。
「素戔嗚様……。」
間違いない、天界でも幾度かお見かけしたことのあるコア様の弟君。
素戔嗚は湯呑を置くと、金時を見て口元を緩めた。
「久しいな。タケの息子。」
金時は苦笑する。
「ご無沙汰しております。」
蜜秋が首をかしげる。
「タケって誰?」
金時が答えようとしたその時、素戔嗚が先に口を開く。
「武御雷神。雷を司り、剣を振るう武神だ。
俺ぁタケって呼んでる。昔からの戦友よ。」
金時は静かに頷く。
「俺の親父殿です。」
一人、状況を理解できずにいた蜜秋が聞く。
「ってことは、このおっちゃんも神なの?」
その一言に、素戔嗚が吹き出す。
「知らんのも無理はない。」
金時は笑いながら答えた。
「太陽神の弟君であり、嵐を司る神、素戔嗚尊じゃ。」
蜜秋の顔色が変わる。
「えっ?」
蜜秋は慌てて頭を下げた。
「し、失礼しました!」
素戔嗚は豪快に笑う。
「気にすんな。
神だからって偉ぶる趣味はねぇ。」
そう言うと、真顔になった。
「さて、鳥どもから、おおよその事情は聞いてる。
だが、当事者から直接聞きてぇ。」
桃華は静かに頷いた。
天界で起きた出来事。
千年の儀。
鬼神族の襲撃。
朱天の裏切り。
要石が砕かれたこと。
天照が重傷を負い、自らを犠牲にして桃華を地上へ逃がしたこと。
そして、朱天が鬼神族を率いていること。
すべてを話し終える頃には、部屋は静まり返っていた。
素戔嗚は腕を組み、目を閉じる。
「……そうか。」
長い沈黙の後、小さく呟く。
「姉上が。」
その声には、弟としての心配が滲んでいた。
「鳥達からの報告とも、概ね一致いたしますな」
鸞駕、そして朱鷺も頷いた。
しかし次の瞬間、素戔嗚のその眼光が鋭くなる。
「だが、おかしいぜ。要石が破られた?
月読がいながらか。」
桃華は眉をひそめた。
「月読様でも、防げなかったということですか?」
素戔嗚は腕を組んだ。
「そこなんだよ。
兄貴は黄泉を治める神だ。
黄泉には牛頭と馬頭を筆頭に、腕の立つ獄卒どもが大勢いる。奴らがみすみす邪を地上へ溢れ出させるとは思えねぇ。」
鸞駕も頷いた。
「儂も同感じゃ。
鳥たちの報せでも、黄泉そのものが崩壊したという話は届いておらぬ。」
金時が眉をひそめる。
「つまり……。
何者かが黄泉を押さえ込んでおるのか、あるいは黄泉でも戦が起きておるのか。」
素戔嗚は低く言った。
「どちらにせよ、兄貴が黙って見ているとは思えねぇ。」
部屋に重い空気が流れる。
朱天の裏切りだけではない。
黄泉でも何かが起きている。
そんな予感が、全員の胸をよぎった。
やがて素戔嗚は立ち上がった。
「決めた。」
桃華たちを見る。
「俺は天界へ向かう。」
桃華は驚いた。
「天界へ?」
「ああ。」
「姉上のことは俺に任せろ。
それと兄貴の様子も見てくる。」
「天界は俺が動かす。」
桃華は思わず立ち上がる。
「では私も!」
「お前には別の役目がある。」
素戔嗚は真っ直ぐ桃華を見た。
「朱天を止めるんだろ。その為に託された聖剣だ。
それに奴が今、鬼どもを集めているのにもわけがあるはずだ。」
「失礼します」
一礼して入ってきた男が朱鷺に耳打ちをする。
「皆さん、朱天たちの本拠地が分かリました。」
朱鷺が地図を広げた。
「向かうは瀬戸の内海。そこにある女木という島です。」
桃華は地図へ視線を落とす。
「女木島……。」
鸞駕が静かに頷く。
「昔から鬼が棲む島として知られておる。
島の中央には巨大な洞窟があり、天然の砦となっておるのじゃ。」
金時が腕を組む。
「攻めるには厄介じゃのう。」
鸞駕は続ける。
「古くから瀬戸の漁師たちは、その島を鬼ヶ島と呼んでおるそうじゃ。」
「鬼ヶ島……。」
桃華はその名を静かに繰り返した。
その名を聞いた瞬間、金時の表情が引き締まる。
「鬼の島か。名前からして物騒じゃ」
蜜秋も棍を握り締めた。
「鬼の本拠地……。」
桃華は聖剣の柄へ手を添える。
鬼ヶ島。
そこに朱天がいる。
ついに目指すべき場所が明らかになった。
素戔嗚は鸞駕へ顔を向ける。
「鳥の連中にも頼みがある。」
鸞駕は静かに頷く。
「承知しておるよ。
すでに各地へ伝令を飛ばしておる、戦える者は集まるだろう」
「よし。」
素戔嗚は豪快に笑った。
「それなら間に合うな。」
桃華は尋ねた。
「何が、ですか?」
素戔嗚は口元に笑みを浮かべる。
「鬼ヶ島へ渡るにも船がいるだろ。
それにこの戦、お前たちだけで戦わせるつもりはねぇ。応えてくれる奴らが、きっといるさ。」
その言葉に、鸞駕も朱鷺も意味ありげに微笑んだ。
風が砦の窓を吹き抜ける。
鳥たちは一斉に空へ舞い上がり、それぞれの使命を果たすため、四方へ飛び去っていった。
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